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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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「太平上の、ある島の座標をはっきりと表していたのです。そこに、『希望』が密かに眠っている、いや残されていると私は考えています」
「座標だと? ほう、それは興味深いな。こんな年寄りでも、知的好奇心が刺激されてしまう」
 深いため息が受話器から漏れてくる。
「私の話は以上です。ところで、明日『禁断の実』を拝見に行きたいのですが、教授のご予定は?」
「いや、言いにくいんだが実は……。先日、研究室から盗まれてしまったのだよ」
 急に声のトーンが落ち、歯切れが悪くなった。
「え、盗まれたですって?」
「残念だが、犯人はまだ捕まっていない。と言う訳で、私はこれ以上この件に協力することはできない。申し訳ないが、学会の準備などで何かと忙しいのでこれで失礼するよ」
 何か都合の悪い事でもあるのか、一方的に電話は切れた。
「うーん、どうも教授の様子がおかしいな。以前はこんな話が大好きで、時間を忘れて語り合ったものだが」
 受話器をそっと机に置いて立ち上がると、窓まで歩き首を捻る。庭の木々を煙らせている激しい雨は、まだ止みそうにない。

『古の遺跡 地下一階』

「次は樹理だ。そうそう、端まで寄って助走をつけて! みんな飛べたんだから大丈夫だって」
 僕は彼女に何度目かの声を掛けた。
 最初の一歩は勇気が必要だったが、僕らはさそり座の絵の通りに尻尾から順番に☆印のタイルを踏みながらここまで進んで来た。幸い、ルートの選択、つまり謎の答えは正解だったようで、今まで辿ってきた道に危険は全く見当たらなかった。
 だが後半に差し掛かりひとつ問題が発生する。そう、ここはまさに最大の難所と思われた。何故なら、樹理が残っている場所だけは縦にも横にも、更に斜めにもタイルが隣り合っていないのだ。そのため、どうしても二メートルほど(二マス分)斜めにジャンプして飛び越えなければ渡れない。助走をつける余裕は一メートル弱しか無かったが、ここまで樹理以外の者は何とか無事に飛び切っていた。
 そしてまさに今、樹理が勇気を出して飛ぶのを待っている状態だ。ちなみに二十代前半の、女子立ち幅跳びの全国平均は約一・六メートルであったが、この異常な状況でそんなデータは何の役にもたたないだろう。
 僕とマサトは彼女の着地する空間を作るために、少しだけ後ろに下がる。もうルシャナとレスターは、次の☆が描かれたタイルに移動を始めていた。 
「無理よ! 助走をつけたって、こんなの飛べる訳ないじゃん」
 ライトに照らされた彼女の顔は、血の気が引いているのか真っ白に見える。
「大丈夫だって! こればかりは自力で飛ぶしかないんだ。樹理、おまえなら必ずできるはず。前に僕にケリを入れただろ? あんな感じで脚のバネを使って飛ぶんだ!」
「どんな感じよ。でも――分かった、ルシャナだって飛んだんだもん。もうやるしかないのよね」
 一度後ろを振り向いてから、こちらに向き直ったその顔は、もう退路は残されていない事に気づいたような顔だった。すぐに唇をキリっと結ぶ。 
「大丈夫、僕とマサトがちゃんと受け止めるから、思いっきり踏み切れ!」
 他の絵にもし着地したら……。一体何が起こるのか想像もできない。樹理は手を広げて深呼吸を数回すると、一番後ろまで下がりトントンと足踏みを始める。
「どりゃああああ!」
 全く色気のない掛け声を上げながら、ついに彼女の身体が宙に舞う。
 どんっ!
 思ったより勢いのついた樹理の身体を、僕とマサトが同時に受け止める。ここまでは計画通りだったが――ここで『本日二度目』の悲劇が起こってしまった。
 受け止めた体制のまま尻もちをついた僕らは、後ろでタイルを照らしていた哲男と、地図を広げていたロバートの膝にしたたかに背中を打ちつける。
「ぐお! おまえらなっにすんねええええん!」
 これが、哲男の最後の言葉だった。ロバートは辛うじて足を残しバランスを保ったが、運の悪い事に哲男の身体は、隣のタイル、すなわち太陽の絵の上にごろごろと転がって行く。
 ぱりんっ!
 耳障りの良い軽やかな音をたてて、そのタイルが砕けた。そして桜子の落ちて行った穴そっくりの空間が暗い口を覗かせる。ただ、先ほどと違っているのは――黒い、まさに真っ黒の『液体』が穴の中に満ちていたことだ。悪い事に、それはただの『水』ではなさそうだった。更に悪い事に、哲男はそこに落ちながらもロバートの手を掴もうと手を伸ばし、あろうことかその腕では無く彼の持つ地図を掴んでしまった。もちろん地図ごときでは大の男の体重を支えられるはずは無い。見事半分にそれは裂け、哲男の拳に握りしめられたまま黒い穴に一緒に消えていく。
 落ちたあとの哲男の姿は、悲惨なものであった。その身体は一瞬で黒いローションに包まれたような恰好となり、最後の悲鳴を上げる暇も無くそのままずぶずぶと穴に飲み込まれて行く。
 すぐに、いやな匂いの煙が暗い天井に向かって立ち上る。僕たちは立ち上がって穴を覗き込んだが、そこにはもう哲男の姿は見えなかった。そう、その身体はもう完全に溶けてしまっていたのだ。
「きゃあああ!」
 樹理が頭を抱えてしゃがみこむと同時に、僕らがしたことの重大さがこの時はっきりと理解できた。事故とはいえ、僕らは……哲男という人間を殺してしまったんだ。
 横に立つマサトの足も僕と同じように震えている。ただ、ロバートだけは半分になった地図を呆然と見ながら口をぽっかりと開けているだけだった。
「このバカ野郎! 何てことをしやがる。最後の最後に余計な事を」
 このセリフを聞いた瞬間、先のタイルに移動を済ませていた三ツ井が鬼のような形相で僕らのいるタイルに飛び移り、ロバートの胸倉を掴んだ。
「おい。死んだ哲っちゃんに対して、そんな言い方は無いだろが! 謝れよ! ふざけんなこの野郎!」
 今まで見た事の無いような三ツ井の怒りに、僕らは驚いたと同時に逆に冷静になる。そして続けてやってきた深い罪の意識にどんどん苛まれていく。
「その手を離せ。いったい何を怒ってるんだ? お前らにとってあいつは裏切り者だったはずだろ?」
 薄ら笑いを浮かべながら、無神経に言い放つ。
「そんなの今は関係ないだろ? とにかく哲っちゃんにひとこと謝れ!」
 涙を浮かべながら、なおも胸倉を離そうとしない三ツ井の後頭部に、無言のままレスターがライフル銃を乱暴に突き付けた。
「そこまでだ。死んじまった者はもう帰って来ない。ここでモメてても何も解決しないぞ」
 勝ち誇ったような顔をしたロバートは、そう言いながら掴まれている手を強引に振り払う。最後に三ツ井は鬼のような形相でロバートに顔を近づけて睨むと、すぐに悲しい顔に変わり、哲男が落ちて行った穴に向けて静かに手を合わせ頭を垂れる。ふと見ると、一番先行していたルシャナもこちらを向き、同じように頭を垂れていた。
 穴の中の水面は、さながら黒い水銀のような輝きと美しさを持って、今は三ツ井たちの姿をはっきりと映し出しているだけだった。
「私、とんでもない事をしちゃったわ。どう償えばいいか分からない」
 樹理はぺたんと座った体勢から、涙でぐしゃぐしゃになった顔で僕とマサトを見上げる。