グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王
「あー・・・あはは。それは・・・。」
ソフィアが口を開きかけた時、部屋のドアが音を立てて勢い良く開いた。
「そこまでだアムル!本当はソフィアは・・・って、あれ?」
「おお、アレクシスにエーデルガルド。丁度良い所にきた。二人も付き合え。酒の肴となる話し手は多いほうが良いからな。」
「どうしたのアレク、まさかもう・・・あれ?何もしてない・・・?」
アレクシスの背中越しに部屋の中を覗いたエドは、酒瓶を掲げて手招きをするアムルと普段着のままで座っているソフィアを見て首をかしげた。
「はっはっは、何をあわてておるエーデルガルドよ、我はソフィアとただ酒を酌み交わしておっただけじゃぞ。何やら相談事があるというのでな。」
「だ、だって、閨って・・・。」
「はっはっは、そうかそうか、閨の意味がわかったのか。エーデルガルドも大人になったなあ。そんな大人になったエーデルガルドに質問だ。一体、ソフィアと我が何をしていると思って踏み込んできたのだ?言うてみよ。」
アムルがニヤニヤといやらしい笑いを浮かべて発した質問を聞いて、エドが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そっ・・・そんなこと言えるわけないだろ!」
「そうかそうか、言えないような事を考えていたのか。エーデルガルドはいやらしい娘に育ったな。はっは・・・」
「アムル。それ以上彼女を辱めようとするなら父上の前に貴様を冥界に送ることになる。」
「冗談だアレクシス。ちっぽけな果物ナイフとは言え、まかり間違えば我の首から血が吹き出してしまうではないか。」
いつの間にか距離を詰めていたアレクシスの手で首元に突きつけられたナイフの冷たさに冷や汗をかきながらも、いつもの尊大な態度を崩さずにアムルが手を開いて降参の意を示した。
「彼女に謝れ。」
「はっはっは。からかうような事を言ってしまってすまなかったな、エーデルガルド。」「ううん、別にいいよ。アレクも、もういいからそれしまって。」
「・・・ああ。すまないアムル、僕も少し大人気なかった。」
「はっはっは。我のほうこそすまなかったな。我の態度もエーデルガルドに失礼であった。いやらしいなどとは言ったがエーデルガルドももう大人なのだ。知っていてもおかしくはないし、それを知っていること自体、決していやらしいことではない。もうふたりとも良い年齢であるし、アレクシスと閨を共にすることもあるだろうしな。」
はっはっは、と朗らかに笑うアムルとは対照的に、アレクシスの表情が固まった。
「はっは・・・?どうした、アレクシス。顔色が悪いぞ。」
「・・・いや。別に。」
そそくさとアムルの首元に押し付けていた果物ナイフを離して鞘に戻すと、アレクシスは部屋の入口へと戻っていった。
「すまなかったな、アムル。僕としたことが少し頭に血がのぼってしまっていたようだ。」
「んん?どうした変な汗をかいて・・・お主、まさかまだ・・・エーデルガルドと・・・。」
「そ、そんなことあるわけ無いだろ。そんな、はは・・・何を言っているんだアムル。」 アレクシスが慌ててアムルの言葉を打ち消すように大きな声を上げた。
「どうしたのアレク。何か顔色悪いよ?」
「大丈夫だ。どうやらアムルは今日はそういうつもりがないみたいだし、僕らはもう部屋に戻らないか、エド。」
「えーっ・・・でも何か美味しそうなお酒もあるし・・・ごめん、悪いけどアレクだけ戻っててよ。」
「エド、駄目だ。君は知らないだろうけど、アムルは好色王と呼ばれるくらいに・・・」「その噂は知ってるよ。でも噂は噂でしょ、確かに昔のアムルは少しエッチないたずらもしたけど、今のアムルはソフィアの悩み相談に乗ってあげてただけだし、私は噂なんかよりも自分で見たアムルを信用するよ。」
「はっはっは、良いぞ良いそ。エーデルガルドよ、では我の隣に座るが良い。褒美に我のたくましい腕で肩を抱いてやろう。」
「調子に乗らない。私はソフィアの隣ね。」
エドはそう言ってさっさとソフィアの隣に腰を下ろして、新たにアムルが持ってきたグラスを受け取った。
「さて、どうするアレクシス。お主は女二人を好色王の部屋に置いて一人で戻るのか?皇族として、いや男としてそれはどうなんだ?」
「く・・・。」
口の両端を釣り上げていやらしい笑いを浮かべるアムルに対してアレクシスは悔しそうな顔で歯噛みした。
「アレクシス君、多分ここに居たほうがいいんじゃないかな。多分王様はエドに根掘り葉掘り聞くと思うし・・・。」
「う・・・うう・・・わかった。確かにソフィアの言うとおりだ。僕も付きあおう。」
「ふむ・・・気が変わった。やはり男はいらぬ。帰って良いぞ。」
「そんな・・・!」
「はっはっは。冗談だアレクシス。エーデルガルドと再会したせいか、活き活きとしたいい表情をするようになったな。はっはっ・・・」
はっはっはと、いつものように笑おうとしたアムルの声は、窓を割って現れた闖入者によって途中で遮られた。
「ソフィア!・・・って、あれ?お前らなんで止まってないんだ?」
闖入者は黒ずくめの衣装に着替えたレオであった。
唖然とする一行の中で、一番早く我に返ったエドがレオに尋ねる。
「レオ・・・何してんの?」
「いや、何してんのっていうか、なんでお前ら止まってないんだよ。まだ魔法の時間が切れるようなタイミングじゃないんだけど。」
「ここは、腐ってる王様の閨だから魔法は使えないんだよ。」
「はっはっは、ソフィア、我は腐ってもと言ったんだぞ。」
「あはは、そうでした。すみません間違えました。」
そう言ってソフィアが自分の頭をコツンと叩き、舌を出して照れ笑いを浮かべた。
「つか、なんでエドがここにいるんだよ。アレクも。」
「私たちはソフィアが心配で助けに来たんだよ。なんだかその必要もなかったみたいだけど。」
「はっはっは、ところでレオンハルトよ、人の部屋の窓を壊しておいて一言の侘びもなしか?」
「う・・・。」
「レオくん、助けに来てくれたのはうれしいけど、悪いことしたらちゃんと謝らなきゃだめだよ。」
「も、元はと言えばお前が当てつけみたいなことをするから・・・。」
「・・・」
「・・・す、すみませんでした。」
無言で睨んで、目で訴えるソフィアに促されて、状況に納得は行っていないもののレオが渋々頭を下げると、アムルはいつものように、はっはっはと笑った。
「良い良い。お主が窓を破ってくれたお陰でアレクシスに貸しができた。不可侵条約を結びに来た隣国で、配下の者が王の部屋の窓を破った。これはわかりやすい弱みだろう。はっはっは、これで我の頼みごとをしやすくなったわ。・・・とはいえ、このメンツがおるのにクロエだけ呼ばないというのも仲間はずれにしているようでよくないな。」
「あ、じゃあ私が呼びに行ってくるよ。」
「あ、それならわたしも行く。」
エドとソフィアの二人が連れ立って出ていってしまい、アムルは残された二人の顔を見てため息をついた。
「ふむ。男ばかりが残るとは・・・華がないメンツじゃのう。」
「華って言葉から一番縁遠いアンタが言うか・・・。」
二人の顔を見た後でアムルが呟いた言葉に、レオがため息混じりに答える。
作品名:グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王 作家名:七ケ島 鏡一