禁断の実 ~ whisper to a berries ~
「僕もだよ。事故だったとはいえこの罪は一生消えないだろう。日本に帰ったら、ちゃんと警察に話して、やったことの責任はとる。樹理は悪くない、僕がちゃんと受け止めなかったから」
「そうだよ、俺も悪いんだ。樹理は気にするな、ってのは無理だけど、これは仕方が無かったんだ。とにかくここを出てから考えよう。まだ、これからどんな罠が待っているか分からないし、何より俺たちが生きて出られるかさえも分からないんだから」
マサトはもう平常心を取り戻したようだった。
そうだ! 確かにここから脱出しなければ何も始まらない。責任をとるなどと考える前に、このパーティーは全滅するかもしれないんだ。まあ、これがパーティーと呼べるような絆のあるものなのかは甚だ疑問が残るのだけれど。
意を決して、泣き崩れている樹理の脇の下に手をそっと差し入れ、マサトと協力して立ち上がらせる。
「さあ、行こう」
よろよろとした足取りの樹理を支えながら、次のタイルに僕たちは未来への一歩を乗せた。
先頭のルシャナは既に二つ先へと移動している。彼女は身が軽く、例え同じような状況になっても、軽々と飛び越えて行くのだろう。次にレスター、三ツ井、僕ら三人と最後はロバートの順に進んで行く。
「あんな姿になりたくなかったら、足元に気をつけろ!」
ロバートの大声が部屋にこだまする。まるでそれは自分で自分を勇気づけているようにも聞こえた。
だが、先ほどの難所を過ぎれば、後は☆の絵をたどるだけで良かった。やがてさしたる問題なく部屋の奥にある安全地帯に辿り着いた。
「なんとかゴールしたな」
レスターがつぶやく。
「いや、まだこれはゴールじゃない。マサト、足元を見てみろ」
哲男の死のショックで精神はすり減り、肉体的にも限界が近づいているのを感じる。ここに入って数時間が経過しているが、まだまともに食事もとっていない。こんな迷宮が一体いつまで続くのだろう。
同じように元気を失ったマサトの視線が止まった場所には……。
予想通りというべきか、暗い穴と下に降りる階段が、ぽっかりと口を開けて僕らを待ちうけていた。
「よーし、ここで一旦休憩をとるぞ」
ゴール地点も二メートル四方の場所なので、狭すぎて八人が同じ場所に立つわけにもいかない。それぞれが今来たばかりの星の絵に散らばり、腰につけたレーション(固形食糧)を食べ始める。僕は先ほどの悲劇により食欲は全く無かったが、今後の事を考えて無理やり水で食べ物を喉に流し込んだ。
ごと、ごと、ごと。
その音は――二枚目のクラッカーを口に咥えた瞬間に突然始まった。
天井から落ちる細かい埃が僕らに降り注ぐ。
ごとん、ごとん、ごとん。
更に音は大きくなり、床に置いてある水筒のコップに小さな波紋が生じる。
「ねえ、これって何の音かしら?」
僕と同じで食欲が無かったのか、樹理がクラッカーを少しだけかじりながら天井を見上げた。
しばらくすると、ドーン! ドーン! という床を踏み鳴らすような音が、さっき僕らがスタートした地点から聞こえてきた。
やがて、何かが砕けた様な大きな音が部屋に響き渡る。レスターがおそるおそる懐中電灯でそこを照らす。その手は震え、光もそれに呼応するように上下している。
「おい、うそだろ? 勘弁してくれよ」
これは思わず僕の口から出た言葉だ。恐怖で心臓が徐々にせり上がってくるのを感じる。
「おお、神よ。こんな事が……。俺は夢でも見ているのか?」
ロバートは銃を構えることも忘れたように、立ったまま呆然としている。
「あれ何よ、なんで動いてるのよ!」
そこには――天井から転げ落ちた〈エイリアンのような顔をした石像〉が倒れていた。大量の埃が舞う中、亡霊のように彼らはその姿を現した。まさか、その体重であの頑丈そうな床を踏みぬいたとでもいうのか。
そいつらは、老人がゆっくりと歩く程度のスピードだが、止まる事なく次々に階段を下り始めていた。さらに恐ろしい事に、赤い宝石をちりばめた目玉がライトに反射して光り、やがて、「追いついたぞ」というように、その首を徐々にこちらに向け始める。
今はこちらから確認できるのはまだ先頭の三体だったが、遺跡に入って最初に見たあの石像が全部階段を降りて来ているとしたら。そして、その目的は侵入者を抹殺するためだとしたら……。
「おい! 急いで出発だ。荷物をまとめたヤツからどんどん降りろ!」
気を取り直したようにロバートが銃を構えながら叫ぶ。その時、その声に隠れるように僕の耳にある言葉が飛び込んできた。
「ちっ、アポストロスか」
急いで荷物をまとめている時、小さな舌打ちと共に聞こえたこの言葉に僕の手が一瞬止まる。
「なあ樹理、今なんか言ったか?」
「何にも言ってないわよ。それより水筒! それ仕舞わないと、きっとあとで後悔するわよ」
樹理の急かすような声のおかげで、この事はうやむやになってしまった。でも確かに僕は聞いたのだ。
『アポストロス』と。
支度が早かった三ツ井を先頭に次々に暗い階段を逃げるように降りて行く。レスターは相変わらず最後尾だったが、振り返った僕は彼の肩越しにちらっと今まで居た部屋を見てしまった。
なんてこった! あいつらは……。僕らが苦労して飛び越えたタイルに落ちることも構わず、ゆっくりと前進してきているではないか! 中には哲男が落ちた時のように、不恰好に穴に落ちるヤツもいたが、身体から煙をもうもうと上げたまま、それを乗り越えて何事も無かったように進んでくる。
ヤツらは――もうすでに二列目のタイルに差し掛かっていた。
「急げ、もうすぐここに来るぞ! おい、見たかあいつらの眼を。ありゃあたぶん処刑ロボットの類だな」
震えたレスターの大声が、僕の汗だくの背中にぶつかってきた。それとともに、細かい振動も壁越しに伝わって来る。レスターの言うとおり、もうすぐここにヤツらはたどりつくだろう。だが、その前にまた天井が閉まってしまえば、多少なりとも時間は稼げるはずだ。
頭の中をぐるぐると色んな考えを巡らせているうちに、いつのまにか僕は地下二階に降り立っていた。
『古の遺跡 地下二階』
その六台のトロッコのような乗り物は、まるで古の時代から僕らを待っていたかのように薄い埃を被りながら静かに並んでいた。
僕らの足元の地面は背中の壁から二メートル程せり出していたが、その先には今までと種類の違う広い空間が広がっているのを肌で感じる。ひんやりとしたかび臭い空気と途方もない暗黒のプレッシャーを受けて、また背中にゆっくりと鳥肌が広がっていく。
仮にこれらがトロッコだとすると、二人がぎりぎり乗り込めるような大きさだ。レスターが照らす石の線路の先は、暗い、そう真っ暗な空間に飲み込まれ消えていた。懐中電灯の光さえ届かないその先には一体なにが待ち受けているのだろうか。
「六台……か。良かったな、もし一人乗りだったら誰かが置いてけぼりだったぞ」
皮肉を言った割には落ち着いた口調で、ロバートは地図を照らす。その光に照らされた地図は何度見ても半分がちぎれて無くなっていた。後ろの壁には彼のポニーテールの影が映り、ゆらゆらと不気味な生き物のように蠢いている。
作品名:禁断の実 ~ whisper to a berries ~ 作家名:かざぐるま