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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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「いらっしゃいませ」
 新しく入って来た客をアンドレアが高い声で出迎える。彼女はこの店一番の売れっ子だ。その黒いドレスにはスパンコールが星屑のようにきらきらときらめいていた。
「やあ、俺たちボゴタは初めてなんだ。俺はミカエル、そしてこいつはジャック。今夜は楽しませてくれよ」 
 店に入ってきた時から既に、この白人二人は顔を真っ赤にしてできあがっていた。アンドレアは素早く奥のカウンターに座っていたマヌエラに意味ありげな視線を飛ばす。
「あら、そうなの? ちょうどよかった。もうすぐポールダンスが始まるわ。ぜひ観てってちょうだいね。マヌエラ、このハンサムさんたちを席に案内してあげて」
 色っぽい視線と肉感的な唇を持ったマヌエラが、ミカエルとジャックの手を引きながら少し奥に引っ込んだボックスに案内する。
「ビール? それともラム?」
「そうだな、この店で一番高いラムにしてくれ。金は持ってるんだ」
 葉巻を咥えたミカエルの視線が、マヌエラの大きな尻にずっと注がれている。それを意識しているのか、少し腰を振りながら悪戯っぽいウインクを残して彼女は注文の酒を取りに行く。
 少しすると、店内の音楽が変わりポールダンスが始まった。若々しい雌鹿たちが木と戯れるようにそれぞれのポールに絡みつく。それに伴い、煙草と男たちのすえた体臭が混ざった店内の温度も上昇していく。
 それは――深夜の二時を回った時だった。
「そろそろ準備してくるわね」
 アンドレアはマヌエラの耳元でこっそりと呟いた。赤いグロスを塗った唇が「esta bien(分かったわ)」という形に開く。その鼻の奥には、用心深く丸めた綿が二つひっそりと詰め込まれていた。
 ボックス席の白人二人はもう半分居眠りをして、彼女たちの怪しい会話にも全く反応していないようだ。マスターに眼で合図しながら化粧室から帰って来たアンドレアの手には、紙に巻かれた白い粉がこっそりと握りこまれていた。
 数時間後……誰もいない明け方の公園のベンチでミカエルは目を覚ました。
「ここはどこだ?」
 頭が激しく痛むようだったが、すぐに様子がおかしいことに気付いたのかふらふらと立ち上がる。そして足元にジャックが転がっている事に気づくと、その身体を激しく揺さぶった。だが、その身体は既に硬直し冷たくなっていた。
「おい、うそだろ? 目を覚ませよ。……うう、頭が割れそうだ。くそ、なんてこった! 何も、何も思い出せない」
 ポケットを探ると、少し首を傾げながら彼は公衆電話を探した。
「ご友人はお気の毒でした。アメリカ大使館には既に連絡してあります」
 ボゴダ警察署の署長は、丁寧にミカエルを会議室のような部屋に案内した。
「一体何があったのですか? ジャックは酒ぐらいでくたばるヤツではありません。何か事件に巻き込まれたのでは?」
「落ち着いて聞いて下さい。さきほど検死結果が届きました。死因は……薬のオーバードーズです。昨晩彼は何かドラッグをやってましたか?」
 太った署長はぎょろりとミカエルを睨むポーズを見せた。
「マリファナをたまにやっていたぐらいでしょう。僕だって若いころ少しぐらいはやりましたよ」
「でしょうな。マリファナなんて珍しい事ではない」
 それを聞いて署長も頷く。そして少し考え込んでから重い口を開いた。
「これは『DEVIL‘S BREATH(悪魔の吐息)』にやられましたね」
「え、何ですかそれは?」
 初めて聞くような顔をしてミカエルは身を乗り出す。
「このコロンビアで生息している野生のボラチェロ(酔ったように騒ぐ木)に咲く、白く美しい花の種から取れる『世界最悪』と言われているドラッグです。これはいわゆるデートレイプ薬の約百万倍の強さと言われています」
「デートレイプ薬だって? 僕たちは男ですよ」
「ああ、もう少し説明が必要ですね。この別名『ブルンダンガ』と呼ばれているドラッグは、人を自由に操作できるんです。盛られた人間は、意識もはっきりしたまま簡単に操られてしまう。倒れもしないし普通に歩けるので、周りからみても正常にしか見えないんです。そして、たちの悪い事に〈いつ、どこで、誰に〉投与されたのかが全く思い出せないという代物です」
 署長の口ぶりからは、はっきりと「このような犯罪が決して初めてではない」というニュアンスが伝わってくる。
「思い出せないって、そんなバカな」
 口をぽかーんと開いたまま、ミカエルはどすんと椅子に背中を投げ出した。
「なぜこのドラッグが世界最悪と言われてるか何となく分かりましたか? ちなみに、ほんの一グラムもあれば成人男性でも十五人は軽く死んでしまうでしょう。ご友人は体格が良かったので、きっと何度も投与されたに違いありません。その結果……」
「何てことだ! 絶対に許せない!」
 激昂したミカエルは、大きな拳を握りしめてぶるぶると震えている。
「本当にお気の毒です。更にこんなことを言うのは辛いのですが」
「どうぞ、おっしゃって下さい」
 署長は申し訳ない顔をしながら部下に内線をかけ一言話すと、ゆっくりと足を組みかえた。
「現金が抜かれていたのは当然として、キャッシュカードが無事だったのが妙だと思いませんか? 賭けてもいい、たぶんあなたとご友人の口座は、もうからっぽになっていることでしょう。部下がATMに備え付けたビデオテープを持って来ますので、一緒に見て下さい」 
 ちょうどノックの音と共に、婦人警官が一本のビデオテープを持って入って来た。それを古びたビデオデッキに入れる。
 画面には、深夜のATMに仲良く並んでいるミカエルとジャックの姿があった。しかもその顔は凄く楽しそうだ。カードで現金を下ろすたびに、奇声を上げお互いを指で指しながら大笑いしている。はた目には友人同士がじゃれてるようにしか見えない。
「そんなバカな。こんなことした覚えは全くありません」
 画面を食い入るように凝視しながらも、その身体は激しく震えていた。
「……残念です。犯人がビデオに映っていないという事は、プロの犯行ですね。念のため後で口座を確認してみて下さい。これを見れば分かると思いますが、このブルンダンガというドラッグを投与された者は、どんな命令にも従ってしまうのです。女性に対してはレイプ目的で、男性にはこのように預金を根こそぎ引き出すように命令します。貴重品やテレビ、骨董品などが運び出された自宅で、放心状態にのまま通報した被害者は今まで数えきれない程いましたが、誰も犯人を覚えていない。驚くことに、大半は被害者自身が率先して運び出した形跡があるんです。さらに犯人は地元の暴力組織とも繋がっているので、摘発は困難を極めているのが現状なのです」
「君らは、そんなのを野放しにしてていいのか! 金なんかくれてやる。だが、ジャックだけは生き返らせてくれ!」
 署長に掴みかかるように立ち上がったミカエルだったが、すぐにふらふらと床にへたりこんだ。
「お気の毒ですが、このまま病院に行かれた方がいいでしょう。何故なら数日、いや数か月は健忘症などの症状が続くことがよくあります。――最後に、実はこのドラッグは古代からある物なんです」
「古代ですって?」