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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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「分かってるわ。じゃあみんな乗って下さーい」
 ドムンッ!
 おいおい……ドアが閉まる音さえ実家の車とは全く違うじゃないか。
 革張りの電動シートに座ってシートベルトを締めた瞬間、心配そうな顔をしたガブリエルの顔が歪み、一瞬で流れて去って行く。後で調べたら、この車はゼロ発進から時速百キロメートルに達する秒数は〈わずか四秒〉のモンスターマシンだということが分かった。
 助手席の僕は、横を向いたままの恰好で頭をシートに押し付けられていた。ちょうど、ほっぺたがシートに張り付いている感じだ。樹理はイブの木を持ったままひきつった顔で前をまっすぐ見つめている。
「とーばすナーリよー!」
 そうか――分かったぞ。彼女はあれだ、いわゆるスピード狂だったんだな。ガブリエルのあの表情を思い出しながら僕は足をしっかりと踏ん張った。
 車は駅前のスクランブル交差点を、タイヤを鳴らしながら曲がっていく。
 ローラが〈気持ちよさそうに〉運転する車であっという間にここ高田馬場に着いたのはいいが、結局小一時間ほどで僕たちは途方にくれてしまった。なぜなら、足を引きずるようにして帰宅するサラリーマンにマサトの映っている携帯画面を見せても、まともな反応などありはしないからだ。ほとんどの人は冷たく一瞥したあと、首を振り足早に歩き去っていく。
 一度車に戻り相談した結果……僕たちは、探偵事務所を探すことにした。
「あなたたち一緒に行ってらっしゃいよ。車に誰かいたほうが安心でしょ?」
 気を利かせたつもりだろうか、樹理はローラと僕を一緒に行かせたがった。ひょっとしたら具合が悪いのを隠して、無理をしてここまでついて来たのかもしれない。少し青ざめた顔色を見て僕はかなり後悔した。
「分かった、ごめんな。樹理はゆっくり休んでてくれ」
 後ろ髪をひかれる思いで車から降りると、僕とローラは微妙な距離を保ちつつ商店街を歩いた。知らない人が見れば、もしかしたらカップルに見えたかもしれない。だが、彼女は背が高く、美人で注目を引くため、隣を歩く僕は少し気恥ずかしさを覚えた。なんせ道を歩く男がほとんど振り返るほどなのだ。
【黒木探偵事務所】
 しばらく歩くと、一階が喫茶店になっている建物の二階に、ひっそりとこの看板が出ているのを見つけた。雨上がりのアスファルトが独特の匂いを発している商店街の真ん中で、僕らは顔を見合わせた後、同時に看板を見上げる。ローラの目線は、ヒールを履かなくても僕と同じくらいだった。
「翔太くん。なんかものすっごく怪しい雰囲気だけど、そこ入ってみる?」
「うーん。まだ探せばあるんだろうけど、せっかく見つけたからなあ。それに地元の探偵事務所の方がいいかもしれないよね」
 彼女を後ろに引き連れたまま、ペンキの剥げた階段を上っていく。振動に驚いた三毛猫が僕たちを一瞬見つめると、一目散に足元をすり抜け階下に逃げて行った。
 階段を上ると正面に古ぼけたドアがあった。脇には観葉植物が置かれているが、その葉っぱは茶色く変色して、世話があまりされていない事が見て取れる。
「こんばんは」
 勇気を出してドアを開けてふと振り返ると、ローラが物珍しそうに僕の肩越しに部屋を覗き込んでいた。
「おっせーぞ! バカ野郎。いったい何時間待たせるんだ!」
 突然のドスの効いた怒声が僕たちを襲った。部屋の中央に書類が山積みにされた机があり、そこに足を乗せてふんぞり返っている男が発した言葉だと気付いたのは三秒ほど経ってからだった。
「ん? いつものヤツじゃねえな。ひょっとして……お客さん?」
「はい。探して欲しい人がいるんですが」
 その男はしまった! という顔で足を素早く降ろすと、すっくと立ち上がり営業用と思われる笑顔を浮かべた。身体はいかつく、縞々のスーツの胸のあたりを見ても厚い胸板を持っていると分かる。目の横には古い刀傷が縦に走っており、本人は柔らかい笑顔を浮かべたつもりだろうが、まあ、第一印象はひとことで言うとすっごくヤクザっぽい。
「ちょっと、あなた! お客さんに対して失礼よ。翔太くん、こんなキンピラに頼むことないわよ!」
 ローラの横顔を覗き込むと、運転していた時のように、少し……目がイッているように見えた。
「うん、でも一回落ち着こうか。あと、キンピラじゃなくてチンピラね。そこ大事」
 彼女をかばう様に僕は一歩前に出ると、自分より一回り背の高い男と向かい合った。
「お嬢さん、本当に申し訳ない。出前の野郎が全く来なくてね。腹が空きすぎていらいらしてたんだ。本当にすまなかった」
 その男は『黒木庄蔵』と書かれた名刺を僕に渡すと、にかっと白い歯を見せる。僕はその笑顔を見た瞬間に(この人は信用しても大丈夫じゃないかな)と何故だか分からないが感じた。
 食堂にあるような丸い椅子を勧められ腰を下ろす。ローラはまだ憮然とした顔をして座っていたが、僕は今までのいきさつを少しずつ黒木と名乗る男に話し出した。
「なるほどねえ。そのマサトって友達が行方不明になったのは『イブの実』に関わったせいだと君は考えてるんだね? 分かった、今夜からでもその写真を元に当たってみよう。ところで、そのイブの実ってヤツはそんなに凄いのかい? おじさんも色んな薬物をやってきた人を知っているけど、もしその話が本当なら……それで金儲けができるな」
 少し白髪の混じった短髪を撫でると、まるで泥水の様な味がするコーヒーを喉の奥に流し込んだ。それは、僕たちが一口で飲むのを止めたヤツと同じものだ。
「売ったらダメですよ。これは本当に危険な植物なので、日本に持ち帰って来た僕の手で根絶させます」
 ローラも隣で頷いているが、気のせいかさっきから時々僕の横顔をじっと見ているように思えた。
「もったいないなあ。――じゃあ、とりあえず依頼は受けさせてもらうよ。そうそう、言いにくいんだけど、ウチは前金で半分いただくことになっているんだ。一週間はみといてもらって、一日八万としてえーと」
 何やら難しい顔をして計算機のキーを叩いている。
「えー、前金として二十五万円てとこか。さっきは失礼したから三万は負けとくよ」
「ええ!?」
 僕は思わず声をあげた。
「そんなに高いんですか? 何とかもうちょっと安くなりません?」
 突然、ローラが綺麗なマニキュアを塗った指にカードを挟んで男に差し出した。その正体は、銀色のクレジットカードだった。後で黒木に聞いたら、このカード自体が希少なレアメタルで作られていて、数十億円以上の資産を持つ者しか持てないカードらしい。だが、僕にはその価値はこの時にはさっぱり分からなかった。
「これで払うわ」
 受け取った黒木は、まるで宝石を見るような目つきで手元のカードを見ている。
「ちょ、ダメだって。マサトは僕の友達なんだから。あの、それ返して下さい。すいません、分割払いとかできますか?」
 取り返すために席を立ちあがった。
「分割は困るなあ。お兄さんは気づいてないかもしれないけど、このカードはたぶん俺たち庶民には一生持てないカードだよ。お兄さんの恋人に免じて、後でまとめて払ってくれればいい。しかし、驚いたなあ。噂では聞いていたが、これ初めて見たよ」