机ノ上ノ空ノ日記 1
20130625
テレビを背にして、25:00から28:00まで短編小説を読んでいた。
連休初日を上手に過ごせなかった僕の、ささやかな抵抗だ。
背後では、深夜だというのに卓球か何かのスポーツの実況がずっと聞こえていた。
小説のテーマはよくわからなかったけれど、ひとりぼっちの連休の夜の寂しさを紛らわせるのにはちょうど良いボリュームだった。
内容はよく覚えていないけれど、ラジオのDJか何かが冷たいコーラを飲んでしゃっくりをするシーンがあって、何故だかわからないけれど涙が出るほど笑ってしまった。
狭いフローリングの部屋で、一人ぼっちで小説片手に大爆笑している僕は、きっとそうとう不気味な存在だったに違いない。
一冊読み終わった後で後ろを振り返って見たら、テレビ画面には、
〔受信できません。アンテナの設定や状態を確認してください。(E202) ?詳しく表示〕
という文字が、真っ黒い背景の中に浮かぶ小さな灰色の札に書かれていた。
真っ黒い画面に全くの無音。
何の慰めもない。
少し前ならアナログテレビから流れるモノクロの砂嵐が、深夜の静寂と無音をやかましくかき消してくれたものだ。
それなのに、このデジタルテレビの非人間的な夜ときたら…。
あのアナログテレビのやかましい砂嵐も、実に人間的な理由で設えられていたのかもしれなかった。もう一度その時代に戻るのも悪くないな…と不意におもってしまった。
そういうのを何というのだっけ?
ベルエポック?
無音のテレビ画面をみている。漠然とした不安を覚えながら。
人の心も、だんだんデジタル化してきているように思うのは僕の杞憂だろうか。
ひどく冷たい気持ちで、人の暖かみというものに意味を見いだそうとしている。
優しくなるための理由を探している。
本当の人の温かさって、そういう事じゃない気がする。
全部ゼロとイチで構成された優しさなんて、きっと偽物だ。
人間はゼロとイチに近づいては行けない存在なんだ。
でも…僕を始めとして、今の…現代を生きる日本人の心は、おおよそゼロとイチで構成されてしまっているような気がする。
第一、僕自身がそんなPCみたいな人間性だから、休日ひとつ満足に過ごせないのだろう。
完璧にデジタル化されてしまった人間は、リセットボタンを押す事ができるようになる。
網膜にゼロとイチしか映らない、どこかぎこちない人間は、きっと意味や理由がなくなると、スイッチをオフにしてしまうことだろう。
今年はその機能をもった人間の数が、久しぶりに3万を割ったとニュースキャスターが言っていた。
ちょっとした戦争で失われる人命くらいに、ゼロとイチにまみれた現代人は多いし、ゼロとイチにまみれた人間は…結局のところ生命を失ってしまうのだ。
正直、デジタルって奴はちょっとした死神に近い性質の悪魔なんじゃないだろうか…そんな風に思えて来てしまった。
アナログテレビの砂嵐をどうしても聞きたくなった僕は、入力切り替えスイッチを操作して地上Aのモードに切り替えてみた。
サー…という懐かしい音が聞こえて来た。
改めて聞いてみると、なんとも優しい音だったんだな。
砂嵐というよりも、夏の夕立の方に近い印象を覚える。
今日は、この懐かしいBGMを流しながら、眠る事にしよう…。
そう思ってベットに入ろうとした刹那、不意に懐かしい砂嵐は真っ黒な画面へと切り替わった。
時間制限付きとは…。やはりデジタルテレビでアナログテレビの代わりは務まらないらしい。
「カプセルホテルのポルノ番組並だな…」
努めてアナログ的な毒づき方をして、僕は洗面所で適当に歯を磨き、デジタルテレビのスイッチを切ることにした。
作品名:机ノ上ノ空ノ日記 1 作家名:机零四