机ノ上ノ空ノ日記 1
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それから私は一人で旅に出た。
旅と言っても都内近郊の、特に遠出とも言えない旅だ。
一人の旅とは、非常に孤独なものである。
逗子や北鎌倉、谷中…そんな名前の場所に良く旅に出ていたな。
それらの街の路地で出会うのは、決まって瘦せた猫やツガイの揚羽蝶や人の形をした陽炎だ。
私はどうも陽炎たちとは相性が悪いらしい。
どうにも嫌われる。
気づくと人ならざる機械や、風や空や海などと対話している。
それらに言語はないけれど。
それらは言葉の通じる人間達より正直で、心を許す事ができる存在なのだ。
少なくとも私にとっては、そうなのだ。
きっと言葉の通じる人間達には、私の方こそ陽炎に見える事だろう。
逗子の海岸で、ひとり夕日をみた。
海風は言う。
一人で生きるのは間違いだと。
北鎌倉の古刹で紫陽花にかかる朝露をみた。
カメラを構えたが、シャッターは押せなかった。
谷中で年老いた三毛猫に出会った。
トパーズのような目が、哀れみに似た表情をたたえていた。
夕立に打たれた。不意に童心に帰った。天に向かって口を開けて夕立を飲み干した。
感動しても、伝えたい思いがあっても、私には伝えるべき相手がいない。
全ては陽炎のようなものだ。
私の言葉は、思いは、願いは、伝わらない。
私は小さなカプセルの中にいて、透明な日常のなかで漂流している無力な存在なのかもしれない。
心に大きな風穴が開く。
目の中が濁っていく。
膝を抱えて小さくなって、消えていきたくなっている。
自分の存在の意味を問うても。
自分の存在の意味を探しても。
全てさらけ出しても。
陽炎は陽炎。
…そんなことを本気で考えてしまう刻が来ると、そろそろ季節が移り変わるサインだ。
こんな思いを年に4回も繰り返す私は、きっと異常者なのだ。
淋しい思いをして、いっそ石のようになってしまったほうが楽なのだろうけど。
私はちいさな旅をすることで、淋しさと孤独の痛みを紛らわせているのだと思う。
一人で叫ぶ夜も。
時に拳から流れ出る鮮血も。
一人でいる醜さに塗れる自分の愚かさの証だ。
今日はもう眠ろう。
眠りと漆黒と弛緩だけが、今の私の救いなのだから。
以前のように私の部屋の床にはペットボトルやビニール袋や洗濯物が散乱するようになった。
歪んだ真珠のような気持ち。散乱した床の上に立ち尽くす私は、蟻地獄に捉えられた出来の悪い昆虫のようだ。
私は夏を越せない油蝉のように仰向けになった。
そして一人瞼を閉じた。
作品名:机ノ上ノ空ノ日記 1 作家名:机零四