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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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「いいよいいよ。でも、来年のビアガーデンの時期は頼むな。そうそう、樹理ちゃんね。そうか、君も知らないのか。彼女さ、先週突然連絡も無く来なくなっちゃってさあ。すごくまじめに働く子だったからみんなも心配してたんだよ。電話しても出ないし。逆に君に聞きたいぐらいだよ」
 声の様子から、本当に心配しているのが分かる。
「そうですか。今ちょうど樹理の家の前に今いるんですよ。ちょっと調べてみます。お忙しい所ありがとうございました」
「ああ、頼むな。何か分かったらまた連絡くれよ。じゃあ」
 先輩も知らないとなると、さらに心配になってきた。少し気が引けたが、ドアのレバーに手をかけてみる。そのまま降ろして引っ張ると……。
 拍子抜けするほどあっさりと開いた。
 ドアを開けたとたん、すうっとひんやりした空気が頬を撫でる。玄関にはきちんと靴がそろえて置いてあった。ここにも几帳面な彼女の性格が表れている。
 入ったはいいが、ここからでは部屋の中までは見えない。靴を脱ぐと、小さな声で「樹理、勝手に入るからな」と廊下に足を踏み出した。数歩歩くと、まずベッドの下の部分が見えてきた。次にガラスのテーブルの端っこが見え始め、それを透かすようにパジャマの膝から下の部分が見えてくる。この冷え切った部屋で、人間がフローリングの床に直接寝ている感じだ。
 ここで、イヤな予感が僕の頭の中を走り抜けた。テレビドラマに出てくるような殺人現場のシーンが浮かんでくる。一刻でも早く状況を確認したいのに、身体が固まり何故か次の一歩が踏み出せない。
「まさかな」
 最悪の考えを打ち払うように頭を大きく振って深呼吸すると、一思いに部屋に飛び込んだ。
 そこには……。真っ白な顔をして横たわる樹理がいた。
「おい、大丈夫か?」
 僕は彼女の身体を揺さぶった。エアコンの冷風を直接浴びたのか、肌はひんやりと冷たかった。
「う、うううん」
 良かった! 生きている。顔色は悪く頬は少しやつれていたが、呼吸はしているようだ。
「ちょっと待ってろ、すぐに救急車呼ぶから!」
「ん、翔太? だ、大丈夫よ。ごめん、起こすの手伝ってくれる?」
 彼女の冷え切った身体を支えながら、上半身を起こす。首ががくんと少し遅れて持ち上がる。
「何があったか説明してくれ。その前に、何か飲まないと。唇が割れてるぞ」
 台所から水を一杯汲んでくる。そして樹理の手に自分の手を添えながら、ゆっくりと時間をかけて飲ませた。
「実はね、あたし『イブの実』を食べちゃったの。ごめんなさい」
「え?」
 水槽の横には真っ赤に熟したイブの実が二つぶら下がっていた。そしてガラスのテーブルには、イブの種が二つと、睡眠薬の錠剤が撒き散らされている。
「睡眠薬? 一体どうして?」
 こんなに寒い部屋なのに、脇の下に汗が滲むのを感じた。これは僕の責任だ! そして同時に、このいまいましい木の実を窓から放り投げてしまいたい衝動にかられた。
「うう」
 喉仏を上下させながら残りの水を飲み込み唇を手の甲で拭きとると、彼女はふらふらと立ち上がりトイレに向かう。その足元は思ったよりもしっかりしている。
 そのままなかなか戻って来なかったので様子を見に行くと、トイレの中から苦しそうな声が聞こえてきた。
「おーい、大丈夫か?」
「ええ。もう大丈夫」
 水を流す音と共にトイレのドアが開き、顔だけが覗く。目は充血していたが、顔色はだいぶ良くなっていた。イブの実を接種することを途中で止めたのが良かったのだろうか、僕とはダメージが違うようだ。
「ごめん、じゃあ思い出しながら説明するわね。さっき言った通り、このイブの実を興味本位で食べてしまったの。そしたら……。今までの人生で経験したことの無いような幸福感が襲ってきたわ。快感に身をゆだねて、そのまま一日は倒れていたかしら。もう起き上がりたくもないし、このままずっとそうしていたかった。でも効果が薄くなってきたような気がして、またひとつ口に入れちゃったの。すぐに一個目よりも大きな快感が襲ってきた。――でもね、あたしここで気づいたの。躓いた拍子にテーブルに足の指をぶつけて、その痛みで一瞬我に返ったのが良かったのかもしれない」
 記憶の断片を紡ぎ出すように、樹理はゆっくりと説明する。彼女の足の小指はまだ赤く腫れていた。
「うん。それで?」
「あたし、その時はっと『これはおかしい』って気づいたんだ。その瞬間、お母さんから預かっていた睡眠薬がある事をふと思い出したの。そうだ、眠ってしまえばいいんだって。残りの実をもぎ取りに勝手に歩き出す身体を、なんとか押さえて瓶を探したわ」
「僕も効果が切れるとすぐに実を口に入れていたな。何の抵抗もなくね」
「え? 翔太と同じ現象なの?」
「そうだよ。それで僕は入院してしまった。そのまま『実を育てて食べる』のループだったら、きっと僕は死んでいただろう」
 パジャマの胸元を直しながら、樹理はベッドに腰掛ける。そして水槽の横の鉢を二人でしばらくじっと見つめた。
「でね、睡眠薬を無理やり何錠も噛んで飲み込んだの。そして目を覚ますたびに、また噛んで。そのうちに意識が朦朧としてきて……」
「当たり前だよ。そんなに睡眠薬を飲んだら。でも、生きてて良かった」
 さっき流れた汗が乾いて軽い寒気を感じたが、心の中は安心したせいかぽかぽかと暖かくなっていった。
「翔太に助けられたわね。ありがとう」
 こんな彼女の顔は初めて見た。恥ずかしそうで、それでいてとても悲しい目をしていた。
「なあ、ひとつだけ質問があるんだけど」
「なあに?」
「あのさ、この実を育てる時に何か特別な事をした覚えがある?」
「いいえ。普通に育ててたわ。でも……。育ててる途中から凄く愛着が湧いて来て、毎日帰宅すると声を掛けていたわね。そうねえ、ちょうど飼っている動物に声を掛けるような感じで」
「そうか、ありがと」
 やっぱりな。ひょっとしたら、この植物は人間の感情に語りかける『方法』を持っているのかもしれない。
 ふと目を逸らすと、真っ赤に熟したイブの実が再び目に止まる。まるでそれは僕に何かを語りかけているかのように見えた。
「もう、すこし、だったのに」と。
 残念だったな。でも待てよ? ……そうか、これは危険だけどチャンスかも。僕の説が正しいのか、この際確かめてみよう。
「樹理、いいか? 落ち着いて聞いてくれ。今から僕はこの残った実を一つ食べてみる。少しでも恍惚の表情を浮かべたら、口に手を突っ込んででも吐き出させてくれ」
「ええ? どうしてそんな事するのよ? 危ないじゃん」
 ここで僕はゆっくり時間をかけて自分の説を説明した。
「話はだいたい分かったわ。――要するに、自分が愛情を注いだ実だけが、自分だけに作用するってわけね」
「そうだ。これが正しいかどうかは今実験してみないと分からない。これはチャンスだと思う」
「やってみる価値はあるわね。でも、吐き出させる時に暴れちゃうと困るから、手足を縛るわよ」
 なるほど、もっともだ。
 うーんうーんと顔を真っ赤にしながら、彼女は僕の両手両足をタオルで固く縛った。
「よし、じゃあ口に入れてくれ。っておい、ダメだって!」