小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

禁断の実 ~ whisper to a berries ~

INDEX|6ページ/56ページ|

次のページ前のページ
 

 母の伸ばした手の先には果物のバスケットがあり、その中には【マサト&樹理より。退院したら、特製カレーまた作ってあげるね☆】とメッセージカードが添えられていた。いやいや、あんなの退院してすぐに食べたら死ぬだろと考えながらも、彼らの優しい心遣いに心から感謝した。
「あの女の子、あんたの彼女? 可愛い娘だったわよ。男の子の方もなんていうんだっけ? イクメンだったわよ」
 無理やり笑顔を作って、楽しい話題を作ろうとしてるのが分かる。たぶん僕はかなり痩せていて、見るからに病気って顔をしているんだろう。
「イクメンじゃ子供育てちゃうから。イケメンだろ? それはともかく、僕の診断結果って分かる?」
 ぱっと脳裏にあの実の映像が浮かんだ。もし、あれに麻薬成分なんて含まれていたら、僕の人生はここでもう終わりだ。と言うか、逆に含まれてない方がおかしいと思う。あんな陶酔感や幸福感を与える成分は、この世にあってはいけないものだと思う。
「血液検査の結果は、ただの栄養失調と度を越えた睡眠不足って言われたわよ。ところで――あんた大学休学してるんだって?」
 母は少し怒った顔で僕の肩をつっついた。
「うん。学費は母さんに頼らないで自分で貯めようと思ってさ。少しバイト入れすぎて疲れただけだよ。大丈夫だから」
 ついに嘘をついてしまった。「怪しい木の実を食べてラリってましたあ!」などと言えるわけがない。
 しかし……血液検査で何も出ないとは。『イブ』の実とは一体何なんだろうか。
「そう言えば、マサトくんから伝言があったわ。えーと、『木の実を一つもらってく』って。おじさんに見せるとか何とか言ってたわよ」
 母は顎に手を当て思い出すように首を傾げた。
「もらってくって……だめだ!」
 がばっと布団から上体を起こす。
 イブは幸福な気持ちをもたらすとともに、それに強烈に依存してしまうんだ! あれがもし世の中に出回ったら、きっと大変なことになるに違いない。なぜなら僕のように、〈違法な成分は何も検出されないまま〉廃人と化してしまう。そう、取り締まる事もできないはずだ。
「急にどうしたの? いいからあと一日は安静にしてなさい。母さんは仕事があるからそろそろ帰るけど、退院の日にまた来れたら来るから」
 尋常じゃない慌てぶりを見た母は、少し戸惑いながらも僕の足に手を添えそっと微笑んだ。
「柏木さーん、お加減はどうですかあ。ちょっとお熱測らせて下さいね」
 女性看護師が体温計を片手に部屋に入って来た。僕と同じくらいの年だろうか、身のこなしも若々しい。母はすっと立ち上がり、頭を下げながら場所を譲る。
「あの、すいません。本当に血液には何にも異常がなかったんですか?」
 母に聞こえないような声で、彼女の顔が近くに来た時に確認してみた。
「大丈夫ですよ。ほんっとに異常は無いです。それとも何か心当たりでもあるんですか?」
 白い歯を出して笑いながら答えてくれた。ほっぺたが紅く、えくぼが可愛い。
「じゃあ、母さん帰るわよ。早く元気になってね。そうだ、――昔みたいにエッチな本をベッドの下に隠してこっそり読んでるんじゃないわよ」
「ば、ばか! 看護士さんがいる前で何てこと言うんだよ!」
 顔を真っ赤にして僕は叫んだ。二人とも手を口に当てて、くすくす笑っている。やがて看護士さんが出て行き母も帰ると、僕は病室に一人きりになった。
 どくんっ!
 その時何の前触れも無く、一瞬心臓が大きく鼓動した。それを皮切りに、二度と食べないと思っていたイブの実の事で頭がいっぱいになってくる。
 食べたい! あの陶酔感をまた味わいたい! 
 凶暴な衝動が大波のように襲ってくる。一刻でも早く帰ってイブの無事を確かめたかったが、薬が効いてきたのか、いつの間にか僕は夢の世界に引きずり込まれていった。
《そこはまた見渡す限りの大草原であった。夏から秋へ移り変わる季節なのだろうか、風が涼しげに頬を撫でていく。抜けるような青空には雲一つない。(ここは一度来たことがあるぞ)と周りを見回してみる。すると、前もって用意されていたかのように「この木何の木」のCMに出てくるような大木が一本立っていた。
 ふと、木の裏側に人影が見えたような気がして、足元の草を柔らかく折りながら近づいてみると、樹理が草を一本口にくわえて座っている。その表情はふんわりとして凄く幸せそうだ。彼女はすっと眼を移して僕をみつめると、こう言った。「私も、こっちに来ることになるかもしれないわ」と。 
「こっち? こっちって何だよ?」
 夢の中で僕は大声で叫んだ。もっと話しかけようとしたけど、何故か言葉がうまく出てこなかった。あきらめて隣に腰掛け、彼女の見ている景色を体育座りしながら一緒に見る。         ここは――天気が良く、さながら天国の草原であるかと思わせる快適さだった。ふわふわとしたたんぽぽの種が舞いあがり、爽やかな風に乗って流れていく。
しかし突然、草原が炭で塗りつぶしたように真っ暗に染まった。生臭い空気を感じて上空を見上げると、そこには空を覆い尽くすような『でかい二つの目玉』が僕らをギョロリと見下ろしていた》

 数日前

「翔太ああ!」
 樹理はマサトからの連絡を受け、翔太の家に急いだ。だが、部屋に飛び込んだ時、その呼びかけに返事は無かった。この時はもう救急隊がすでに翔太を運び出した後だったからだ。
【樹理へ。俺が付き添って行くから心配しなくていい。病院が分かったら電話する。マサト】
 殴り書きのような字が広告の裏に書かれ、テーブルの上に置いてある。それを読み終わると、樹理は少し安心した様子で荒れ放題の部屋の中を見廻す。ベランダには、例のイブが青々と育ってるのが見える。
「良かった。マサトがついてればきっと大丈夫ね。じゃあ、待ってる間に少し部屋を片づけようかな」
 袖を捲り上げ、まず窓を全開にすると万年床をたたんだ。次に部屋の中に散らばり放題の雑誌をまとめてひもで縛る。相変わらず食器も洗われないまま放置してあったので、全てを綺麗に洗い上げる。
「もう! どうすればこんなに部屋を汚くできるのよ」
 マスク替わりにしていたタオルを外すと、ベランダに深呼吸をしに行く。
「あら、可愛い実ね」
 翔太が『イブ』と呼んでいた植物の根元に、種が一粒落ちていた。ひまわりの種の半分程度のヤツだ。イブ自体も実をつけているが、それは青く、まだ小さい。樹理はその種をそっとつまむと、何気なくポケットに入れてしまった。本当に――それは無意識のようだった。
 イブは何か人を惹きつける魔力があるのか、ひょっとして彼女も無意識にそれを育てたくなったのかもしれない。
 古代の人々もそうしたように……。
 しばらくしてマサトから電話があり、樹理も病院に駆け付けた。
「心配するな。俺が付き添ってるから、樹理はいったん帰れ。今夜バイトもあるんだろ?」
「分かったわ。何かあったらすぐに電話ちょうだいね」
 まだ意識をとり戻していない翔太を見て、肩を落としながら帰宅するともう夜の七時になっていた。