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狐火グラッジダンス

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狐火グラッジダンス

 ぼぅっと、青白い火が灯る。私は、その火の玉の行方を目で追った。
 夜空を鬼火が舞う。人魂が遊び狂い、狐火が嫁入り歌を唄う。夜の空き地を彼ら三つの火の球は舞い踊る。
 私はその火達をぼぅっと見つめる。よもや私は気が触れたのだろうか。しかし、それらは確実にそこにいる。彼らは燃え踊りながら、やがて彼らは月明かりが照らす夜空へと、泡沫のように姿を消した。
 残ったのは、日常となんら変わらない風景だった。異臭を漂わせるゴミ屋敷と、買い手の付かない空き地だけ。
 視線を感じる。消えた火の球たちの向こう側。一組の眼光がこちらを射指していた。
 暗闇の中に消えた双眸の光を、私は忘れられることがないだろう。
 ――それは狐だった。

「鬼火ですよ鬼火!」
 後輩の河原君はテンション高めの声色でそう言った。
「いや、それは分かってるから」
 ここ数日見続けている鬼火の怪談を、ひょんなことから河原君に喋ってしまったのだ。割とそういった話が好きな子で、思った通りの食いつきを見せてくれた。どうやら最近のマイブームらしい。
「他にもウィル・オ・ウィスプ、セントエルモの火、とも言われますね」
「名前がそんだけあるのに、起こることが同じなんだ」
「原典がどこかにあるのか、それとも太古からある自然現象なんでしょうか。ジャック・オ・ランタンみたいに沼地で発生したり、セントエルモの火みたいに悪天を航行する船の帆先が光ったりと、シチュエーションは異なれど大体辿り着くのは火が灯る、という怪談ですね」
 まあ、原典があったとしたらトンデモないことですが。河原君はそう笑う。
「色々と科学的な検証が成されているみたいですが、どれが原因なのか、という結論には至っていないみたいですね。この類を自然現象で説明するとなったら、一つだけの説では不足、ということらしいですが」
 なんとも夢のない話だ。まあ、アレが本物だったらそれはそれで嫌な訳であるが。
「で、それ、どこで見たんですか?」
「二丁目のゴミ屋敷の隣の空き地」
「あー。家主が拾ってきたゴミの臭いが酷くて、周囲から人が消えたっていうあのゴミ屋敷ですか」
 一度テレビ局が取材に来ていた覚えがある。私と言えば、インタビューされるのを嫌ってしばらくあの道を通らなかったのだ。あの道を通らなくて済むと言えばその通りなのだが、家への近道があそこなのだ。移動時間はなるべく短い方が良い。
「今度見に行きますか?」
「都合よく火が出るとは限らないけどね」
 河原君はつまらなさげに顔を顰めた。

 今日もゴミ屋敷の前を通る。今日もゴミを拾ってきたのだろう。シケモクやら空き缶やら壊れた自転車やら、今日も家主は自宅の改築に勤しむ。
 家主がこちらを藪睨みする。別にあんたの敵になるつもりはない。
「家主さん、生で見たのは初めてですよ。独特の雰囲気がありますよね、仙人というか」
 アレを仙人の表現できる河原君の感覚に私は感銘を覚える。確かにアレは仙人の類だ。確かにアレは、現代社会の仙人とも言えるだろう。
 隣の空き地に入る。
「そーいえば、狐も見たんですよね?」
「多分、アレは狐だと思う」
「ここ、多分狐の縄張りですよ。ほら、これ」
 河原君は空き地の一角、草の生育が他より悪い辺りを指差す。
 そこには、白骨化した猫の死体が転がっていた。
「猫を仕留められる狐って、やばくない?」
「ふつー、狐はウサギぐらいまでしか狙いませんからねぇ」
 得心いった、という顔を河原君はした。
「鬼火の正体、こいつですよ」
 そう、河原君は言う。残念そうな、安心したと言ったような。そんな顔だ。
「猫が化けて出たとでも言うの?」
「それじゃあ猫又です。いや、まあ、ありゃ長生きした猫がなるもんですが。こいつのリン酸が、雨に反応して光ったのでしょうか」
 河原君がオカルトに傾倒する理由。それを私は詳しくは知らない。が、なんとなく想像はできる。
 誰か、会いたい人がいるのだろうか。幽霊でも良い。人魂でも、九相を辿り朽ち果てていても良い。とにかく、会って話がしたい。けれど、会うのも怖い。思い人の変わり果てた姿を見るのが怖い。そんな綯い交ぜになった感情が、河原君の顔を彩っているように私は感じた。
 河原君に直接問い掛けた訳ではない。ただなんとなく、私はそう思ったのだった。

作品名:狐火グラッジダンス 作家名:最中の中