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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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 だが結局、僕のバイト料だけでは大学の学費を賄えるはずもなく、母には内緒で大学を一時休学する事にした。母には母の生活があるから、頑張って自分で何とかするしかない。学費を貯めるために、余計なお金はこれからもう使えなくなるだろう。
 そして、父の死から二週間が経った。
 経堂にある僕のアパートからそう離れてない所にファミリーレストランがあり、バイトをもう一つ増やすために面接に行ってきた。アパートに帰り部屋の中を改めて見ると、毎日ほとんどの時間をバイトに費やしているためか、部屋の中はまるで怪獣が通った後のように散らかり放題だ。
 ふと、電気代の請求書を持ち上げた時に、あの小さな皮袋が目に飛び込んできた。
(そういえば種はどこに行ったんだろう)と探してみると、お茶でもこぼれたのだろうか、可愛い小さな芽が出ている種が雑誌の脇から出てきた。
「おお! 生命ってすごいな」
 ちょうど、カイワレ大根を育てていた鉢があったのをこの時思い出した。もちろんこれはおかずの一つだ。土に指で穴を開けてその種をそっと押し込むと、その日はそのまま寝てしまった。
 窓辺に置いたその鉢から芽を出した茎は、次の日からぐんぐん伸び青い葉を広げていった。疲れてアパートに帰ると、いつの間にかこいつの成長が僕の唯一の楽しみになっている事に気づく自分がいる。時々話し相手になり(もちろん独り言だが)ペットのように名前までつけた。
 もう……僕はこいつが可愛くてしかたなかった。

 三日後、久し振りにマサトと樹理がバイト帰りにアパートに来ることになっていた。
 彼らは僕の事情を知っていたが、腫れものに触るような扱いではなく、友達としていつも変わりなく気兼ねしないで接してくれる。
「じゃじゃーん! 今日はあたしがカレー作ったげるよ。『樹理特製カレー』マジで美味しいぞ」
 買い物袋を二つ両手にぶら下げたまま部屋に突入してくると、早速洗い物を手際よく片付け始める。
「おーい、これで片付けたのかよ。しょうがねえなあ、手伝ってやるよ」
 マサトは、寝る暇も無いくらいにバイトに明け暮れている僕を心配していた。雑誌やらゴミやら部屋の片づけを一緒にしながら、大学でのこと、家庭のことをそれぞれ話した。彼の話によると、サークルの仲間たちが『翔太基金』なるものを作り、僕の復学に助力してくれているらしい。
「ほんと、ありがたくて涙が出るよ。と、友達っていいな」
 少し涙目になりながらマサトの肩を叩くと、それを悟られないように布団を干しにベランダに出た。視線を移しふと鉢を見ると、昨夜よりもまた一回り大きく成長しているように見える。こいつは、なんて成長が早いんだろう。
「とにかく、今はつらいだろうけど頑張れよ。俺達は何があっても友達だぞ」
「おう!」
 感謝しつつこっそりと涙を袖で拭った。
「ねえ、サラダ用の野菜買ってくるの忘れちゃったわ。レタスかなんかない?」
 キッチンから首だけ出して部屋を見回す。髪の毛を後ろにまとめた彼女は、何か色気があって眩しかったが、ちょっとだけ目が赤い。そう、台所で野菜を刻んでいた樹理も泣いていた。まあ、あっちはたぶん玉ねぎが目にきたんだろうけど。
「いつもコンビニの弁当だからなあ」
 何か恥ずかしい思いがして下を向いてしまった。樹理にこんな生活を見られるのが少しだけ抵抗があったのかもしれない。
「おや、あそこに葉っぱがあるじゃん。あれって食べれるの?」
 窓辺にあるあの鉢を、手に持ったにんじんで指す。
「ダメダメ! イブは食べちゃダメだって!」
 僕は全力で拒否した。
「イブ……だと?」
 二人の眼が怖い。樹理に至っては完全に引いている。
「く、詳しくは聞かない事にするわね。じゃあ、サラダは無しで」
 彼女が台所に戻ると、ちょっと警戒しているマサトにイブの経緯を説明する。インドでの不思議なじいさんの事や、袋の紋章のこと、夢のことなどだ。
「なあ、この袋の紋章さ、どこかで見たことがあるんだ。俺のおじさんが考古学に詳しいから、少し借りていってもいいかな?」
 おじさんの影響なのか、マサトは古代遺跡や古代文明などに明るい。そう言えば、前に大学でオーパーツの事とか、こいつに熱心に説明された事があったことを思い出した。
「どうぞ。そういえば、インド人のじいさんが人数を数えていたな。僕がちょうど十万人目だよみたいなリアクションだった。まあ、本当にそうなのかは分からないけど」
「十万人目……ねえ」
 何か引っかかることがあるかのように、マサトはこの時目を細めて窓の外を見ていた。
 しばらくすると、カレーのいい香りが漂ってくる。
「よーし、美味しいカレーができたぞう! お皿を持って一列に並べい!」
 自前の可愛いひよこの絵のついたエプロンをかけ、僕たちのいる部屋に鍋を運んで来た。
 樹理は科学の実験をしているような目で丁寧にご飯とカレーをよそると、うきうきとスプーンを配る。食卓からは、食欲をそそるスパイシーな香りが鼻の奥をくすぐった。
 手作りのカレーなんて、だいぶ前に実家に帰った時に食べたきりだ。マジでありがとう、樹理料理長。
 さっそく、たっぷりスプーンにすくって口に放り込んでみた。
「こ、これは……」
 僕たちは唸った。文字通り唸った。やがて頭の中に蒸気機関車(幻)が走り出す。
「かっれえええええええ!! インド人か? おまえの母ちゃんはインド人なのか!」
 あまりの辛さに大の男が二人とも畳の上で悶絶する。樹理はというと、平気な顔でぱくぱくと食べていた。
「……あんた達、男のくせにだらしないわね。うちのカレーの辛さはまだまだこんなモンじゃないわよ」
 不敵にニヤリと笑う。
「ぐあああああ! 痛い! これは男とか関係ないれす! 辛い通り越して痛いれす!」
 マサトはムンクの叫びの絵のように頬を手で挟むと、台所にダッシュして蛇口から直接水をがぶ飲みしていた。
「れも、うまいよ、コレ。……あひがと」
 辛いけれど本当に美味しかった。手作り料理と、友達の温かさが僕の心に染みていく。まあ、明日は絶対にお腹を壊すだろうけど。
 そして楽しい時間はあっという間に過ぎて、笑顔で手を振りながら深夜に二人は帰っていった。

 次の日マサトは府中にあるおじさんの家にいた。広い庭の着いた一戸建てで、庭には桃の木が植えてある。
 本だらけの書斎で待っていると、彼のおじさんにあたる大沢博之が分厚い本を片手に書斎に入ってきた。ふさふさの白髪を持ち柔和な顔をした人物で、黒いハットとかが良く似合いそうだ。彼は大学から特別講演として呼ばれる程、考古学関係の分野に詳しかった。
「おじさん久し振りです! 最近ご無沙汰していてすいません。これ、母から持たされました」
 椅子から立ち上がり、土産のメロンを博之に渡した。
「ありがとう。しかしマサトくん、しばらく見ないうちに大きくなったなあ。今は大学生だっけ? お母さんも元気かね?」
 マサトの母親は博之の妹にあたる。彼は目を細めて受け取ると、机に積み上げられた本を強引にどかしてメロンを置く。マサトは小さい頃、博之の家に母とよく遊びに来ていた。