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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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 最後の方は消え入りそうな声だったが、僕の方に向かって少しずつ這いずって来た。よく見ると、彼の足は変な方に曲がっているようだ。少し発音がおかしいのは、前歯がほとんど折れているせいだろうか。顔は血だらけで、生きているのが不思議なくらいのダメージを受けている。僕らの命より自分たちの命を優先した男に同情すべきか一瞬迷ったが、あのままこの寂しく暗い岩棚でひとり死んでいくのは余りにも気の毒にも思えた。
 でも、とても約束なんてできない。僕だってこれから同じような目にあうかもしれないのだから。ただ……死ぬ前に安心だけはさせてやりたかった。
「分かったよ、マットだね。約束はできないけど」
 この時僕の右手は細かく震えだし、片手でロープを保持しているのにも限界が来たのを感じる。
「ありがとう。お礼といっては何だが、最後にこれだけは覚えておくといい。この先、遺跡の中でもし困る事があったら、あの『翔太』ってヤツが役に立つはずだ。あいつの背中のアザには秘密がある。悔しいが、やはり古文書は……当たっていたのだな」
 どうやら、いま話しているのが僕本人だと気付いていないようだ。でも、古文書だって? ロバートが前に言っていたあの古文書の事か。
「その古文書の最後には、何て書かれていたんですか?」
「じ、人類という種の……」
 もう話す事ができないほどに出血しているのか、頬を持ち上げ無理やり笑った後、ロバートの頭はゆっくりと垂れていき、やがて寸分も動かなくなった。
(種? それにアザだって? いったい、僕のアザが何の役に立つってんだ。いまだって、無事に合流できるかどうかの瀬戸際なんだぞ)
 そんな事を考えながら懐中電燈をまた腰に差すと、また慎重に線路を降り始める。足元から湿っぽい空気が昇ってきているような気がするが、この暗さじゃ確かめようもなかった。
 そして手も足も傷だらけでくたくたになってきたころ、やっと水面に浸かる線路にたどりついた。ロープは摩擦で擦り切れ、いつ切れてもおかしくないほどやせ細っていた。あとはこれをたどってまっすぐ歩けば、マサトたちに出会えるはずだ。
 靴を履きなおして紐を固く結ぶと、僕は痛む足を一歩ずつ前に踏み出した。


「そこ、また虫いいいいい!」
 ローラは黒木の腕にしがみついた。片足を上げ、頬っぺたが両方笑ったようにつり上がっている。ヘリからロープを伝って降下する時は、「イヤッハー!」と上機嫌だったのが別人のようだ。
「お嬢さん。そりゃこのあたりは森なんですから虫くらいいますよ。あなたが指揮官なんですからもっとしっかりして下さい。後ろの傭兵たちが、さっきからニヤニヤ笑いながらこっちを見ているじゃないですか」
 振り返った黒木は、迷彩柄の戦闘服に身を固めた傭兵たちに作り笑いをしながら手を振る。
「だって仕方ないじゃない。あたし、足がたくさんある生き物は超苦手なの! どうふぁ! そこの枝にもでっかい虫がわわわわ!」
「……なるべく見ないようにするしかないと思いますが。じゃあ、私の背中だけを見ながらついて来てください。オスプレイから投下したビーコンからの電波は良好ですので、もうすぐ遺跡に到着できると思います」
「うん」
 足は一歩ごと泥に埋まり歩きにくく、黒木の戦闘服は汗でぐしょぐしょに濡れていた。素直に頷くローラを見て一瞬その表情が緩んだが、彼の顔は緊張感からかすぐに引き締まった。それと対照的に、扇形に広がり油断なく辺りを警戒しながら後方を護衛する傭兵たちの顔には、終始余裕が見て取れる。こんな現場はにはきっと慣れているのだろう。
 数十分後、険しい山道をマチェーテ(山刀)で切り開きながら出た先には――途方もない大きさを持つアーチ型の石柱がそびえ立っていた。
「あれは? おい見ろ、宝石みたいな物が埋め込まれているぞ」
 一人の若い傭兵が石柱に近づくと、コンバットナイフの先で無造作に青い宝石をえぐり出した。他の者たちも集まり、同じように次々にえぐり出しては自分の胸のポケットに放り込んで行く。古代の遺跡に対して敬意を払わない男たちを横目で見ながら、ローラは足元から何かを拾うと黒木にそっと話しかけた。
「この葉巻はまだ新しいわね。それに地面に何か引きずった跡と、私たち以外の足跡も複数確認できるわ」 
「ええ。彼らはここが目的地だったようですね。ビーコンも近くで反応しています。で、あの扉が入口と。しかし、気味の悪い絵ですねえ」
 扉に描かれている不気味な目玉の絵を見つめると、この暑さだというのに黒木はぶるっと身体を震わせた。
「さあ、みんなこっちに集合して! 宝石泥棒はそこまでよ」
 ローラの鋭い声で一斉に視線が集まる。すでに彼女と黒木だけは扉の前であれこれ開け方を模索していた。
「この扉を開ける方法を考えましょう。何かいい案はない?」
 集まった傭兵たちの顔を一人一人見廻す。
「そんなの簡単じゃないか。こんな扉、爆破してしまえばいい。C‐4爆弾は一ダースほど持って来ている」
 傭兵たちの中で一番階級の高い、デービスと呼ばれる男が事もなげに答える。アメリカンコミックから抜け出した、あごの割れたヒーローのような男だ。
「でも彼らは破壊することなく入ったんだから、何か開け方はあるはずよ。第一、この遺跡を傷つけるのは気が進まないわ」
「綺麗ごとを。いいかね、お嬢さん。この作戦に使用できる時間は限られているんだ。ここで悠長に謎解きしている時間は無い。多少強引でもこいつを突破しない事には、我々を拾うオスプレイの到着時間にとても間に合わないぞ」
 デービスは後ろの男に目配せして、爆破セットの入ったバッグを持って来させた。彼らは先ほどの「虫こわあい」を目の当たりにしてから、見下したような視線をローラに投げかけている。
「そうね、あなたの言う通りかもしれない。でもね、その口の聞き方をいま、すぐに、ここで、改めないと後で後悔する事になるかもしれないわよ」
 沈黙の時間が流れ、緊迫した空気が辺りに漂う。指揮官が誰かを思い出させるためなのか、じっとその吸い込まれるような青い目でデービスを睨み続けていた。、その美しい顔のせいで、まっすぐ見据える瞳はより凄みを帯びて見える。
 武器の扱いに長けた筋骨隆々のこの兵士たちがその気になれば、ローラと黒木などあっという間にこの場で瞬殺してしまうだろう。と言うのも、彼らの胸ポケットには宝石という名の報酬がすでにびっしりと詰まっていたから、その危険度はかなり高いと考えざるを得ない。
 周りの温度まで少し下がったような緊張感の中で、主導権を再び握ったのは……ローラだった。
「失礼な態度をお許し下さい。指揮官はあなたです。なんなりとご命令を」
 かかとを揃え姿勢を正すと、デービスはお手本のように綺麗な敬礼をみせた。
「分かってくれてありがとう。じゃあ、扉は爆破するしか方法はなさそうね。――すぐに爆破準備にかかりなさい。その際、扉の向こうに人が居るかどうかを機械で調べるように。あと、私たちに手伝えることは何かあるかしら?」  
 ここでやっとローラはその表情を和らげた。
「大丈夫です。おい、五分で設置しろ! 残りの者はすぐに退避。爆圧で倒れる可能性があるから石柱の裏には絶対に隠れるな」