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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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「ほうほう。そうきましたか、桜子さん。あたしなら、この△のやつをイヤリングにしたいわねえ」
 二人は顔を紅潮させながら、煌びやかな宝石文字の批評を始めていた。
「……おい、一体あいつら何を。ったく、この状況が分かってるのか? 大体、宝を発見したら仲間割れが起こるってのが相場だろ。もっとも、俺らとあの白人どもは仲間でも何でもないから、更に悪い事態になる予感がするぞ」
 あきれた顔をしながら三ツ井がため息をつく。少し離れた所では、はしゃぐ女性たちの高いテンションをよそに、僕とマサトはこの宝石文字に隠された別の意味を考えていた。
「宝石加工も自由自在のこんな高い文明を持った古代人がもしいたとしたら、何故滅びちゃったのかな。いや、ひょっとしたら滅びてはいないのか? ところでマサト、さっきから何か不気味な気配を感じない? 今この瞬間も誰かに監視されているような」
 彼の背負うリュックをぽんぽんと叩きながら、同じく何か考え込んでいるような汗だくのその顔を覗き込む。
「ああ。ねっとりと絡みつくような変な感じだろ? それとな、今気づいたけど正面のあの石の門が見えるか? そこに描かれている絵ってさ、大きな二つの眼がこっちを睨んでるみたいだよな。実はさ、あれはまるで俺の夢に出てきた……」
「うっわ! あれって、あたしの夢に出てきた怪物そっくりじゃん」
 いきなり会話に割り込んできた樹理のその言葉を聞いた瞬間、マサトの目がこれ以上は大きくならないくらいに丸く見開かれた。  
「え、樹理もあれを夢で見たことあるのか?」
「ほぼ毎晩ね。翔太とマサトも出演してたわよ」
 蒸し暑い空気に包まれているというのに、僕の腕に鳥肌が広がって行く。きっとマサトも同じだっただろう。
 そう、宝石のアーチをくぐった所にある固く閉ざされた石の扉には、黒い染料に浮かぶ真っ赤な目玉がこちらを挑発するように睨んでいた。
「同じく。禁断の実を口にしてから、僕の夢にも出てくる怪物だよ」
「そうなると変だなあ。俺は禁断の実を口にしてないぞ」
 もしかしたら――口にしてなくても、この実に関わった人間だけが見る夢なのか。
「よし、じゃあ出発だ! 遺跡に入るぞ」
 ロバートの言葉に我に返った刹那、小さな影が僕の脇をすり抜けアーチの前で止まった。
「おい、どういうつもりだ。そこをどけ!」
 先頭に立つロバートの前に立ちふさがったのは、なんとルシャナだった。
「ふう、ふう」
 腰に縄をつけたまま細い腕をいっぱいに広げ、顔を真っ赤にして通せんぼをしている。その眼は怒りに燃え、その姿からは(今なら雨さえも弾き返すのではないか〉と思われる程の気迫が感じられた。
「そこをどけ。どかないと今度は腹を撃つぞ」
 レスターが銃を無慈悲にルシャナに向ける。どうやら本気のようだ。一気に周りに緊迫感が走る。
「ちょ、ちょっと待って!」
 自分でも気が付かないうちに僕は大声を出していた。じとっとした緊張感が破れ、レスターがびっくりしたように振り向く。
「僕が話してみます。少し時間を下さい」
 有無を言わせず、すたすたとルシャナの傍に歩いていく。気のせいか、僕が近づく姿を見た瞬間、彼女の眼の怒りが少し弱まったかのように感じた。そのまま目線を同じ高さに合わせると、また身振り手振りのジェスチャーでコミュニケーションをとり始める。
 数分後、何となく彼女の言いたいことが分かってきた。片手で首をはねる仕草から、どうやら目の前にある遺跡には『死の危険』が待ち構えているようだ。更に、お馴染みの「引き返せ!」というモーションもしっかりと混ざっていた。
「あの、ロバートさん。ルシャナは『この先は命を落とす危険がある。すぐに、ここから立ち去れ』と言っているようです。あなたにもあの絵が見えるでしょう? どこからどう見ても、この先には良い事が待っているとは思えません。彼女の言うとおりにして、すぐにここから引き返しましょう」
 努めて平静な声で訴えた。
「誰もおまえの意見など聞いていない。という事は、やはりそいつは遺跡の中の事を何か知ってたって事だ。しかし辿り着いた今、もう必要は無いかもしれない。――おまえたちにこれが何か分かるか?」
 ロバートの手に、年期の入った古い地図のような物が現れた。それは羊皮紙に描かれているように見える。
「まさか、これがカンダの古本屋に眠っているとは考えもしなかったよ。もっとも、手に入れるのには少し強引な事をしたがね。これは長年我々が探していた遺跡の、いや宝の地図なんだ」
 神田の古本屋という言葉を聞いて、マサトの眉間に一瞬皺が走るのを僕は見逃さなかった。
「どちらにせよその少女は仲間を呼ぶ危険があるからここには置いていけない。よく考えろ。今ここで殺すか、連れて行くかだ。もしこれ以上時間を無駄にするようならレスターの自由にさせるぞ。射撃の下手な彼でも、この距離なら今度は外さないだろう」
「分かりました。彼女は責任を持って僕らが連れて行きます」
「ならいい。さて、もう一つ問題がある。どうやら君たちは脱走を計っていたようだが……全ては私に筒抜けだったぞ。なあ、テツオ」
 そのまま視線を哲男さんに移すと、今まで見たことの無いような嫌らしい顔をしてニヤリと口を歪めるのが見えた。
「哲男? おまえまさか」
 三ツ井は口を開けたまま固まっている。もちろん桜子もだ。樹理も信じられないというような目で口に手を当てて佇んでいる。
「えらいすんまへんな。実は『禁断の実』を売りさばくもっと前から、この人たちの仲間だったんや。ロバートはん、あの料亭でわいが意識を失う芝居は、なかなかのもんだったやろ?」
 くすくすと口を押えながら笑う。
「あんた、こいつらのスパイだったの? 信じられない!」
 桜子は得意の前蹴りを繰り出した。それをひょいひょいと軽くかわしながら、哲男はルシャナの腰縄を乱暴に引っ張る。そのまま地面に倒された少女は軽い悲鳴を上げた。
「哲男さん、ひどいじゃないですか! あんたがスパイでも何でも構わないけれど、こんな小さな女の子に乱暴な事をするなんて最低だ!」 
 僕は怒りのあまり大声で叫ぶと、ルシャナに手を貸し起き上がらせる。幸い膝を擦りむいた程度だったが、その怯えた顔に僕は憐みを感じると共に、何故かは分からないが兄のような不思議な感覚を覚えた。
「そら悪かったな。でも、翔太くんええか? もしあんさんたちがまた逃げようとか考えたら、この女の命も無いと思うんやで」
 腰縄の端をレスターに渡しながら、僕を冷たい眼で睨んだ。
「分かったよ。その代り、このくそったれな宝探しが終わったらその子は自由にしてやれよ!」
 怒りで拳をきつく握りしめ、地面に置いたリュックを蹴飛ばす。
 哲男は答える代わりに地面にぺっと唾を吐くと、予め決められていたようにロバートから拳銃を受け取った。
「ほな、いきまひょかあああ!」 
 場の雰囲気にそぐわない明るい声が、後ろの森に吸い込まれて行く。

『コロンビア 路地裏のBAR』 同日

 ミラーボールが毒々しい光を反射する店内はごったがえしていた。よく日に焼けた地元の男たちの脇には、原色のドレスを纏った肉感的なボディを持つ女たちが長い脚を組んで座っている。