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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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 突然、違和感を感じて叫んだ。なぜなら、イブの実をもぎ取った瞬間、彼女は自然な仕草で自分の口に入れようとしたからだ。
「つい……身体が勝手に。ほんっとに危ないわね、この実は」
「ついじゃないよ全く。心臓が止まるかと思った」
 そして、僕の口の中にイブの実が放り込まれた。
 そーっと噛んでみる。歯を当てると、熟した懐かしい甘い果汁が口の中に広がる。
 しかし……。
「甘いだけだ。何にも起こらない」
 五分たっても体調に変化は無い。
「やっぱりな。この植物は個人を識別しているんだ。親が我が子を識別するように。ひょっとして、この実が与える幸福感っていうのは、育てた人の『こうなったらいいな』的な願望をその人だけに与えてくれているのかもしれない」
「じゃあ、あたしの幸福感と、翔太の幸福感は違うってこと?」
「たぶんね。僕はもう思い出せないけれど。でも最近毎日同じような夢をみるようになった。もしかしたら、これはこの実の後遺症なのかもしれないな」
「夢かあ。ねえ、それにあたし出てくる?」
「ポジション的にはセンターかな」
「よっしゃあ!」
 何故かガッツポーズをしている。まあ、少し元気になったようで安心だ。
「樹理。この実の事は、もう誰にも言わないで秘密にしておこう。かなり危険だということが今回の事で分かったからさ。そうだ、バイト先の先輩も心配してたから後で電話してやれよ」
「うん」
「でも良かった。鍵が閉まってたら危なかったよ。ところで、イブの木はここにあるだけだよな?」
「えーと。あ!」
「え?」
「たいへん! あたしローラに分けちゃった。どうしよう」
 顎を人差し指と親指でつまみながら、おろおろと携帯電話を探す。
「ローラって、あのローラか。それはヤバいな。すぐ連絡して回収しなきゃ」
 やっと携帯を見つけると、樹理は震える細い指先で電話をかける。
「ああ良かった! ローラ、こないだ持って行ったあの植物ね、今どうなってる? うん、それそれ。実がなってる? そう……。じゃああたしと翔太が今から行くから、家にいてね。うん、翔太。あの翔太ね。『マジかよ!』じゃないわよ。あんたお嬢様なんでしょ? いいから、それにもう触っちゃダメよ。あああああ、分かったわよ! そりゃパニクるわよね。――はい? 今から美容院なんて行かなくても大丈夫だっての! じゃあ、少ししたら行くから」
 電話を切ると、少しあきれた顔をしながら樹理は肩を竦めた。
「どうしたの? 家に居るって?」
「うん。翔太と行くって言ったら、『今から美容院に行かないと!』だって。全くどうなることやら。あ、あたしすぐ着替えるからちょっと後ろ向いててね」
 美容院の意味がよく分からなかったが、素直に後ろを向いて樹理の着替えるのを待った。
「絶対振り向いちゃダメよ。いま振り向いたら、ぶん殴るからね」
「前振りか? 前振りなのか?」
 もちろんくるっと振り向く。
「いってえええ!」
「言ったじゃん。バカね」
「蹴ることないだろ」
 視界に飛び込んできたのは、彼女の白い足の裏だった。まったく、命の恩人にこいつはなんてことするんだ。
 支度が終わると、軽く痛むほっぺたをさすりながら一緒に家を出た。歩いているとみるみる空には雷雲が立ち込め、やがて大粒の雨が降り出した。むわっとしたアスファルトの、埃臭いような独特の匂いが僕らを包んでいく。
「カサ、一本しかないのよ」
「どうぞ。男は黙って濡れネズミ」
「バカな事言ってないで一緒に入りましょ。もしかしたらカップルに見えるかもよ」
 くすくすと一緒になって笑いながら、遠くで雨に煙る駅を目指して走り出した。


「ついにこの場所から、伝説が始まるのか」
 その頃、三ツ井と桜子は茨城県下妻市のイチゴ農家にいた。
 車にもたれ掛かった三ツ井は、確保したビニールハウスを感慨深げに見つめたあと煙草に火を点けた。周りには豊かな自然が広がり、ちょろちょろと小川のせせらぎも聞こえて来る。同じ方向を見つめる二人の足元には、夏の仕事を終えたセミの亡骸が腹を見せて転がっていた。
「この一画を借り切ったのはいいけれど、準備にほとんどのお金を注ぎこんじゃったわねえ」
 桜子が前髪をかきあげながら不安そうな顔を作る。このイチゴ農家との契約は一年だった。
「大丈夫だって。すぐに元どころか、莫大な利益が出るからさ」
 ビニールハウスの一画を借りて、『禁断の実』を栽培するという計画がスタートしたのがつい三日前のことだ。正確には禁断の実の苗木を増やし、まずは都会の金持ちに売り出す準備をする。ドラッグ類とは違い、普通の『植物』として堂々と売る予定だ。その為の移動販売車も残りの金で用意した。
 これの栽培方法はいたって簡単で、土に埋めて水を与えれば数日で芽が吹きだす。あとは若い苗木を車に積んで都会に持って行き売るだけだ。
 商品名は『RED』に決まった。何よりも大切な簡単栽培マニュアルはもう完成している。気になるキャッチコピーは【愛でれば芽がでる目玉商品】というものだ。これは三ツ井が徹夜で考えたモノだが……聞いた瞬間、桜子は少し顔をしかめた。
 彼の徹夜の苦労をよそに、植えたばかりの種からは続々と芽が出てきていた。これを大量に増やすのには、そう時間はかからないだろう。何しろ、道端に生えている雑草並の繁殖力を持つからだ。
「ねえ、苗木は一本いくらで売るつもりなの?」
 桜子の眼はきらきらと輝き出した。
「そうだな。哲っちゃんに相談したんだが、最初は安く売ろうと思う。完璧な顧客リストを作って、種をきちんと管理しないといけない。これを勝手に増やされるのは困るしな。まあ、金持ちには心当たりがあるから安心しろ。あいつら金持ちの御曹司なんざ、普通のいわゆる『危険ドラッグ』なんてもうとっくに飽きているから、すぐ食いつくよ」
「本当に大丈夫?」
「ああ、まかせとけ。一年後には海外に脱出して、富豪の仲間入りだよ。御先祖様には申し訳ないが、俺はこれで稼がせてもらう。ただ……」
 三列ほどのビニールハウスを見つめながら、眼を細めて口を固く結んだ。
「なによ」
 訝し気な顔をして三ツ井の顔を覗き込む。
「この種を狙っているのは俺たちだけじゃないってこと。存在がバレたらまずい事になるかもしれない。向こうの知り合いから、NASAも興味を示しているという話を聞いたんだ」
「なんでNASAが関係あるのよ」
「君には話してなかったが、この実の成分、仮に『トリップ成分』としよう。実はこれは宇宙から持ち込まれた物質の可能性があるんだ。古代に衝突した隕石からなのか、宇宙人が持ち込んだのかは知らないけどね」
「あら、ロマンティックじゃない。でも私としては儲かりさえすればどうでもいいわ。要は目立たないように売れってことね」
 縁なしの眼鏡を太陽の光に反射させながら、にっこりとほほ笑んだ。
「だな。とりあえず、今からお客さんの所に営業に行こう」
 ぴかぴかの革靴で煙草の吸殻を踏みつぶすと、二人は意気揚々と車に乗り込んだ。
 

 僕らが渋谷駅で電車を降りたのは夜八時ぐらいだった。そこから樹理の案内でローラの邸宅に向かう。