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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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「ラジャー!」
 ローラと黒木は森の中まで退避して、太い木の影から爆破作業を見つめていた。野太い声のカウントダウンの後、耳をつんざくような炸裂音と共に爆風が周りの木をざわざわと揺らす。しばらくすると土煙の向こうには、ぽっかりと暗い空間が出現していた。
「この土煙がおさまったら行くわよ。アルファチームとブラボーチームは両脇を固めて」
 陣形を作りながらそろりそろりと遺跡の入口に近づいていく。粉々になった扉は瓦礫となり、彼らの靴の下でまだ熱を放ち続けている。
 しかし、彼らはまだ知らなかった。これから数分後に、今まで見た事の無いような強敵と相対することを。  
 その時――地下二階では、崖の縁に行儀よく並んでいた『アポストロス』たちの眼が、息を吹き返したようにまた紅く光り出す。石の破片が大方取れ、身軽な格好になった彼らは一斉に向きを変え、地上へ向けてぞろぞろと歩き出した。
「おい、電源を確保しろ」
 デービスの大声が遺跡の中に響き渡る。入口に光量のあるサーチライトが設置され、遺跡の一階部分を照らしていく。中央には石でできた不気味な祭壇と、石像が一体だけ何かを監視するように立っていた。祭壇の周りには他にも石像が立っていたような足型があったが、不思議なことにその一体だけぽっかりとそのまま取り残されているようだ。
 壁一面に描かれたレリーフには古代文字がびっしりと書かれ、その古代文字に混ざってナスカの地上絵に似た絵が描かれているのも伺える。すなわち、動物や昆虫、それに幾何学模様などだ。
「何かが燃えたような匂いがしますね。指揮官、足元に気をつけて下さい! そこに穴があります」 
 鋭い声でデービスが注意を促した。
「底に水が張ってあるわね」
 膝をついて暗い穴の底を覗き込んだローラが、誰に言うでもなくつぶやいた。その後ろに銃を油断なく構えた傭兵の一人が近づく。
「この奥に、下に降りる階段があります。しかし……」
「どうしたの?」
「床が破壊されています。階段には、何か重いものが歩いて削れたような跡も」
 ローラと黒木も奥の穴に歩いて行き、その下にある暗闇を見つめた。
 刹那!
「何か来ます! 戦闘準備を!」
 斥候で下の階に降りていた傭兵が、少し慌てながら穴から飛び出してきた。
「見てきた事を正確に報告しろ。下に何がいるんだ?」
「分かりません、紅い眼をした『何か』がこちらに向かって来ます! 人間ではありません」
 現場にさっと緊張が走る。指揮官のローラを守るように陣形を作ると、元来た方へじりじりと後退を始めた。
「構えろ。だが、指揮官が発砲許可を出すまで撃つんじゃないぞ」
 誰かの唾を飲み込む音さえも聞こえるような緊張のなか、サーチライトに浮かび上がった奥の穴から出てきたものは……。とても人間と呼べるものでは無かった。
 紅い眼と爬虫類の様な鱗を持ち、手には鋭利な刃物のような、例えるならダガーナイフを巨大化したような刀を持って続々と穴から湧いて来る。
「黒木。あれってどう見ても友好的には見えないわよね」
「ええ。あの化け物を倒さない限り、この先には進めないって事ですかね」
 後退しながら、未知の生物を観察する。
「まるでガーディアン気取りだな。さあ指揮官、発砲許可を!」
 鋭い、そして有無を言わせない口調でデービスが太い声で怒鳴る。その間にも未知の生物たちは続々と穴から出てきて、壁を背にして行儀よく一列に並ぶ。数えてみると、それは――十二体いた。
「待って。まだ好戦的と決まった訳じゃないし、今のところ攻撃はされていないわ。少し様子を見ましょう」
 しかし……結果的に、この判断の遅れが致命的な先制攻撃を受ける原因になってしまった。紅い光が空間に弾けるように、驚くような素早さで化け物たちが散開を始める。中には、壁を足場にして反対側まで跳躍するものさえいた。
 しゅん!
 辺りの空気をぶんと歪ませながら、何かがローラの頭の上を通過した。
 一瞬遅れて、一番前の背の高い傭兵の首が綺麗な曲線を描いて宙を舞い、ころころとローラの足にぶつかって止まった。びっくりしたように見開いた彼のその目は、何か彼女を責めているようにも見える。出かかる悲鳴を押し殺したまま、ローラは自動小銃の安全装置を外すと同時に後ろにステップを踏む。
「今より、発砲を許可するわ! 弾幕を張りながら後退するわよ!」
 ついに指揮官の命令が遺跡内部にこだまする。
 先ほど、仲間が巨大な投げナイフのようなもので殺されたのをデービスの鋭い眼は見逃さなかった。その証拠に、後ろの壁にはヤツらの手に装着されていた巨大ナイフが深々と突き刺さり、未だにその刃を細かく震わせていた。
 そう、ローラたちは知らなかった。この遺跡に『間違った手順で入った者』には、アポストロスたちは決して容赦しないということを。
「姿勢を低く保て! 一カ所に固まるな!」
 だが、デービスの声は耳をつんざく発砲音にかき消され、硝煙の匂いだけがそれに答えるように辺りに立ち込める。 
「指揮官! ヤツらは素早く、銃弾がほとんど当たりません!」
 特殊な訓練を受けたエリート兵士たちが、驚きで目を丸くしている様子はなかなか見られるものではない。
「お嬢さん。俺の後ろに隠れながら撃って下さい。多少は盾になるでしょうから」
 黒木は素早く一歩前に踊り出ると、ローラを振り返って無理やり笑いかける。
 さっき入って来た入口はもうすぐそこだ。しかしヤツらは余裕なのか、素早く反復運動をしながらどんどんローラたちとの距離を詰めて来ている。
「あれを使いましょう。C‐4はまだたっぷり残ってるわよね?」
「はい、ですが……」
 しゅぱん!
 ローラの左側を守る傭兵は、言葉を続ける事ができなかった。答えている途中で、彼の胸の辺りを何かが通過した。少し遅れて、ぽっかりと開いた胸の穴から噴水のように血を噴きだしながら、前のめりに倒れていく。
「ダメだ、もう弾が残り少ない!」
 中腰のまま黒木が叫ぶ。その表情は恐怖というよりも、仲間、いや人間を殺された怒りに染まっているように見えた。そう、人類に敵対する未知の生物に対して、人間である彼らは本能的に憎しみを抱き始めていた。
「デービス、よく聞いて。援護するから、あなたは先に出て入口の脇に全てのC‐4を仕掛けるの。私たちはここで時間を稼ぐわ。黒木! ほら、これ使って」
 細くくびれた腰から最後の弾倉を取り出すと、黒木に放り投げる。ローラの持つ銃の銃口は既に熱を持って湯気を上げていたが、敵はまだ一体すらも倒れてはいない。反対に、こちらの残った傭兵は既に四人までに減っていた。
「足を爆発で止めれば動けなくなるかもしれない。このままの速度を保って入口を抜けるわよ!」
 もう外からの光が彼女の背中に降り注いでいた。
「設置完了しました! しかし、この量だと建物の半分近くが吹っ飛ばされる可能性があります」
 後ろから大声で誰かが叫んだその瞬間!
「ぐあ!」
 黒木がふいに銃を落とした。
「どうしたの?」
「平気です。肩を少しかすっただけです」
 にやっと笑ったまま銃をまた拾い直す。しかし、肩の肉が服ごとすっぱりと一部無くなっているようで、血が袖をじわりと濡らしていく。