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(続)湯西川にて 31~35

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(続)湯西川にて (33)坂東太郎とともに
 
 犬吠埼(いぬぼうさき)は関東平野の最東端にあたり、
太平洋に突出をしている岬です。
千葉県銚子市の利根川の河口の近くにあり、岬には「世界灯台100選」にも
選ばれた犬吠埼灯台が屹立をしています。


 「見事だった、君の舞い姿。
 鬼瓦ではないが、俺も背筋が凍りつくほどの感銘を受けた。
 芸に秀でると昔からよく言われているが、
 やはり君にはすこぶるの天性が有るようだ。
 芸者は、君にとっての天職かもしれない」


 「嬉しくないわよ今さら。そんな、型にはまった褒め言葉なんか。
 毎日、仕事で舞っているだけだもの・・・・
 10年も舞い続ければ、猿でも覚えます」

 (手厳しいねぇ、相変らず)、
俊彦が返す言葉に詰まり思わず苦笑をしています。
二人が立ちつくしているのは、岩礁だらけで波頭が砕け散る岬の最先端です。
今にも泣きだしそうな空は、びっしりと重い雨雲に覆われたまま、
黒潮で紺碧に輝くはずの太平洋も、今日だけはどんよりとした灰色に染まり、油のように淀んでいます。


 「この世の果てみたいな光景です。
 もうすこし行けば、景色の良いところも沢山あるでしょうに、
 よりによって、なんでこんな場所で、最後の名残を惜しむのよ・・・・」


 「はじめてひとりで泣いたのが、このあたりだ。
 めったに泣いた記憶などはないが、なぜか、あん時だけは、ここで泣いた。
 まぁ、もう、ずいぶんと昔の話だけどね・・・・」


 「嘘おっしゃい。
 わたしから別れ話を切り出されて、傷心のあげくに、
 ここまで泣きに来たくせに。
 白状しなさい。今でも本当は清子に惚れているって」


 背後から俊彦に寄り添った清子が、やわらかく腰へと手を回します。
背中に清子の体温を充分に感じながら、俊彦もそのまま清子へ
身体を預けます。


 「とはいえ、もう、元には戻れないだろう俺たちは。
 芸も華も存分にある君は、いまではもう湯西川温泉を代表する
 芸者の一人に なっている。
 俺みたいな一介の料理人とでは、とても
 つり合いがとれないだろう・・・・」


 「無理など、一切言いません。
 いいじゃないの。たまには、こうして会うことができるんだもの。
 もうこのままでも・・・・
 でもさ、どうするの? このまま黙って桐生へ帰ってしまっても、
 本当にいいの。
 さきさんや、岡本さんが悲しむのじゃないのかしら。
 ほら、あなたに惚れ込んでいる、例の鬼瓦さんだって居るし。
 第一、あの18歳の、恋する乙女はどうするの?」


 「みんなそれぞれに、やがては落ち着くだろう。
 俺もこの足を完治させてから、またの再アプローをはじめるさ。
 新しい場所で、ね」

 
 「ねぇぇ・・・・それまでは湯西川で、静養をしなさいよ」


 「湯西川で・・・・?」


 俊彦が押し黙ってしまいます。
パラパラと落ちてきた雨粒を契機に、車に戻った二人は、
無言のままに犬吠埼を後にします。
岬に後にした清子の運転をするクラウンは、濡れてきた海沿いの道路を
5分ほど走り、やがて東日本最大の河川で「坂東太郎(ばんどうたろう)」の異名を持つ利根川の河口へと差し掛かります。
利根川(とねがわ)は群馬県にある谷川山系の一つ、
大水上山(だいみなかみやま)を水源として関東地方を北から東へ
流れ落ちる一級の大河川です。



 流路の延長は322キロメートルに及び、信濃川に次いで
日本での第二位を誇ります。
流域面積は、約1万6,840平方キロメートルに及んで、こちらは
日本の一位です。
利根川に合流をする支流の数は、全部で815河川にのぼります。
これらの支流の筆頭格は、栃木県奥日光に源を発する
鬼怒川(約176.7km)で、同じく関東地方を流れている一級河川の、
荒川(173km)に匹敵をしています。

 
 河口をさかのぼり始めた道路はいつの間にか堤防上へ出て、
ひたすらの北上を始めます。
ここから先は、対岸まで数100mにおよぶ雄大な水の流れをみつめながら、
源流方向を目指して、ひたすら遡のぼっていくことになります。


 「この川を遡れば、生まれ育った群馬までは300キロと少しです」


 「春になると故郷を目指して、
 鮭が産卵のために遡上をはじめるという川だ。
 300キロも有るのか、群馬までは・・・・
 思えばはるばると、ずいぶんと遠くまで流れて来たもんだ」


 「お休みは一週間ほどいただきましたから、あと、
 まるまる2日も残っています。
 どうなさいます。何処か行きたい処が有れば遠慮なく言って頂戴、
 どこまででも、あなたのために運転します。
 どこか、行きたい希望が有りますか?」


 「じゃあ、途中から右へそれて、栃木へ行こう。
 鬼怒川に沿って先へ進めば、やがてその先に、君の住む湯西川温泉が有る」

 「え?、ほんとにいいの、(わたしの)湯西川で・・・・」


 「頼む」


 「はい。」と素直に返事を返したものの、清子の心中は、
実は複雑なままです。
俊彦が静養をしている間、響をどうするかで、
すでに悩みは深まり始めています。
俊彦へ子供がいることを伝えるべきか、響には合わせるべきなのか、
すでに心は湯西川へ飛び、頭の痛くなるいくつかの現実問題へ、
すでに目を向け始めています。
喜びが半分以上は有るものの、すでに心は、激しく千千に揺れ始めています・・・・