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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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「うん。翔太さあ、何で悪の総帥みたいな話し方になっているのかは分からないけど、それってあたしが休みの時に使えば良かったんじゃん?」
「なんでだよ。樹理はあのセレブお嬢様とくればいいだろが。仲いいんだし」
 僕はビールをぐいっと一気に飲み干すと、指を一本立ててニコッと「もう一杯下さい」アピールをした。実は、酒にとことん弱いのを彼女には知られたくなかった。
「自分でや、れ、ば? ああ、なんて今日は忙しいんでしょう!」
 可愛い口をとがらせ、聞こえないフリをして他のお客さんの所に行ってしまった。
「おい、セレブお嬢様って誰だよ。まさか……。綾小路ローラさんか? ミスキャンパスの? ひょっとしておまえ、知り合いなのかよ」
 マサトのテンションは、酔いも手伝って最高潮だ。つんつんヘアーもいつもより元気良く起立しているように見える。
「樹理の幼馴染なんだってよ。あたしにゃ関係ない話だよ」
「何で今度はおばあちゃんになってんだよ。俺、彼女の大ファンだし、今度紹介するように樹理ちゃんに言っといて!」
「はいはい。言っとく、言っとく。あ、店員さん、ついでにこのうるさい子の分もおかわりー!」
 このあと僕たちは、久しぶりのビールでしこたま酔っ払ってしまった。たった二杯ずつしか飲んでいないのにだ。
 恵比寿駅でマサトと別れ、ひとり経堂駅に着くと一件のメールが入った。
【やっとバイト終わったよー! あたしもちょっと悩んだけど、地獄のシフト入れて割引券ゲット! 今度マサト君も誘って三人で行こうね。――あなたの樹理より☆】
「うーん、あいつ実はいいヤツだったんだな。こいつはあなどれねえ」
 ぶつぶつと独り言を言いながら階段を上がり、アパートの鍵を開ける。
 部屋の中は男の一人暮らしの典型で、キッチンには昨日の夕食の皿が突っ込んだままだ。六畳二間の和室とキッチン、トイレというちょっと広めの部屋には、バイク雑誌や週刊誌が乱雑に散らばっている。
「あたた、あたまいてえ。お酒はどうも体に合わないな。でも、インドで飲んだアムルットはクセがあったけど美味しかったなあ」
 このとき突然、去年行ったバックパック旅行の映像が頭の中に流れてきた。ふらふらしながらトイレを済ませ顔を洗うと、旅で使った相棒を久しぶりに押し入れから引っ張り出してみる。
「あれ、何か奥にあるぞ?」
 バックパックの底の方に小さな皮袋があり、それは文字通りぺしゃんこにつぶれていた。蛍光灯の明かりの下でよく見ると、小さな皮袋には何か『古代の紋章』の様なものが書かれている。首を傾げながら口の紐を解き、逆さにしてテーブルの上で振ってみた。
 だが……何も出て来ない。袋を大きく開けて覗いてみると袋の隅に何かがある。爪で外からこする様に押し出してみると、一粒の種がころりと出てきた。
 それはひまわりの種の半分ぐらいの大きさで、丸く、色は黒っぽい。当然匂いも嗅いでみたが特にへんな匂いはしない。
「そっか。そう言えば、インドでヘンなじいさんに貰ったんだっけ。……まあいいや、寝よ」
 テーブルの上にそのまま置きっぱなしにして、万年床に僕はそのままごろんと横になった。
《大草原に大きな木が一本立っていた。僕の足元は緑の草で覆われ、季節は夏なのか草いきれの匂いが強く鼻に突き刺さる。額に手をかざして空を見上げると、コバルトブルーの空がどこまでも広がっていて軽いめまいさえ感じた。ふいに誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返ると……大きな木の下に二人の裸の男女がいた。その二人はまばゆい程の神々しい光を放ち、僕を手招きしている。吸い寄せられるように近くに行くと、裸の女性が小さな『赤い木の実』を、微笑みながら僕に渡した。隣に立つ男が〈埋めてくれ〉という仕草をした後、二人は仲良く後ろを向いてすーっと消えていく。だが――消えていく刹那、ふと見てしまった。そう、僕は確かに見たのだ! 彼らの尻からにょきっと生える『悪魔のような黒い尻尾』を》
「なんか生えてますけどもおおおお!」
 自分の叫び声ではっと瞼を開けると、そこはいつもの部屋だった。明るい日差しが窓から差し込み、すずめが元気よく窓の外で鳴いている。
 うーん、今の夢は何だったんだろう。夢の中に出てきた裸の男女の顔には全く覚えがない。しばらくそのままぼーっとしていると、携帯電話がけたたましく鳴り出した。まだ頭がガンガンと痛むのでそうっと耳に当てる。
「コラ、翔太! おまえ今何時だと思ってるんだ! あと十五分以内に来ないとクビね。もうね、超クビ」
 電話はバイト先のコンビニの店長からだった。普段は話の分かるいい人なのだが、遅刻にだけはめっぽう厳しい。しかも今どき流行らない体罰(軽め)をしてくるのだ。
「すいません! 今出るところです!」
 もちろん嘘だが、電話を切るとダッシュで着替えて自転車にまたがった。。夏のむああんとした空気が僕を待っていたかのように全身を包み込む。ペダルをこぐ膝の裏に汗が滲むのが分かる。でも今だけは、何か身体のアルコールが抜けていくようで逆に凄く気持ちが良かった。
 だが――この夢を見た日を境に、僕の周りの何かが少しずつ変化していった。


 謎の紋章

「翔太、落ち着いて聞いて。お父さんが急に倒れたの」
 その日の夜、母から電話があった。母の声は落ち着いていたが、少しだけ震えていたのを覚えている。急いで実家がある千葉に向かったが、時すでに遅く、父はもう帰らぬ人になっていた。寿司屋を営んでいた父は、従業員の帰った後で掃除中に倒れたらしい。夜遅くになっても帰らない父を心配した母が、店に着いた時にはもう手後れだった。……死因は突然の脳梗塞だ。
「お前は将来どうしたいんだ?」
 僕が「大学に行きたい。そして、教師になりたい」と答えた時、ツケ場からデカい背中を向けたまま「頑張れよ」と父は低い声で一言だけ言った。白い鉢巻の結び目が、父の眼の代わりに僕を励ましてくれているように見えた。それが本当に昨日の事のように思いだせる。
 今思うと、本当は一人息子の僕に店を継いで欲しかったのだろう。実家は地元の古い寿司屋だったが、不況の影響と大手チェーンの進出により徐々に店の経営は悪化していったようだ。後で分かった事だが、母に心配かけないように内緒でかなりの借金があり、経営は火の車だったらしい。そんな店の状況から「継いでくれ」とついに言い出せなかった父の心境を想うと胸が苦しくなった。
 父の死後、土地を売り店も売却したが、その借金を全部埋めるにはとても足りなかったようだ。
「大学を辞めるから、一緒に暮らしながら借金を返そう」と母に提案したけれど、母は断固として承知しなかった。
「あんたはね、お父さんの自慢の息子だったのよ。無口な人だから何にも言わなかったけど、あんたを『あいつはいつか教師になるんだ。俺は息子を誇りに思う』って」
 この言葉を聞いた時――僕は唇を噛みながら堰を切ったようにしばらく泣いた。どうすれば、あの不器用だった父に恩返しができるんだろう。しばらく考えた末、まずは(どんなことをしても資格をとって大学を卒業しよう)と、このとき心に固く誓った。
 そう……どんなことをしてもだ。