グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王
「今思ったんだけど、あんたあたしと組まなくても、飛んでくればよかったんじゃないの?直線距離ならそんなに遠くないんだし。ぐるっと結界の外を回ったって、大した距離はないでしょうに。」
「・・・・・・。」
北の小屋から少し離れた森の中に空間移動を終えた後で言ったクロエの指摘に、エドは黙った。
「はぁ・・・何か企んでるわね。」
「・・・だって・・・じゃない。」
「ん?何?」
「だってクロエってアレクの事好きじゃない。」
今度はクロエが黙る。
「やっぱりそうなんだ。実はね、わたしはクロエとその事について話をしたかったんだ。」
「な、ななな何を馬鹿な。何を根拠に!」
「アムルが言ってた。レオを好きじゃないなら、クロエが好きな相手はアレクだろうって。」
「あの色情王め・・・なんて余計な事を。」
「でもさ、その割にクロエって、私とアレクをやたらとくっつけようとするよね。」
「そんなことないわよ。」
「いや、あるってば。なんで?」
「・・・・・・だって、アレクシス様は十年もあんたのことを探してきたのよ。そんなのずっと近くで見てたら邪魔なんてできないじゃない。そりゃあ、あんたが見つからなかったらあたしがって思ったこともなくはないけど、今ここに至ってはあんたたち二人のことを邪魔するつもりも、意味もないしね。」
「でもクロエは本当にそれでいいの?」
「いいんじゃない?そもそもアタシは皇子と出会えるような身分の人間じゃないし。もし出会ったとしても、旅の卑しい踊り子よ。皇子を好きになることすら憚られるような身分の人間なの。それが、取り立ててもらって皇子の側でいい暮らしをしている。これ以上の事を望むなんて罰当たりよ。」
半ばヤケを起こしたような表情でクロエが肩をすくめた。
「身分なんて関係ないんじゃないかな。今のわたしの身分なんて、皆がそう認めてくれているから体裁を保ってるだけのものだし、本当だったらとっくに死んじゃってたかもしれない。でもさ、わたしはなんとか生きてここにいる。それに、今でもわたしはアレクが好き。だからアレクを諦めるつもりなんてない。」
「だったらあたしの事なんか放っておけばいいじゃない。そうすれば何もしなくてもアレクはあんたの物でしょ。」
「本当にそうかな。」
「いや、そうでしょ。」
「・・・アレクの周りって魅力的な人多いし、それにアレクって中身はともかく外見は結構いいから結構人気だってあるだろうし。」
「まあ、城のメイドなんかで確かに中身を知らずに好きって人はいそうではあるけど。」
二人共ひどい言いようではあるが、リュリュに対する溺愛ぶりや、時々見せる本気なのか冗談なのかわからない彼のボケ方を考えればしかたのないことなのかもしれない。
「だからさ、クロエ。」
エドが少し真面目な声で、表情を引き締めてクロエに向き直る。
「何よ。」
「わたしにもしもの事があった時には、アレクの事をクロエにお願いしたいなって思って。」
「・・・どういう意味?」
「正直ね、鍵って言うのがどういう物なのかよくわからないけど、扉を閉めに行った時に、もしかしたら死んじゃう可能性もあるわけじゃない。もちろん何があってもリュリュは守るつもりだよ。だけど、もし失敗したらアレクが一人になっちゃうでしょ。アレクのお父さんを倒さなきゃいけないし、その上リュリュまで死んだりしたら・・・。」
クロエはらしくもなく弱気な事を言い出すエドの頭をおもむろに、ぽかりと叩いた。
「あたしやアリスがそんな風にはさせないわよ。それにあたしたち以外にもあんたやアレクには強い味方がいっぱいいるでしょ。大丈夫よ。皆で解決して、皆で戻る。だいたい、あんたが死んだからって、じゃああたしとくっつけなんて、アレクに失礼でしょ。ていうか、そもそもあたしに失礼でしょうが。」
「あはは・・・そうだね。・・・うん。ごめんクロエ、今の忘れて。」
「ま・・・あんたが生き延びて、それでもあたしにアレクを譲るっていうんだったら喜んで貰うけどね。」
「あ、それは駄目だよ。それならわたしがアレクと一緒になるもん。」
クロエと話をして少しだけ元気を取り戻したエドがそう言って笑った。
「そういえばクロエってアレクの事、アレクって呼ぶんだね。いつも皇子って呼ぶからアレクって呼ばないんだと思ってた。」
エドに指摘され、クロエは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「・・・呼ばないようにしてるのよ。昔、色々あってね。」
「そっか。何があったのかは知らないけど、呼べばいいのに。アレクもきっと喜ぶと思うよ。」
「皇・・・アレクが喜ぶなら、努力はするわ。」
「うん、そうしてあげて。・・・じゃあ早くここのタリスマンを壊しちゃおうか。確かタリスマンよりも内側に入らなきゃいいんだよね。」
エドの確認に、クロエが頷く。
「さっきの説明ではそういう事みたいね。まず、あたしが牽制をかねて仕掛けるからエドは隙を見て援護をお願い。」
「ううん。わたしが一人でやるからクロエはそこで見ててよ。」
エドはそう言って武器を構えかけていたクロエを手で制すると、一歩前に出て集中を始めた。
「一人でって言ったって魔法が使えないのにどうするつもり?」
「魔法が作用した結果については無効にはならないでしょ。・・・だからね。」
そう言ってエドが上を指さすと、みるみる雲が現れクロエの顔に冷たい粒が当たった。
「雨・・・じゃなくて雹?でもこんな雹くらいじゃどうしようもないでしょ。」
「まあ、あっちの建物のほうを見ててよ。」
そう言ってエドの指さした方をクロエが見ていると突如下向きの突風が吹き降ろし、一瞬で建物が吹き飛んだ。
「ダウンバーストって言ってね、良い感じに雲や気圧をいじるとああいうことができるんだって、前にユリウスから教わったんだ。ぶっつけ本番でやってみたけど、うまくいってよかったよ。」
「ぶ・・ぶっつけ本番?ってことは今まで一回もやったことがなかったの?」
「うん。本当にぶっつけ本番。まさかこんなにうまく行くとはおもってなかったんだけど。」
そう言って頭を掻きながら照れた表情を浮かべるエドのはるか後方にタリスマンが落下して砕け散ったのをクロエは目撃した。
「・・・はあ。こんなに簡単にタリスマンを壊せるなら、あたし別にいらなかったじゃない。」
そう言って得物をしまうクロエに、エドは「そんなことないよ」と言った。
「だって、今日はクロエと二人でアレクの話をしたかったんだもん。いてくれなきゃ駄目でしょ。」
「そういう意味じゃなくて、仕事として一緒に居る必要なかったじゃないって話。」
「あはは、仕事って事だったらなおさらいてくれなきゃ駄目なんだよ。」
そう言ってエドは力なく地面に膝を着いた。
「だって・・・私はもうクタクタで一歩も動けないもん・・・。」
そう言って笑うエドの表情には披露の色が濃く、クロエはそんなエドを見てまたため息をついた。
「あんたねえ、何でそんな動けなくなるような大技使うのよ。」
「それは、クロエが居たから。」
「意味分かんないわよ。何、人を乗り物か何かだと思ってるって訳?」
作品名:グランボルカ戦記 5 砂漠と草原の王 作家名:七ケ島 鏡一