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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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 いつの間にかルシャナは顔を真っ赤にして銀色のトロッコを押していた。意外にもそれは軽く動き、重力に任せてゆっくりと暗闇に向かって走り出す。止める間も無く、隣の銀色のそれも同じように押し出してしまった。つまり、もう誰も銀色に乗ることはできないという事だ。皆が呆然と見つめる中、最初に押したトロッコは途中まで順調に走って行ったが、やがて骨が砕けるような音と共に石の線路そのものが砕けそのまま地下に落下していく。
 その光景にしばらく誰もが固まっていた。だが、彼女のこの行動ではっきりと分かった事がある。銀色は『不正解』だったということを。そして予想通り、全く同じ奇跡を描いて二台目の銀のトロッコもまた闇の彼方に落下して行った。
「このバカ娘が! 勝手な事ばかりしやがって!」
 自分勝手な行動をするルシャナに対して、ついに怒りが爆発したようだ。乗っている場所から立ち上がったロバートは、ためらいもなくルシャナに向けて発砲する。銃声が耳をつんざいたが、今までの部屋とは違いその音はすぐに深い闇に吸収されていく。幸いなことに、彼女を狙った銃弾は壁に火花を散らせただけだった。
「待って下さい!」
 僕はルシャナの前に立ちはだかった。いま、鬼のような形相をしたまま次の弾をこめているロバートを落ち着かせなければ、彼女はこのまま撃ち殺されてしまう。
「そこを、どけ。できれば、おまえだけは殺したくないんだ」
 冷静な声で銃口を左右に振った。その声とは裏腹に、額には血管が浮き出しているように見える。隣ではレスターも同じようにこちらに銃口を向けていた。(なぜだ? なぜ僕だけ?)一瞬疑問符が頭をよぎったが、今は急がないといけない!
 頭の中で素早くルシャナのとった行動を分析してみる。すると……。ひとつの考えが浮かんだ。
「撃つ前に、これだけは聞いて下さい。見た通り、銀色の二台は不正解でした。ということは、彼女は正解を知っていた可能性があるとは考えられませんか?」
 この時は口から出まかせだったが、今の言葉を良く考えてみると、本当に可能性があるということに気づいた。
「少しだけ、ほんの少しだけ時間を下さい。話してみますから」
 そのまま撃たれるのは怖かったけれど、半ば強引に彼らに背中を向けると灰色のトロッコの方までルシャナの手を取り連れて行く。
「なあ、教えてくれ。なぜ銀色が違うって分かったんだ?」
 目線が合うようにまた少し屈みながら、身振り手振りを交えて優しく話しかける。後ろの方では三ツ井たちが、銃の存在も恐れずにロバートたちと激しい口げんかを始めていた。
 古からひっそりと溜まった澄んだ地下水のような瞳で、僕の眼と手を使ったジェスチャーを見つめていたルシャナの唇が、意を決したようにゆっくりと開いてゆく。
「私たちは……先祖代々ここを守っているから。私はまだ小さいから、中までは入れないけれど」
 僕は手を間抜けな位置で止めたまま固まってしまった。ちょうど「なんでやねん」の位置だ。 
「こ、言葉が話せるのか! 僕の言っていることが分かるんだな?」
 やっぱり、さっき聞いたアポストロスという単語は、このルシャナが言ったんだ! 
「じゃあ、この遺跡の、あの暗闇の奥には何があるんだ?」
「『キボウ』と呼ばれているものがあるわ。でも……」
 パキッ!
 言葉の途中で、頭上に何かヒビが入るような音がした。
「おい! やばいぞ。あいつらが、もうこの真上まで来てやがる。この天井が破られるのも時間の問題だ!」
 マサトが口に手を当てて僕らに向かって叫んでいる。天井のひびはそうしている間にもみるみる広がっていく。僕は再びルシャナの小さな手を引き、彼らの元に駆け戻った。
「さあ、教えてくれ。ルシャナ、どの色が正解なんだ?」
 皆が息を呑んで見つめるなか、ゆっくりとルシャナの指先が上がって行く。そして彼女の指さした色は……。
 最悪なことに、ロバートたちが乗っている『金色』のトロッコだった。


 その頃、ローラたちはオアフ島の南西、千二百キロの海上を飛行していた。雲一つない青空を切り裂きながら飛ぶオスプレイの影が、海面に小さな影を落としてゆらゆらと揺れている。
「ねえ、黒木。ひとつ教えていただけないかしら?」
 何かいつもと違う雰囲気だった。
「なんですか?」
 訝しげな顔で、折り畳み式の対面座席に座るローラに身を乗り出す。
「あなた、今まで恋ってしたことある?」
 少し頬を染めながら、やっと聞き取れるような小さな声で言った。
「そりゃあ、ありますよ。この年ですから」
「でしょうね。例えば、好きな人を思う時ってこう――胸のあたり、この辺が痛くなるものなの?」
 膨らんだTシャツの胸の中心あたりに手を当てながら、黒木の眼をまっすぐに見つめる。
「そうですねえ。私が言うのも少し照れ臭いですが、その人の事を思う度に、胸がきゅんって苦しくなったり、他の事が何も考えられなくなったりするもんです。ちょうど今、お嬢さんがそんな感じじゃあないですか?」
 何だかんだ言っても、まだうぶなお嬢さんなんだなあと考えているのか、目を細めながら優しく微笑んだ。
「何かニヤニヤしてない? ……そうね。でも、ちょっと今回は違うのよ。今は、大学で翔太くんを見た時のきゅんって感じじゃなくて、もし彼が居なくなったらどうしようって思うと、このあたりがぎゅっと締め付けられるの。確かに私たちは付き合っている訳じゃないし、翔太くんが私を好きとは限らないけれど、もし彼に何かあったらと思うと……。私、ショックで死んじゃうかもしれない。どうしてなんだろう、本当に苦しいの」
 少し離れた所で銃器の手入れをしている傭兵たちに涙を見せないように、うつむきながら涙を手の甲で拭く。
「お嬢さん――それは恋を飛び越えて、もう愛の部分なんですよ。『かけがえのない人』を失う事は何よりも辛い事です。実は私も若い頃、妻を病気で亡くしました。それからずっと妻の面影を忘れられません。もっと優しくしてやればよかった、もっと色んな所に連れて行ってやれば良かったと今でも後悔しています」
 対面座席で手を膝の上で組みながら、うつむいて顔を覆うローラの白いうなじに向かって優しく声をかける。顔はコワモテだが、その口から出る声の響きは実の父のように優しかった。
「ごめんなさい。……思い出させちゃったわね」
 見上げたローラの瞳には、本当に悪い事をしたという後悔の色が伺えた。
「いいんですよ。その『かけがえのない人』はもう近くにいるはずです。必ず助けだしましょう! 後で後悔しないように、今やれることは全部やってみましょう。――おっと、いまエンジン音が変わりましたね。何か見つけたんでしょうか」
 右耳に付けたイヤホンに軽い雑音が入った後、ローラと黒木に同時に無線が入る。
「機長のライオネルです。地図には無い小さな島なのですが、先行のオスプレイから、『前方の島影に国籍不明の、まだ新しい水上飛行機を確認した』との無線が入りました。どうやら潮で流されて可愛いケツが、おっと失礼、機尾の部分が丸見えのようです。緯度、経度とも目標予測地点の範囲内です。このまま捜索を開始しますか? 指揮官の指示を待ちます」