グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王
クロエにとって、アリスという存在は、憧れであり一種のコンプレックスでもある存在だった。
そのコンプレックスは元々両親と共に旅芸人をしていた頃から抱いていたものだ。演奏でも歌でも踊りでも他の歳の離れた兄姉と同じようにこなすアリスは歳の近いクロエにとっては憧れであると同時に、ある種の嫉妬の対象だった。アレクシスの下でメイドとして働いている時にも、テキパキと仕事をこなすアリスは年上のメイド達から可愛がられ、対して出来の悪いクロエは叱責を受ける事も多かった。
しかし戦場に出るようになって、アリスと離れ、一人で斥候として行動することが多くなり、結果も出せるようになってからはコンプレックスを感じることはあまりなくなっていた。
だというのに。
「なんであんたはそんなに仕事が早いのよ・・・。」
「え?このくらい普通でしょ?」
「普通じゃないわよ。むしろ普通に働いてるあたしが手を抜いてるみたいに見えるからもう少しゆっくりやってよ。」
調査を始めて二日目、ソフィアの働きぶりにアリスを重ねながら、クロエが中庭に面した廊下を歩きながら不満を述べた。
「でも、あんまり仕事のほうに時間を取られちゃうと、犯人探しとか王様の護衛に影響が出ちゃうよ。」
「・・・いや、メイドの仕事なんかしてるふりでいいでしょう。今の私達のメインはアムル王の警護とか、事件の調査なんだから。」
「でもできるならついでにやっちゃったほうがいいと思うんだけどなあ。」
「だから、できないって言ってるの。」
「おいおい、何揉めてんだよ。どうしたんだ?」
中庭で作業をしていたレオが言い争いをする二人の姿をみて駆け寄って来る。実際は言い争っているというよりはクロエが一方的に大きな声を上げているだけなのだが。
「どうしたもこうしたもないわよ。ソフィアが調査もせずにメイドの仕事の方に力を入れてるから、それについて話をしてただけ。」
「んー・・・まあ、ソフィアはトロいし、しかたないだろ。悪いけどフォローしてやってくれよ。」
「はぁ?トロい?何言ってんのよ、あたしはソフィアが・・・」
「あはは。ごめんねクロエちゃん。これから気をつけるから機嫌直して。」
後ろからクロエの口を押さえてソフィアがそう言って謝った。
「レオくんもごめんね、自分の仕事があるのにわざわざ来てもらっちゃって。」
「・・・まあ、いいけどさ。じゃあ俺は持ち場にもどるから仲良くやれよ。」
「はーい。じゃあまた後でね。」
そう言ってソフィアはクロエの口を押さえていない方の手を振ってレオを見送った。
「っはぁ!何すんのよ!死んじゃうでしょ!」
レオが完全に見えなくなった所で開放されたクロエは、顔を赤くしながらソフィアに抗議の声を上げた。
「だって、クロエちゃんが余計なこと言おうとするから・・・。」
「は?何よ余計なことって。」
「レオくんにわたしがちゃんと仕事してるって話しようとしたでしょう。」
「それのどこが余計なことなのよ。」
「余計だよ。わたしは仕事ができないって事にしておいたほうが色々いいんだもん。」
「意味わからない。それのどこがいいのよ。」
「だってリィナさん・・・レオくんのお母さんがそうしたほうがレオくんはかまってくれるっていうから。」
「・・・・・・。」
「レオくんって仕事出来たり手のかからない人にはあんまりかまってくれないし。」
ソフィアの話を聞いて、子供の頃あまり仕事ができなかった自分にレオが何かと手助けをしてくれたりしたことを思い出した。
「確かに・・・そうかも。」
「・・・・・・クロエちゃんさ。」
「何?」
「この際だからハッキリ聞きたいんだけど、まさかレオくんのこと好きじゃないよね?」「バ・・・バカじゃないの?あんなの好きになるのなんてあんた位のもんよ。」
「・・・だったらいいけど。わたしはクロエちゃんはルー君とお似合いだと思うんだよね。」
「あー・・・ないわ。」
いつもうっすらと人をバカにしたような笑いを浮かべているルーの顔を思い出してクロエがゲンナリとした表情で即座に否定する。
「じゃあ、アレクシス君かな。」
「っ・・・。」
「んー・・・一番がアレクシス君、二番がレオくん、三番がルー君。」
「・・・っつつ。」
「・・・だったら、レオくんは譲れないなあ。」
「あ・・・あはは、何言ってるの?頭おかしいんじゃない?あたしがアレクシス様と?冗談にもならないわよ。」
「アレクシス君狙いなら、協力してあげてもいいよ。」
「だからあたしは別に・・・アレクシス様にはエドがいるし・・・大体あんた、エドの友達でしょ。」
「それはそれ。これはこれだよ。」
「は・・・?」
「そのかわり、レオくんには絶対に手を出さないでね?」
そう言って笑うソフィアの笑顔に、クロエはアリスに似た一種恐ろしい雰囲気を感じた。
作品名:グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王 作家名:七ケ島 鏡一