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神坂 理樹人
神坂 理樹人
novelistID. 34601
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主人公症候群~ヒロイックシンドローム~

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 近づいてきた男は、一瞬目を見張るほどの美青年だった。このくらい顔がよければヒロイックな出来事の一つや二つ起こりうる、と根拠なく思ってしまうほどだった。
「もし、どうかなされましたか?」
 訝しげに覗き込まれた顔が、後光を受けて一層輝く。
「いえ、少し散歩を」
 はっと気づいた正義の口からは精一杯の上品な言葉がついて出た。
「ここは我がブランジェリー王国の禁忌の森。あまり散歩には向かぬ場所でしょう」
 ブランジェリー王国と言うのか、ここは。自分の脳内を全力で検索してみるが、不勉強な正義の頭にそんな単語は存在しなかった。
「それに今、この森には指名手配者が潜伏している可能性があります。よろしければ私が出口までご案内いたしますが」
 まるで敵意はない。言葉の端に強い意志は感じられたが、それは正義に向けられたものではなく、この先にいる少女に向けられたものだ。
「ちょっと待ってくれ。そもそもあんたは誰なんだ?」
「これは失礼しました。私はブランジェリー王国国家近衛騎士団長リュスティック。さきほどもお伝えしましたが、今、この森に手配者が潜伏している可能性があります。離れた方がよろしいかと」
 国家近衛騎士団。カンパーニュが軍と呼んでいたそれは、思った以上に大きな威光を抱いていた。聞き慣れない名称だが、字面から想像すれば、彼らの行動が、一王国の国王直々に下されていることは想像に難くない。百歩どころか、千歩、万歩を譲ってもこちら側に正当性は見出せそうもなかった。
「そうでしたか。しかし騎士団長ともあろう方が直々に確保に乗り出すとは、それほどの重罪人なのですか?」
 とぼけたように取り繕って正義は訪ねる。カンパーニュに、あれほど違和感を覚えるとはいえただの十かそこらの少女に、お偉いさんがでしゃばる理由もないからだ。
「いえ、階級などに大きな意味はありません。受け取った以上はその義務は負わねばなりませんが、権利に胡坐をかくようなことはしたくない、という私のわがままですよ」
 何を言っているんでしょうね、初めてお会いした方に、とバツの悪そうに頭を掻くリュスティックの姿はとても悪には思えなかった。正義が武士道を説かれてきたように、この青年も騎士道をもって生きてきたに違いない。そう思わせる優しさと強さを持った言葉だ。
 しかし、それでもこの青年が敵であるかは確かめなくてはならない。自分の信じた英雄への道はもう引き返すことのできない場所まで来ていると正義は感じていた。一歩後ろに下がり、おもむろに両の掌をリュスティックに向ける。
 もうとぼける必要はない。どうかしたのかと不思議そうに見つめるリュスティックにぶっきらぼうに言い放った。
「あんたみたいな人の好さそうなのが、一人の女の子を追い掛け回すのもおかしなもんだな」
 その一言に青年の目つきが変わる。一歩踏み出した先に深いブーツの跡がついた。
「知っているのですか? あの少女、カンパーニュを?」
 正義は答えない。構えを取ったまま頑として口を結んだままだ。
「ご案内を、とは言えないようですね。しかし、この近くにいるとわかればそれで十分。あなたはお見逃しいたしましょう。早く去りなさい」
「お断りだね」
 その言葉と同時に腰に下げられていた長剣が抜かれる。光のようにまっすぐ伸びた切っ先が正義の眉間の前で止まった。
「脅しはこれまでですよ」
 わざわざ脅しを入れるのは、少し相手を舐めすぎだろう。むっとする心を抑えて、深く息を吸い込む。
 突きつけられた剣の腹を、正義は右掌底で強く弾いた。てこの力で持ち手に強い力がかかる。青年の気が逸れる時間は一瞬だったが、正義が踏み込むには十分すぎるほどだ。
 左足でぬかるんだ地面を蹴り、体を入れ替えながら左の正拳を美しい顔面に放つ。当たれば無事には済まない。
 当たった手ごたえはあった。ただそれはあの顔とはいかなかった。
 バシッという乾いた音とともに正義の左拳は青年の両手に収まっていた。
「剣を捨てて防いだのか」
 無手を基本とする武術家が見ればおよそ情けない、両手を重ねて左拳を包み込んだ姿を見て、正義は驚きを隠さなかった。
 素手の戦闘に全くと言っていいほど覚えがない。その癖に弾かれた剣を捨て、咄嗟に両手で拳撃を受ける反応と判断力は完璧だ。
 すぐさま距離を置いて、正義はまた掌を青年に向けた。
「拾えよ。不意打ちを失敗した以上、やるなら本気だ」
 不意打ちとは全く情けない。しかもそれを失敗するとは。心の中で自分に悪態をつきながらも、その目は青年の動きから片時も離れはしない。
「不意打ち? いえ、私の慢心でしょう」
 青年も正義を見つめながら、地面に落ちた長剣を拾い、構えることなくそのまま鞘に納めた。
「どうした。戦意喪失ってわけでもないだろ?」
「やめておきましょう。武器を持たない人と戦うわけにはいかない」
「馬鹿にしてるのか? この拳が俺の武器だ」
 開いていた手を強く握る。鍛えに鍛えた拳頭が青年の顎を見据えている。
「私は騎士だ。蛮勇でも野盗でもない。ここはこちらが引きましょう」
「怖気づくのか? 騎士団長様が情けない」
「それは聞き捨てなりませんね。しかし無手の者に剣を振るいはしません」
 そうは言ったものの、リュスティックの目は明らかに怒りに満ちていた。ほんの数刻前には一切なかった敵意が剥き出しになっている。
「そうか。なら次に会う時もそういってもらえるか?」
「何故、あの厄災を守ろうとなさるのですか?」
 睨みつけるリュスティックの眼が鋭く正義を射抜く。
 厄災。それはカンパーニュのことだろう。いったい彼女は何者なんだ?
 それでも正義はリュスティックにそれを訪ねようとは思わない。正義にとって彼女の存在は一つに集約されている。
「ヒーローの条件は、誰であっても見捨てないことだ」
 カンパーニュに言った誓いを繰り返す。
「ヒーロー。そうですか。あなたもそんな愚かな幻想に囚われているのですか」
 ふう、と物憂げに溜息を吐いたリュスティックは、暗い目で何かを思い出しているようにも見える。
「騎士として先ほどの言葉は曲げません。しかし、次にあなたと見えるときはこの剣を振るいましょう」
 リュスティックはそれだけ言うと踵を返し、自らが歩いてきた道なき道をまた戻っていった。正義はその姿が消えるのを確認してから、カンパーニュの元へと急いだ。ここに潜んでいるとバレてしまった以上長居は出来ない。そう考えながらも「ヒーロー」という言葉に異様なまでに反応したリュスティックの瞳を思い出していた。

「どこに行ってたの? ものすごく心配したんだよ!」
 ログハウスに戻るや否や、小さな体が正義にとびかかる。それをしっかりと抱きとめると、胸元から涙目のカンパーニュが見えた。どう見てもただの少女だ。とても厄災と言い表せるものではない。
「私、ジャスに見捨てられちゃったのかと思って……すっごく不安だったんだから」
「悪かった。ちょっと追っ手とやりあっててな」
「嘘!? もうここにいるって気付かれたの?」
 もうカンパーニュの目から涙は消えていた。泣いている時間などないとわかっているのだろう。
「そういうことだろう。とっとと支度してここを離れよう」