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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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 顔に傷のある小男が、もみ手をしながらおそるおそる聞き返す。
「あん? ミイラじゃ腐ることもねえ。だが、一応売り物だから、ちゃんと二体揃ってるか見てこい」
 ラム酒をラッパ飲みしながら、節くれだった人差し指を振りかざして命令した。動きに合わせて身体にまとう戦利品に焚火の火が映りこみ、キラキラと反射している。それに比べて、部下たちは布一枚纏っただけの汚い服装をしているのが対照的だった。
「分かりやした。ついでにラム酒も手にいれてきます」
「気が利くじゃねえか。ラム酒は俺たちの血のようなモンだからな」
 黄色い歯を見せてニヤリと笑った。そして身体の周りにまとわりつくアブや蚊をうるさそうに追い払いながら、親分はまた仲間と談笑を始めた。
 しばらくすると、川向こうに停めた馬車の方から黒い影が走ってくる。
「た、たいへんです! ミイラがひとつ盗まれました!」
 走って来た小男の顔が焚火の灯りに照らされる。顔に真っ黒な筋を何本も引いているように見えるのは、したたる汗で顔の埃が湿ったためだろうか。もしかしたらその大量の汗の原因は暑さのためでは無く、親分が気まぐれでこれまで何人も殺してきている事を思い出したせいかもしれない。
「なんだと? バカ野郎! 盗掘者がモノを盗まれたら笑われっちまうだろうが!」
 怒鳴り散らしながらも、手早く火薬を詰めた皮袋を腰にまわす。同じく皮の短靴を急いで履くと、大柄な身体を揺らしながらぬっと立ち上がる。親分以下、側近の者は盗掘道具の代わりに鉄砲を、格下の者は短剣を持ちキャラバンがいる臨時の市場に散って行く。
 だが不思議な事に、彼らの眼は犯人に対する憎悪と言うよりも、これから起こる何かに対して狂気しているように見えた。
 なんと、凶悪なこのワッケーロのミイラを盗みだしたのは、キャラバンとは関係ない地元の少年たちであった。そのあどけない顔から見て、年の頃はまだ十二歳から十四歳程度だろう。
 盗んだあと彼らはモチェ川を急いでさかのぼり、薄気味悪い森の中でミイラを運んだ荷台を停めて休んでいた。うっそうと茂った森はしんと静まり返っていたが、時々「クエェェェ!」と不気味な鳴き声がどこからか聞こえてくる。
「なあ、あのスペイン人の学者は信用できるのかな? これ一体で金貨をいっぱいくれるって言ってたけど」
 不安な表情を浮かべた少年たちは、自分たちがしでかしたことを少し後悔し始めているようだった。その証拠に、ミイラを見ている少年の歯ががちがちと音をたてて鳴っていた。そしてその様子を荷台の上の死者が、膝を折り曲げたままくぼんだ眼で見つめている。高価な装飾品は既に全て取り払われていたようだったが、その丁寧なミイラ作りの仕事ぶりから生前の彼は高貴な身分に違いなかった。
「あれ、ちょっとこいつの右手見てみろよ」
 突然、荷台の傍にいた少年が驚いた声を上げる。
 普通ミイラの手は、その製作段階で開いている。もちろんその保存状態にも大きく左右されるが、普通はボロボロに崩れて取れたりしているものだ。しかし、その右手は、何かを後から握らされたような形でがっちりと固まっていた。
「ひょっとしたら価値がある物が入っているかもしれないぞ。引き渡す前にちょっと見てみようぜ。なあに、バレやしないさ」
 一番年上の少年がミイラの手を強引に開かせた。指はもげ、包帯を巻いた手は粉々に崩れてしまったが、その中から黒い種の様なものがころっと出てきた。
「種? ちぇ、がっかりだな。何となくカントゥータの種に似ている気もするけど。いらねえや、おまえにやるよ」
 カントゥータとはインカを代表する花だ。少年の目にその種は何の価値も無いように映ったようだった。
 一気に興味を無くした様子で、一番幼い顔をした少年に舌打ちしながらそれを放り投げた。その少年は種を大事そうにボロボロの皮袋にしまうと、にっこりと微笑んだ。彼の皮袋の底に新たな居場所を得たその種は、〈ひまわりの種の半分ぐらいの大きさで、丸く、黒い色を〉していた。
 やがて、コカの葉を大人ぶった様子で口にくわえた年上の少年の合図で、一行はのろのろと出発した。ひとつ山を越えれば学者と約束した場所に着くはずだ。
 一方、その頃川のほとりでは、キャラバンの人々が阿鼻叫喚の地獄絵図を見ていた。ワッケーロたちの傍若無人な暴力により、ついには老若男女五十名の罪もない人々が全員惨殺されてしまったのだ。
 だが……結局ミイラは見つからなかったのか、親分は死体の山の上で吠えながら空に何発も鉄砲を撃ちまくる。
「犯人はこいつらじゃなかったが、まあいい。これからも俺たちの物を少しでも盗んだやつには容赦はしねえ。てめえら、金になりそうな物を片っ端から集めて出発だ!」
 親分の怒りがおさまると〈もう持ち主のいない商品〉をかき集め、ワッケーロたちは次の墓に向けて意気揚々と出発した。
 ひょっとしたら金銀財宝、そしてコカの葉よりも価値があるものを盗まれた事も知らずに……。

 ミスキャンパスである綾小路ローラの家は渋谷の松濤にあった。ここは有名な高級住宅街であり、東京都知事公館なども見る事ができる。このあたりでも一際目立つ豪邸が彼女の住む屋敷だった。
 カリフォルニア大学に留学していたローラは十九歳の時に日本に帰ってきた。母親がカナダ人ということもあり、日本人離れしたその容姿は大学でも群を抜いている。だがミスキャンパスに選ばれてちやほやされていても、彼女には『本当の親友』と呼べる友達は少なかった。
「ハーイ! 樹理、久しぶり。今夜材料買って待ってるからね」
 講義に途中から入って来たローラが、樹理の隣に当たり前のように座った。樹理は彼女の数少ない親友の一人である。ふわっと爽やかな香水が香り、その空間だけがぱっと輝いているように見える。今日はくるくると髪を巻き、白いワンピースが長身に良く似合っていた。
「ねえ……教授が睨んでるわよ。てゆうかあんたこの講義取ってないじゃん。まったく、マイペースなんだから」
 とにかく存在感のあるローラは、どこに居ても注目の的だった。
「おい、あれローラじゃね?」
「マジかよ! 俺、今日サボんなくて良かったあ」
 中には「神様、ありがとうございます!」と、手を合わせて拝んでいる男子学生もいる。
「そこ、静かに!」
 教壇から教授が老眼鏡越しに学生たちを見上げ、特に樹理たちの方向に向かって注意をした。前の方にいた真面目な学生たちも一斉に振り返る。
「ほら、怒られちゃったじゃない。この教授に目をつけられたら、なかなか単位とれないって有名なのよ」
 頬を膨らませながらローラを睨んだ。
「大丈夫、樹理の頭の良さならラクショーナリ」
 どこで覚えたのか日本語がたまにおかしくなる時があり、それを聞くと樹理はいつも肩の力がふっと抜けてしまうようだ。
「じゃあ、七時に行くわ。あ、今日はひとり男の子連れて行ってもいい?」
 小声でローラの耳元でささやいた。
「OKナリ」
 そう言うと、バレンシアガのバッグからヘッドフォンを取り出して何かを聞き始めた。
「ちょ、ちょっとボリューム下げなさいよ。教授の声と混ざって訳わかんなくなるでしょ。しかも、あんたなんで落語なのよ。逆にそっちの方が気になるわ」