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神坂 理樹人
神坂 理樹人
novelistID. 34601
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主人公症候群~ヒロイックシンドローム~

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 英雄とは何だ? それが知りたくてリュスティックは騎士となった。それでも未だ答えが見つかる気配もない。
「英雄とは、何なんだろう?」
「その人に聞けばわかるんじゃないの? 自分が英雄だと言っているなら」
 冗談交じりにペイザンヌは笑った。その言葉をまったく逆の表情でリュスティックが聞いているのを彼女はどう思っただろうか。彼なら本当に知っているのだろうか? 英雄とは、ヒーローとは、いかなることを言うのかを。
 もう一度、あの男に会う。リュスティックはそう決めた。決めた以上はすぐに行動に移さなくてはいられない性質だった。女王に渡す書簡をペイザンヌに託し、少しくらいの旅支度をして、リュスティックは家を飛び出した。まだあの森にいるかもしれない。些か都合の良い考えだとは思ったが、他に手がかりもない。カンパーニュの家への道はそれなりに覚えている。
 ペイザンヌは走り抜けていく背中を見送りながら相変わらずだな、と思った。騎士団長とか、国一番の華麗な剣士だと言われていても、その中身は救国の英雄という言葉だけに囚われた少年でしかない。この書簡はお父さんに持って行ってもらおう。その英雄の言葉なら女王も少しは勘弁してくれるかもしれない。そのためにも今日の夕飯は少しだけ豪華にしよう。そう思いながらペイザンヌは残されたカップを片付け始めた。

 我がことながら頭の回転についてはあまり良くないことを、リュスティックはよくよく自覚していた。騎士の仕事中も言い争いをまとめきれないことはしょっちゅうで、その場の誰かにかわりに要点を教えてもらったことも少なくない。この道を初めて行った時も馬鹿正直に騎士団の制服を着て、カンパーニュに逃げられてしまった。そのことを報告した時のパネトーネ女王の顔は忘れられそうもない。怒る気力もなくなったかのように、頭を抱えてうなだれてしまって、貴重なはずの数秒をかぶりを振るのに使ってしまったほどだ。
 父親譲りの短絡さはそれはそれで人々を惹きつけるものではあったが、リュスティック本人はあまり好きにはなれなかった。
「今回は慎重に熟考して行動すべきでしょうね」
 数時間前に取るものもとりあえず家を飛び出してきた男が何を言っているのか、と自分に聞いてみたが、その答えは口に出す前に虚しくも消え去るばかりだ。
 ただでさえ木々に遮られて薄暗かった森の中は、今は闇がこぞって集まってきて、リュスティックの視界を遮っている。それでもリュスティックは己の野性的な嗅覚を信じて、獣道を進んでいく。永遠に続くかと思えるような変わり映えのない木々が急にその姿を消して、月明かりに目が眩む。掌で光を遮り、目を凝らして前を見つめると、そこには二度目に見るカンパーニュのログハウスがあった。
 彼女の魔法によって生み出されたそれは、森と一体であるかのように人工的な雰囲気を微塵も持たず、自然に生まれたようだった。この拓けた空間も伐採とは無縁のように森全体と調和している。リュスティックがかねてより聞いていた破壊を楽しむ魔女という言葉はどこからも見つかる気配がない。
 玄関に立って、三度ドアを叩く。当然に返事はない。
「やはり、もういませんか」
 大きくない窓から覗き込むと、月明かりに照らされて衣服が部屋に散乱しているのが見える。私との接触の後、大急ぎで準備を整えて、出て行ったのだろう。周囲を見回してみると、乾いた泥の靴跡が並んで二足、そして以前リュスティックを襲った犬のものであろう足跡もある。
「どうやら、遅かったようだ」
 小さなテラスの縁に腰を掛けて、リュスティックは月を眺めた。
 何も考えずに飛び出してきたが、今はあの男がいなくて少しだけほっとした自分がいることもわかっていた。結局あの男を問いただしたところで、自分の答えが見つかる保証もない。そもそも答えが手に入ったところで何になるというのか。自分で導き出したものでなければ信じることも出来るか不安だった。
 カンパーニュ。国内にその名を知る者はいない。紅蓮の厄災、災厄の魔女、悪戯で世界を滅ぼす魔女。そう言い習わされている。彼女の名を知っているのは私の他には、パネトーネ女王、カンパーニュ自身、そしてあの男くらいだろう。そしてその姿を知っている者もほとんどいない。大衆の前に現れたのは一度だけ、それも剣戟の弾く音が響き、地が紅く染まる戦場の真っただ中にだ。中空に浮かぶその姿を鳥と見間違えたのは、あまりにも高い位置を飛んでいたから。そして見た者の多くがその場で蒸発してしまい、人の姿をしていると認知出来た者がほとんどいなかったからだ。
 この時リュスティックは五歳。バタールの帰りを待ちながら、ペイザンヌと二人過ごしていた。常に無傷で帰ってきたバタールが腕に包帯を巻いていたのはこの時が最初で最後だ。涙を流す二人にバタールは微笑んだ。
「戦争は終わった」
 それだけ告げて、眠ってしまったのをリュスティックはよく覚えている。
 数人がかりで二週間はかかろうかという巨大な魔方陣、そこに数百人分はあるかという恐ろしい量の魔力を注ぎ込んだ。何かが爆発したようだった、とある者は言った。またある者は火山が噴火したようだった、と例えた。敵味方を問わず一瞬にして戦場を焼け野原にしたその大魔法は、その圧倒的威力と無慈悲さを以って、敵国に畏怖を呼びおこし数十年は続くかと見られていた先の大戦を終焉させるに至った。
 魔女はそれ以来、人の前に姿を現さない。英雄面することもなく、どこかにふわりと消えていった。終戦直後は停戦の使徒として崇められた魔女だったが、味方にも多大な被害を与えたことやその存在が確認できないことから、次第にただの気まぐれだった、次にどこに火炎が降り注ぐかわからないとして、恐怖の対象へと変貌していった。
 その魔女を急に女王が探すよう命じたのは何故か。リュスティックにもわからなかった。そもそも魔女は大魔法の反動で死んだと言う者もいるほどに姿を現さなかったというのに、パネトーネ女王は生きてこの国にいることを確信している口振りなことも気になっていた。
 十五年前に姿を現したはず魔女は、今でもあの姿だ。まるで時が止まったように幼い姿を維持している。古に禁術として封印された不老の魔法があるとは聞いたことがあるが、リュスティックがそれを見るのは当然初めてのことだった。戦場を灰燼に帰する業火といい、異世界に干渉する力といい彼女はその無垢な外見とは裏腹に恐るべき力を持っていた。
 それでも英雄とは何かを追い求めるリュスティックには一つの疑念があった。彼女もまた英雄になりたかったのではないかと。
 しかし、今は自らの疑問の解決を優先しよう。あの男に会うまでには、自分の答えを見つけておきたい。
「さて、どちらに行ってみましょうかね」
 単純な自分ならこの森を抜けて城下町から離れるように街道を下っていくだろうが。
 所詮男の一人旅。失うものも多くはない。そんな風来坊な考えの下、リュスティックは腰を上げ、また変わり映えのしない森の中に入っていった。