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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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 一人暮らしの彼女の部屋は、その性格からかフローリングもぴかぴかに磨き上げられ、本棚も綺麗に片付いている。壁には人気J-POPグループの写真が並び、ベッドにはピンクのベッドカバーがかかっている。
「少しだけ寝れるかな」
 ジーンズを脱いだ時に、ころっと何かが床に転がった。拾い上げて少し考えてから、その種をポケットに入れた事を思い出したようだ。
「確か、空いたプランターがあったわね」
 そこに種を埋め込み水槽の横に置く。そしてあくびをひとつすると、今夜のバイトに備えるためか、少し睡眠をとることにしたようだ。
 一時間後、目覚ましがけたたましく鳴り響き、彼女はバネのようにぴょんっと飛び起きた。飛び起きた拍子にベッドの上のぬいぐるみも床に落ちる。
「あれー、何かヘンな夢をみたような……。翔太が出てきた気もする。ま、いっか」
 手早く眉毛を描き、細いジーンズに勢いよく足を通すと元気よく部屋を出て行く。
 しーんとした部屋に残された水槽の横のプランターでは、この時、震えるようなごく小さな音がしていた。それは、殻を破ってイブがそっと発芽している音だった。

 数日後――やっと退院できた僕は、まずマサトに、次に母にお礼の電話をかけようと病院の玄関を出た瞬間に携帯を取り出した。特にマサトは命の恩人だった。もしあのまま誰も来なかったら、ひたすらあの実だけを食べ続け、最後には死んでしまったかもしれない。
 病院近くの公園に入って行くと、蝉の鳴き声が一際大きく耳に刺さってくる。敷地内の木陰になっているベンチでは、じりじりと照りつける夏の太陽を避けるように人々が休んでいた。スーツを肩にかけた営業中のサラリーマンは、白いタオルを顔に乗せ完全にグロッキー状態だ。そこから少し離れたぽつんと空いているベンチに腰掛けて、マサトの番号を探す。
「もしもしマサト? 今日退院したよ。何かいろいろ迷惑かけてごめんな。本当にありがとう」
「おう、退院おめでとう。樹理も心配してたぞ。あと、おまえのいない間に色んな事があったよ。まあそれは後でゆっくり話そう。そうそうあの紋章な、やっぱり何か秘密があるらしい。こないだ話したおじさんの事覚えてるか? 今度おまえにぜひ会いたいってさ」
 電話の向こうはバイト中なのだろうか、にぎやかな話し声が声に混ざって聞こえて来る。
「分かった。忙しいところ悪かったな。回復したらまた飲みに行こうぜ」
 そっか。もう誰かに渡してしまったのならしょうがない。彼のおじさんなら、きっと色々調べてくれるだろうし信用できるはずだ。
 電話を切ると、ハンカチで額の汗を拭いながら立ち上がる。まだ体調が戻っていないせいか、軽くめまいを感じながらも何とか帰宅した。
「たっだいま。あれ?」
 居間のテーブルの上に、ぽつんと置き手紙があった。早速それを手に取り、声に出して読んでみる。
「勝手に上がってお掃除しといたよ。ほんっとに散らかり放題で苦労したわ。つーかオイ、エッチな雑誌ばかり買ってんじゃないわよ。一つにまとめといたから、捨てときなさい。あと、冷蔵庫に栄養ドリンクをたくさん入れてあるから、疲れたら飲むのよ。あなたの樹理より☆……か」
 丸っこい可愛い字で書いてあった。まあ、一部分は大きなお世話だと思ったけれど、いつもの彼女の優しさが身に染みた。そういえば、部屋の中ががらんとしていたのは片付いているせいか。
 でも一つだけ問題があった。樹理料理長がメモ代わりに使ったこの紙は、提出しようとしていた僕の履歴書なんだが。後でまた書き直さないとならないだろう。店長に連絡しなかったせいで、きっとコンビニはクビになっているはずだ。息をひとつ吸い込むと掃除のお礼も兼ねてさっそく樹理に電話をかけてみる。
「おかしいな。この時間はあいつ家にいるはずだけど」
 留守電に、折り返す旨のメッセージを吹き込むと電話を切る。
 さてと。次にすることは、イブの始末だ。振り返るとイブがまた実をつけているのが見える。しかし、ちょっと違和感を感じて近づいてみると、その実は全く赤くなっていない。大きさは成熟した実と同じなのだが、青いままなのだ。
 ここでまた、意志に関係なく心臓が急に脈を打つ。そしてあろうことか、僕の手は何も考えないままに実をもぎとり、自然な動作で口に入れてしまった。だが……。
(ちょっと待てよ? なにかおかしい)
 今回は何故か全く甘くもないし、陶酔感もない。ただの青臭く苦い実であった。ぺっぺと吐き出し台所に行ってうがいをする。
(なぜだ? 入院する前と何が違うんだ?)
 夜遅くまでその事をずっと考えていた。バイト自体はしばらく禁止されているし、時間だけは十分にある。でも結局、結論は出ないままいつの間にか寝てしまっていた。妙な事に、いつもは必ず折り返してくるはずの樹理からの着信はついに無かった。
 そして朝になり目が覚めた瞬間、突然ひらめく。ひょっとしたらイブは……『声をかけ、愛情を注ぐことによってその甘い果実をつけるのではないか?』と。
 試しにこの日から、前と同じようにイブに声を掛け始めた。もちろん、イブを捨ててしまうという選択肢もあったのに――僕にはどうしてもそれができなかった。


 小さな遺産

 一五七二年、インカ帝国皇帝最後のトゥパック・アマルは、侵攻したスペイン人に捉えられクスコで処刑された。
 その後、インカ帝国の遺産や文化はスペイン人に蹂躙(じゅうりん)された。中でも『ワッケーロ』という集団は特にたちが悪く、ラム酒で厄払いをしてから盗掘に励み、その間ずっとコカの葉(抽出するとコカインになる)を噛み続けていたと言われている。
 ワッケーロとはスペイン人の盗掘者のことを指し、盗掘を生業にしていた。彼らの暴力的とも言える強引な盗掘によって、インカ文明の貴重な遺産が数多く失われていった。
 十六世紀にインカ文化圏に向かって進行したコンキスタドール(アメリカ大陸征服者や探検家)はやがてペルーにも目を向けた。彼らの手により、ナスカ文化の代表とされるナスカ土器などが盗掘され売られた。その中でも前出のワッケーロは、これら土器のみならず、金箔を貼った繊細な加工品なども金を得るために見境なく破壊してしまった。

 モチェ文化で知られるペルー北海岸にあるモチェ川のほとりで、ワッケーロと、キャラバン(隊商)が同時にキャンプを張っていた。川の中州ではキャラバンの少年や少女が火を囲み、ペルーの山岳音楽に合わせた伝統的な踊りを披露している。火の粉が舞う焚火の周りでは、顔を赤く照らされた人々が遠巻きに盛大な拍手を送っていた。
 しかし、そんな和やかな雰囲気に合わないような男たちもいた。そこから少し離れた川辺では、男臭いワッケーロたちがぎらぎらした眼を中州に向けながら酒を浴びるように飲んでいた。
「ぷはあ、うめえ! もうこの辺は盗掘しつくしたから、次はもっと南の方に行ってみるか。おう! ちょうどあそこにキャラバンも来ているし、おめえ何か食い物を手に入れてこい」
 ワッケーロの親分が真っ赤な顔で部下に指示した。親分の首には今日の戦利品なのか、金の装飾品がじゃらじゃらと幾重にもかかっている。
「へい。ところで、馬車に乗っけたままのあのミイラはどうします?」