小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

(続)湯西川にて 31~35

INDEX|5ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 



(続)湯西川にて (34)ふたたびの湯西川

 「お帰りなさい、俊彦さん。とんだ災難でしたねぇ・・今回は。
 久しぶりの自分の家へ帰ってきたと思って、
 ゆっくりとくつろいでください。
 お部屋の用意は整っています。じゃ、案内をしてさしあげて」


 平家の隠れ里として知られる湯西川温泉で、いちばんの老舗でもある
伴久ホテルの女将が、わざわざ玄関前まで出向いて笑顔で
俊彦を出迎えてくれました。
予定より2日も早く戻ってきた清子へ女将が、時折り険しい目を
向けています・・・・


 それには気がつかぬふりをして、そのまますり抜けようとした清子の袖を、
『そうはさせません』とばかりに、女将が捕まえてしまいます。
俊彦の背中をにこやかに見送っていた女将が、案内をされるままに
エレベーターへ消えるのをしっかりと確認してから、
清子の袖を引き、なにくわぬ顔でフロント裏へと歩きます。

 
 「どうすんのさ。こんなところへ連れてきちゃって。
 長引くのならそれならそれで、電話一本くれさえすれば、
 置き屋のお母さんと二人で、
 どうとでも段取りなどが出来たものを。
 あと一週間だろうが10日だろうが、
 いくらでも伸ばすことくらいは出来るわよ。
 ここへ連れて来てしまったら、何も知らない響ちゃんが
 可哀そうなことになるでしょう。
 あんたのことだ。まだ子供が居ることを俊彦さんには、
 白状をしていないんでしょう?」


 「・・・・すいません。
 あの人の顔を見たら、何ひとつ言えなくなってしまいました。
 それにもう一度だけ、桐生へ帰る前に、最後にどうしても
 湯西川が見たいと言うもので・・・・」

 「俊彦くんのことなら大丈夫。何とでも処遇はできるから。
 私が心配をしているのは、響ちゃんだけです。
 どうするつもりなのさ、いったい・・・・
 響ちゃんを、俊彦さんに逢わせてあげるつもりかい」


 「未だにそれが、どうにも、決心がつきかねているんです」

 
 「そうだろうね・・・・
 あんたは、いつだってそう言う女だもの。
 あんたときたら、いくら厄介で込入った難題でも、
 一人で解決しようとして何でもまとめて、
 背負いこんでしまうタイプだもの。
 そんなあんたの性分も知っているからこそ、この問題はよけいに厄介だ。
 いいでしょう。
 それも含めて、すべてを私が何とかやりくりをします。
 そのかわり急な話で悪いけど、あんた、
 今夜からでも、うちのお座敷に出ておくれ。
 あんたが居ないと、どうにもお座敷が盛り上がらないんだ。
 清子はどうしたって、常連さんたちが不機嫌で大騒ぎするんだもの。
 そうだねぇ。そうしましょう。
 あんた、今夜から、専属であたしのところのお座敷に出て頂戴な。
 早速、営業にハッパをかけて、芸者付きのお座敷の予約を
 たっぷりと取らせましょう。
 この際だ。清子をめいっぱいこき使うことにいたしましょう。
 うっふっふ」

 急に何かがひらめいた女将は、清子を置いたまま足早に
フロントへ戻ろうとしています。
が、途中で何やら気がついて踵をかえし、再び清子のもとへ帰ってきます。

 
 「あんた。一言だけ断っておきますが、
 いつものように響ちゃんを抱っこして、のこのこと
 此処へ入ってくるんじゃないよ。
 大丈夫だろうねぇ。
 あんたと響ちゃんが一緒に居るところを俊彦さんに見られたら
 もう、それだけで万事休すになるんだから。
 さっきから、すべてを忘れて恋する乙女のような顔をしているんだもの、
 まったくもって、周りから見ていても気が気がじゃないよ、
 心配だわよ。
 しっかりしておくれよ。
 湯西川温泉を代表する、NO-1の芸妓さん!」


 「あ、あぁ・・・・
 そうですょねぇ、そのとおりです。
 ついうっかりと、いつものように、今夜も、
 響を抱っこしたまま、ここへやってくるつもりでおりました。
 何をぼんやりとしているんでしょう、あたしったら・・・・」


 「ほうら、ごらん。まったくもって、
 危なっかしいったらありゃしない。
 響ちゃんは、うちの若い者を迎えに出すから、
 お母さんの処へ置いてきて下さいね。
 それからついでに、もうひとつ。
 お座敷が終わった後に、俊彦さんのお部屋を、訪ねたりしてはいけません。
 地下のバーへ座席を予約しておくから、
 そこで二人で呑むようにして下さいな。
 いいこと。お願いだからしゃっきりとして頂戴。
 万事、私がうまく事を運ぶから、
 あんたは気持ちをしっかりと持ってちょうだいよ。
 いつものように響の母親と、NO-1芸者をきちんと演じ分けてください。
 大丈夫です。俊彦さんとの二人きりの時間も、
 私が上手につくりますから、
 あんたは安心して、私の大船に乗って頂戴」


 「女将さん・・・・」


 「親子を名乗り合えるのは、おそらく、
 もっとずう~と先の話になるんだろうねぇ・・・・。
 その時期がいつやってくるのかは誰にも解らないけれど、
 今で無いことだけは、誰が見てもはっきりとしている。
 仕方がないわよね・・・・
 今はただ辛いだけだろうが、なんとか知恵を出して、
 ここもうまく乗り切っていきましょう。
 あたしがあんたの立場なら、やっぱり同じようにして相方を、
 この湯西川に連れてきたと思うもの。
 あんたの気持ちはよくわかるし、周りもきっと同じように
 納得をしてくれるだろうさ。
 もっとも私の場合は、嫌がる相手を無理やりにでも、首に縄をかけて、
 ここへ引っ張ってきてしまうけどね。あっはっは。
 頑張ろうね、清子。
 きっとそのうちに、良い日がくるさ。必ずね・・・・」