禁断の実 ~ whisper to a berries ~
はっとした顔でローラは顔を上げる。切れ長の眼はまだ赤かったが、その顔にはもう少しの迷いも感じられない。
「ありがと、黒木。いま私のすべきことは、翔太くんを助けること! そうね、後の事はそれから考えればいいのよね」
優しい眼で頷く黒木を横目で見ながら、金色の髪をきゅっとひとつに結ぶ。次に無線のスイッチを入れると、打って変わったようなきっぱりとした声でパイロットに指示を出す。
「こちら指揮官。当機はそのまま空中で静止しながら待機して。先行機は着陸可能な場所があるか確認後、すぐにバックアップにまわって頂戴。十分後、当機から斥候を四名出すわ」
「ラジャー。いま先行機から無線が入りました。『海岸線は切り立った崖で囲まれており、大型機の着陸は不可能』とのことです。では、降下作戦を実行しますか?」
「そうして」
無線を切ると、しっかりとした足取りで奥に座っている傭兵たちに近づいていく。そこは黒木さえも尻込みするような屈強な兵士たちが向かい合って座っている空間だったが、彼女はそれを恐れる様子さえ見せなかった。
「ハーイ。レンジャー部隊の皆さーん、やっと出番よ。あらあら、みんな退屈そうな顔をしているわねえ。えーと、そこの四名――もう準備は出来てるわね。十分後に降下作戦を開始するから、後部デッキに集合するように」
腰に手を当てながらてきぱきと指示を出すローラの姿に、若い兵士たちはうっとりとした目を、老練の兵士は好奇の眼を向けている。だが、その命令に口を挟むものは、ひとりもいなかった。
「イエス、サー」
彼らもプロだった。素早く立ち上がると、自動小銃を軽々と肩にかけ降下の準備を始める。
「よーし、何かテンションが上がってきたナリよー! 黒木、ビンゴだったら私たちも降りるわよ。すぐに支度しましょう」
白く細い腕に、これまた小さな力こぶを作ってみせると、にかっと笑いながら黒木の肩を叩く。
「やれやれ、さっきまでめそめそしていたクセに……。まったく、見てて飽きないお嬢さまだな」
そっとそうつぶやくと、軍靴の紐を結び直しながら口元にかすかな笑みを浮かべた。
同じころ日本では、真理子がまっすぐに揃えた前髪をいじりながら部室でテレビを見ていた。午後の講義はもう終わっている時間だったが、部長の長谷部はまだ部室に現れていないようだ。
「四時のニュースです。今日の午前九時ごろ、東京都世田谷区の一軒家で家族と思われる複数の変死体が発見されました。今月に入り同じような事件が続いていますが、警察の発表によりますと、『RED』と呼ばれる薬物が今回も関連している可能性が高いとのことです」
ここで赤い実の写真がテレビに映し出される。
「この映像では一見ただの赤い木の実に見えますが、この実は非常に高い中毒性を持っていると考えられています。しかし、専門家の発表では『成分の中に中毒性のある物質は認められない』とのことです。この矛盾した事実により、今まで警察機関も検挙に踏み切れなかった模様ですが、この度、特別措置として『所持だけでも検挙できるように』と改正案を求める意見が国会で取り上げられました。ご友人、同僚の方、ご家族など、何日も連絡が取れない方がまわりにおられましたら、ぜひ自宅まで行って無事を確認するようお願い致します。では次のニュースです」
ここで部長が部屋に入って来た。
「また、あのニュースか?」
真理子は立ち上がると、部長のために珈琲をいれてくる。豆の良い香りが部屋に充満していく。
「ええ。ちょっと前までは裕福な家の若者だけが手を出していたみたいなんですけど、今は誰でもって感じですね。使用方法を知っている人が、クラブやパーティーなどでこぞって購入しているようです。インターネットの動画サイトでも公開されていますし、これからはもっと被害が増えるでしょうね。はい、どうぞ」
「ありがとう。そうだね、今の時代は、ストレスも増えて現実逃避したくなる人が多いからなあ。まだまだ需要は拡大するだろう。ところで、翔太くんとは連絡がとれたのかな?」
受け取るとカップを両手で抱え、手を温めながらパソコンの前に座る。
「いえ、さっきもかけたんですけど繋がりません。不思議なことに、翔太くんの友達も同時期に音信不通らしいです」
携帯を取り出して画面を見ながらため息をひとつつくと、机を挟んで部長の前に座った。やはり翔太からのコールバックは無いようだ。
「あたし、考えたんですけど……。この果実を自分で手に入れる方法は無いですか?」
「なんだよ。まさか! やけになって君まで」
少し驚いた表情で部長は顔を上げた。
「ストップ! もう、違いますよ。前に話したように植物には天敵がいるでしょう? もしかしてその天敵を見つければ、繁殖を止めることができるんじゃないかなって。もしくは、遺伝子を組み替えてしまうとか。なーんて、無理ですよねえ。って、え? 部長?」
長谷部はおもむろに黒縁の眼鏡を外して目頭を揉みながら、何かを深く考えているようだ。
「――面白い。天敵が虫なのか、それとも細菌か。はたまた化学物質が効くのか。なるほど、実に興味深いテーマだ! フレミングが青かびからペニシリンを発見したように、これがもし成功すれば世紀の大発見だぞ。真理子くん、さっそく僕たちでその『RED』を手に入れに行こう!」
眼鏡をすばやく掛け直すと、立ち上がって胸の前で拳を握った。
「ぶ、ぶちょー! ダメですって。さっきニュースでも言ってましたが、これからは所持するだけでも逮捕される可能性があるんですよ」
珈琲にむせながらも一気にまくしたてる。
「その点は大丈夫だよ、真理子くん。一体誰が果物の袋を抱えた大学生を不審に思うんだい? この、さくらんぼの実に似た果実なんて世の中にたくさんあるじゃないか。まあ、そこがこの実がはびこる原因の一つでもあるんだろうね。それに、まだ逮捕は可能性の話だろ? さてと……問題は入手方法だが、ぜひ君にも協力してもらいたい」
得意のクセである、人差し指で眼鏡をずり上げながらにこっと笑った。
そして、二時間後。
「うぷ、あの、部長。言いにくいんですが、その格好は何か違うと思います。世紀末に良くいる悪役じゃないんですから」
集合場所の麻布警察署の少し先で、真理子は笑いをこらえるのに必死だった。
「どこがだよ! 今どきの若者は、こういう格好してクラブにいくんじゃないのか?」
自分の格好のどこがおかしいのか全く分からない様子だ。
「あのですね……。ガイアが部長に『もっと輝け』とささやいちゃったのは分かりますが、それじゃまるで飾りをゴテゴテとつけたアダモちゃんですよ。これは知らなければググって下さい。とにかく、腰に巻いている上着だけは今ちゃんと着てください! ていうか、よくここまで職務質問されずに来れましたね」
ぽっちゃり体型の長谷部はびくっとしながら後ろを振り向いた。気のせいか、立番の警察官がこちらをちらちらと伺っているようにも見える。
「親に車で送ってもらったからな。そういえば、『今日は仮装大会でもあるの?』って親に聞かれた気が……」
「でしょう? まあ、これから行くところはドレスコードが無いようですから大丈夫だとは思いますけど」
作品名:禁断の実 ~ whisper to a berries ~ 作家名:かざぐるま