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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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「ふん、じゃあいいよ。寒かったし、これに着替えるから」
 少しむっとした様子で、肩に掛けていたリュックからTシャツとジーパンを取り出した。
「ちゃんと持って来てるじゃないですか。ぜひ、そうして下さい。ふふ、実は部長も不安だったんですね」
 今は白いコートを羽織っているが、真理子の服装もある意味攻撃的だった。ざっくりと胸の開いたシャツにミニスカート、それにウェッジソールのサンダルを合わせている。いつもはしない化粧も手伝って、派手な大学生に見えない事もない。普段白衣姿の真理子ばかり目にしている長谷部が、彼女のこの姿をクラブで見たらきっと目を丸くすることだろう。
「この事は他の部員には絶対に言うなよ」
 自分のファッションセンスを疑われる事が我慢できないのか、釘を刺す様に真理子を睨み付ける。
「実は、もう写メ撮っちゃいましたあ」
「すぐ消せ、バカ」
「やです。じゃあ、行きましょうか」
 可愛い舌を出しながら長谷部の腕に自分の腕を絡ませる。
「ぬう……。よーし! こうなったらヤケだ。今夜はとことん弾けるぜ!」
 イブの実を入手することに気合いが入っているのか、それともこれからのクラブデビューそのものに興奮しているのかは分からないが、この寒空の下、紅潮した長谷部の顔には汗の玉が湧きだしていた。
「はしゃぐのは構わないんですが、一件目でうまく取り引きできるかは分かりませんよ。最初から飛ばし過ぎないようにして下さいね」
「了解した! あ、でもちょっと待って」
 調子に乗って道端で青いカラコンを入れようとする長谷部の腕を引っ張って歩く真理子の姿は、やがて六本木の雑踏に消えて行った。 

『古の遺跡 地下二階』

 時が、止まっていた。ルシャナの指先はまっすぐに金色のトロッコを指している。僕たちは絶望の結論を目の当たりにして、身じろぎもせず固まったままだ。現時点で助かるのはロバートとレスター、場合によってはあと二人だけという現実を、たった今つきつけられたのだからこれは仕方なかった。
「ほう。やはりこれが正解なんだな? よし、じゃあ誰か二人! 後ろに回ってこれを押すんだ」
 銃で狙いをつけたまま、ニヤリと嫌な笑いを浮かべる。さっきと違って、もうこの距離では外しようがない。
「おい、あんたたち一台に二人乗れよ。そうすればこっちも二人乗れるじゃないか!」
 三ツ井がこめかみに血管を浮き上がらせて叫んだ。
「いやだね。どうしても乗りたければ、押しながら後ろに飛び込め。だがな……。ほら、そこの天井のヒビを良く見てみろ。誰が助かるかなんてそこで醜い争いをしている時間などないぞ」
 彼の言うとおりだった。確かにヒビそのものが大きくなり、細かいかけらがぱらぱらと僕の肩に落ちてきている。もう数秒後にもヤツらが落ちてきそうだ。
 ふと後ろを見ると、ルシャナと樹理が何かひそひそと話しているのが見えた。樹理は少し驚いた顔をしながら、うん、うんと相槌を打っている。
「誰でもいいから早くしろ! 三つ数える間に決めないと一人ずつ撃ち殺す!」
 今度はレスターが大声で恫喝する。だが、自分たちが助かる優越感からなのか、その目の奥には安堵の色がほんのりと伺えた。
「いーち!」
 ロバートがよく響く声で、少し楽しそうにカウントを始めた。
「翔太とマサトが行って。でも……絶対にあれに乗っちゃダメよ」
 僕たちに鋭く耳打ちした。
「なんでお前らなんだよ! 俺にだって助かる権利はあるはずだろ!」
 三ツ井は納得いかないようだ。僕を押しのけようと肩に手をかける。
「待って、三ツ井さん。私を、いえ、この娘を信じて。銀色はハズレって事をさっき行動で示した意味を、もう一度ここで良く考えてみて!」
 その真剣な声の響きにはっとしたように、彼はたたらを踏んで足を止めた。樹理は三ツ井の振り返ったその眼をまっすぐ見つめながら、意味ありげに小さく頷く。
「にーい! おい、本気で撃つからな」
「いま行くって! 数えるのを止めてくれ」
 マサトは叫ぶと僕とともに駈け出した。
 それぞれの金色のトロッコの後ろに立ち、力を加える。意外とあっさりとそれは動き出した。
「ははは! じゃあな、短い付き合いだったけど、おまえらも元気でやれよ!」
 レスターは満面の笑顔で後ろを振り返り、下唇を突きだしながら樹理たちにおどけた形の敬礼をする。だが、二台が崖を今まさに離れる瞬間にロバートの顔だけが突然曇る。
「しかし、どうも腑に落ちんな。なぜおまえらは飛び乗らないんだ?」
 ロバートが首を曲げて僕らを訝しげに見る。そう、今が後ろに乗り込む最後のチャンスだったからだ。
 崖ぎりぎりで手を放してから、マサトが首を軽く振りながら答えた。
「おっさんたちも、元気でな。おっと、もうこれは必要ないだろうからもらっとくぜ」
「おい待て! ど、どういう意味だ?」
 答える代わりに、くるっと後ろを向いた。いつのまに拝借したのだろうか、トロッコの底に置かれていた懐中電灯と地図を握ったまま。
 不安顔のロバートを乗せて、ブレーキの無い箱は崖を離れどんどん加速していく。樹理の予想が正しければ、線路はもうすぐ砕けるはずだ。残された者は固唾を呑んでじっと見守っている。
 だが……。今度の線路はびくともしなかった。金色の残像を残しながらゴォォォォ! という音を立てて奥の暗闇に猛烈なスピードで突っ込んで行く。
「うわあああああ!!」
 やがて――遠くからまさに死の恐怖に直面している人間の叫び声と、激しい衝突音が聞こえてきた。
 僕たちはしばらくの間、その場で立ちつくしていた。ロバートたちの叫び声が、粘り気を伴い耳にこびりついて離れない。
「おい、そこは危ない! 落ちて来るぞ!」
 三ツ井の警告で、まさに身体を避けた瞬間だった。
 ドウウウウン!
 同時に、暗闇に紅い線を描きながら一体目のアポストロスが落下してきた。塵がもうもうと舞う中、紅い光だけが足元で這うように動いている。恐ろしい事に、その紅い点は下から上にだんだんと浮き上がってきているように見えた。つまり……。ヤツはもう立ち上がろうとしているのだ。
「後ろを振り向かずに走れ! マサトは樹理とこっちに。三ツ井さんはルシャナとそっちに乗って!」
 僕の大声に追い立てられるように、灰色のトロッコにみんな走って行く。背中には鳥肌がたち、今にも襟首を掴まれてしまうような恐怖と戦いながら樹理を乗せるのを手伝う。
「ちょっと待って! 翔太、あんた一体どういうつもりなの?」
 パニックから少し回復した樹理が、急にその顔を引きつらせ立ち上がろうとする。
「いいから座れって。もう時間が無いんだ」
 三ツ井はと言うと、ルシャナを抱きかかえるようにして既に箱の中に収まっていた。この時、こちらを見るルシャナの眼が何かを言いたげだったのは気のせいだろうか。
「大丈夫! 僕は線路を伝ってすぐに追いかけるから。マサトも急いで乗ってくれ。三ツ井さん、ルシャナを頼みます!」
 そう……。分かっていた事だが、一人は必ずここに残らなければならない。
「何言ってんだよ。おまえだけを置いていくわけには……」