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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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 マサトの言うとおりだった。この花の香りを嗅ぐと何か元気が出て来るような気がするから不思議だ。すばやく荷物をまとめると、僕らは未知の場所へ一歩ずつ進んで行く。 
 扉を抜けるとそこは――広い公園ほどもある地下の花畑だった。『禁断の実』そっくりの小さな白い花が辺り一面に咲き乱れている。時々夢に出てきたような一本の大きな木が奥の方に見え、その脇にはアダムとイブが僕たちをびっくりさせてやろうと隠れているような錯覚さえ覚えた。はるか上の天井にはぽっかりと穴が開いていて、そこから明かりが漏れている。たぶんここは独立した地下の部屋で、その穴を通った雨がこの植物たちを支えているのだろう。
 そうか、僕はこの光景を夢で見ていたのかもしれない。という事は、やはりこの場所と僕には何か因縁があるのだろうか。
「イブの花がこんなにたくさん。白い野原って感じね」
 花の色が明かりを反射して、洞窟内はかなり明るく感じる。
「うん。鳥や小動物の姿も見えるね。あれはリスかな。ここで育った禁断の実が、彼らによって外の世界に持ち出されたのかもしれない。それはそうと、中央にあるあれはなんだろう?」
 僕の視線の先、洞窟のちょうど中央あたりに、そこだけ花が咲いていないミステリーサークルのような場所があった。警戒しながら、ゆっくりとそこに近づいて行く。
「なんだ……これは?」
 マサトの言葉に、一同は顔を見合わせてから首を傾げる。きっとオーパーツを発見した冒険者たちと同じ困惑を、いま全員が覚えているに違いない。
 そこには、あまりにも場違いなものがあった。長い年月に晒されていて、汚れやカビのようなものが少し生えていたが、そいつははっきりと自分の役割を主張していた。
 場違いなもの――それは地面に埋まっている、金属製のドアだった。
「これが、パンドラの箱の入口かしら」 
 驚く樹理の脇の下から、ルシャナが少し難しい顔を覗かせている。
「もしこれが伝説のパンドラの箱だとしたら、この中に人類の希望が眠っているってことだよな。何か俺、ワクワクしてきたぞ!」
 目をキラキラと輝かせたマサトが、急にきびきびした動きで開ける方法は無いか探し始めた。
「とりあえず、綺麗にしますか」
 僕もタオルを手に持ち、ドアのカビをこすり落とし始める。
 二十分後、長い年月の垢を落とされ、ぴっかぴかに磨き上げられたドアが現れた。それは時間をかけて磨き上げられた銀の食器のように、いま神秘的な光沢を放っている。
「さ、次はこれをどうやって開けるかだね。では困ったときの翔太先生! お願いします」
 おどけた様子で樹理が僕の肩を叩く。みんな磨き疲れてへとへとだったが、彼女は場の雰囲気を明るくする方法をいつも心得ていた。
「はっはっは! まっかせなさい。ここに暗証番号か何かを入れるボックスがあるじゃん。こんなの簡単、簡単」
 僕も場を明るくしようと元気な声で答える。しかし心の中ではこれは容易では無い事を承知していた。確かにドアの脇には、何かを入力する装置は存在していた。不思議な事に、いわゆる液晶によく似たそのモニターには、今この瞬間も電源が入っているように見える。だが問題は、見たことの無い文字でそれは表示されていたので、僕に読めるはずがなかった。
「とは言ったものの、これを解読しない事には先に進めないな」
 そう。いま、一番の大問題に僕たちはぶち当たっていた。ただドアの前に立ちつくし、またも謎をかける仕掛けにいいかげんに呆れ、そして途方にくれていた。
「全員そのまま動くな!」
 突然、気配も無く背後から太い声で警告を発せられた。僕たちはゆっくりと両手をあげ、声の主を確かめる。え? なぜこんな所に軍人が?
 すると……。
「しょおおおっ、たああああっ!」
「ぐっほぉう!」
 前触れも無く、何か柔らかいものが視界の外から胸に飛び込んで来る。そのまま僕は、白い花びらの上にそいつと折り重なるようにして尻もちをついた。最初は金色の毛をした大型犬か何かに襲われたのかと思ったが……。その正体は、いつもとはまるで違う服を着たローラだった。ぎゅっと抱きしめられ身動きができない。そのうなじからは日なたの匂いに混じって、女性特有のいい香りがした。
「ローラさん? ど、どうしてここに?」
 その答えの代わりに、驚いた僕の顔にぽつんと落ちてきた暖かいものは、彼女の大粒の涙だった。今まで見たことの無いようなくしゃくしゃの顔をして彼女は笑いながらも泣いていた。
「うぐ、探したのよ。日本からしょ、翔太を追いかけてきたの。良かった、無事で……。本当に良かった」
 馬乗りになったまま、確かめるように優しく僕の頬を撫でた。 
 ふと周りを見ると、彼女を守るように警戒している男たちは、何か見てはいけないものを見るような顔をして横を向いている。
「おっほんっ」
 咳払いが聞こえた。この声はきっと樹理だろう。ローラは名残を惜しむようにゆっくりと起き上がり、僕に手を伸ばして立たせると涙を拭った。
「感動の再会ね。でも驚いたわ。ねえねえ、どうしてここが分かったの?」
「ふふふ。愛よ、愛。樹理にはまだ分からないわよねえ」
 彼女たちは自然に歩み寄ると、笑顔で抱きしめあう。やはりこの二人は本当の親友なのだろう。
 ここで、少しぶすっとした顔のマサトが口を開く。
「ちぇ、愛されてていいよなあ翔太は。って今はむくれている場合じゃないか。――さて、じゃあみんな近寄って見てくれ、このぴっかぴかのドアを。脱出するためにはこれを開けるか、数十メートル上のあの穴から出るかしかないみたいなんだ。ここに来た道を戻るのは危険だ。あのアポストロスたちがいるから」
「アポストロスって?」
「ああ、この遺跡を守るヤツらだよ。そういやここに来る時にアイツらの姿を見かけなかった?」
 ケーキ作りの時と違って、ローラに対するマサトの口調は男らしい言葉づかいに変化していた。元々責任感が強い男なので、全員を無事に脱出させることしか頭に無いのだろう。
「紅い眼の戦士たちね。もちろん戦ったわ。全力で戦ったけれど、残念なことに私たちの仲間も数人犠牲になってしまった。最後は爆弾で木端微塵にしてやったわ。けど……」
「けど?」
「死体が一体も見つからないの。ひょっとしてまだどこかで生きているのかも」
 ローラ愁いを帯びた顔には、隠しきれない不安の色が浮かんでいた。
「なるほど。じゃあ、やっぱりこのドアを開けるしか方法は無いんだな」
 マサトは深いため息をついた。あいつらが生きていて、しかもまた攻撃してきたとしたら今度こそ逃げ場が無いと考えているようだ。
「何か問題があるのか?」
 少し離れた地面に座り背中を向けていた男が、立ち上りざま口を開いた。肩にケガをしているようで、白い包帯に血がうっすらとにじんでいる。
「あれ、黒木さん? ケガしてるじゃないですか。大丈夫なんですか?」
「ああ、こんなもの何てことない。で、何が問題なんだ?」
 僕の心配をよそに、その強い瞳にはまだ活力が溢れているように見える。