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かざぐるま
かざぐるま
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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 いま博之の目は、〈頭蓋骨の口の中で発見された種の写真〉に釘付けになっていた。そしておもむろにメガネを外すと、デスクの受話器をとりあげどこかに電話をかけ始めた。
「大沢です。こないだお話した件についてですが……。実は甥っ子が持ってきてくれたこの種がいま手元にあるんですけど、調べた結果何か重大な秘密が隠されているようなんです。変な話で申し訳ないんですが、この種を眺めているだけで私はとても不思議な気持ちになってしまうんです。他の事を考えられなくなるというか……。紋章の件も合わせて、やはり一度教授の目に入れておきたいと」
 電話口を手で覆いながらでささやく。相手は『古代文明の興隆と滅亡』を得意分野とする高槻教授である。この実にかかわっていくにつれ、博之は何故か周囲を異常に警戒するようになっていた。
「なるほど。その種から人間には嗅ぎ取る事のできない〈何か特別な香り〉が出ているのかもしれないな。うーむ、実に興味深い話だ。では早速、明日にでも私の大学の研究室に持ってきてくれないか?」
 高槻教授の声に被さって、学生たちの声が漏れてくる。どうやら教授の部屋に質問に来ている学生たちの声らしい。
「分かりました。では明日伺います。お忙しいところ申し訳ありませんでした」
 電話を切ろうとした刹那、「あっ」という声が受話器の向こうから聞こえてくる。
「すまんね、言い忘れたことがあった。もしそれが『禁断の実』だったらの話なんだが、それを先祖代々狙っている者たちがいるらしい。ま、ただの言い伝えかもしれんがね。ではこれで失礼するよ」
 受話器をそっと置いた後、博之は深いため息をついた。
「禁断の実ねえ。――手に入れたものには、死が待っているってか?」
 両手で顔をごしごし撫でながら机に近付くと、キーボードを叩いた。そのパソコンの画面には【禁断の実=イブの実?】と打ち込まれていた。
 
 数日後――大学のキャンパスにて、〈真夏の灼熱ライブ〉と称したイベントが始まろうとしていた。この日僕は、科学実験サークルの小出真理子に電話で呼び出されて大学まで来ていた。その電話の内容は、もちろんイブの実の分析結果のことだ。
 夏休み中ということもあり、大学には人の姿はまばらだった。目指す化学実験サークルの部室は三階の奥にある。少し汗ばみながら、パソコン端末の並んだ講義室を横目で見ながら進んでいく。
 廊下の突き当たりにその部屋はあった。ドアを開けると、真理子とその先輩であろうかメガネをかけたぽっちゃりした男子学生が僕を待っていた。
「あら、早かったわね。先輩、こちらは翔太くん。イブの実を持ってきた人よ」
 真理子は立ち上がると、僕と肩を並べて笑顔で紹介した。長谷部と名乗るその男子学生はメガネを人差し指でずり上げると、ペコっと軽く頭を下げる。
「君が翔太くんか。さっそくだけど、この実を分析してみたんだ。まず遠心分離機などを使って、成分を抽出してみた。あ、真理子くん、彼と僕に冷たいものを頼む」
 椅子を進められ、フラスコやビーカーの並ぶ実験室を見回す。初代部長の写真が壁に飾ってあるが、大学生にしては皆ちょっと老けて見えた。左手の開け放した窓からは、夏の湿った生暖かい風と共に、バンドの演奏と歓声が容赦なく飛びこんでくる。
「ありがとうございます。それで、分析結果は?」
 冷たい麦茶のグラスをそっとおでこに当てて、これから聞くことに集中する。
「私から話すわ。驚かないでね、翔太」
 もう緊張と暑さで喉が渇き、一気に麦茶を飲み干す。彼女が僕を見る眼は真剣そのものだ。
「この果肉についてだけど、遺伝学的にはアンデスの果物『グラナディージャ』に酷似しているわ。これはトケイソウ科の植物よ。もちろんこの果物には麻薬的な成分は含まれていないわ。そして問題のイブの実。結論としてこの果肉からは、翔太の心配していた麻薬成分は検出されなかった。ただ……」
「ただ?」
「未知の物質、つまり私たちの実験設備じゃ検出できない成分がありそうなの。いい? ひょっとしたらこの成分は、『地球上には存在しない』かもしれないのよ。だったら病院で血液検査しても見つからないというのも頷けるわね」
「ってことは、宇宙からもたらされた未知の物質ってこと?」
 真理子のいつも以上にまっすぐ切りそろえられた前髪を見つつ、肝心な部分をはっきりと質問してみた。今では彼女も額にうっすらと汗をかきはじめている。
「そうね。一概には言えないけれど、可能性はあるわ。そして種の方だけど、現在ね、機能遺伝学的解析と逆遺伝学により、植物の生命科学研究はかなり進歩しているの。でも、植物の特徴をかたち作る二次代謝系の遺伝子の研究は複雑極まりなくて、未だに多くが解明されていないの。そして……」
 うん、ちんぷんかんぷんだ。
「ちょいストップ! もっと噛み砕いて説明してくれよ。いや、して下さい」
「うーん。翔太にも分かりやすい言葉でまとめると、人に遺伝子があるように、植物にも昔から伝わる遺伝子があるのよ。そしてこのイブの実には不可解な遺伝子があるってこと。まるで神様が一滴だけ不思議な成分を入れたように」
「なるほど、それなら分かる。でもさ、たかが植物だろ?」
「ちょっと! 植物だからってバカにしちゃダメよ。じゃあひとつ面白い話をしましょうか。例えば青々とした葉っぱを食べる害虫がいるとするわね? すると、その対象の葉っぱからなんと『SOS』の成分が分泌されるのよ。次に、その成分に引き付けられた害虫の天敵が現れて、葉を食べる害虫を結果的に駆除するということが分かってきたの。他にも、植物との会話は科学的に可能だという学者もいるわ」
 真理子の演説に、長谷部はうんうんと腕を組みながら頷いている。
 知らなかった。……正直、植物をナメていた。
「その話がマジなら、森林伐採の現場の木々は阿鼻叫喚の叫びをあげているんだろうな。害虫=人間って認識なら、いつか自然からの手ひどいしっぺ返しがあるかもな」
「その通りよ。ゆっくりとだけど、いま地球の自然に悪い兆候が現われているわ。ひょっとしたら、もう人類の天敵が地球に向かっているのかもしれないわね」
 冗談ぽく真理子は言ったが、その言葉は僕の背筋を寒くするには十分だった。
「要するに、翔太の身体に変化を起こした『麻薬に似た成分』は、専門の機関でしか検出できないってこと。まあ、そこでも検出されるかどうかは分かんないけどね。申し訳ないけど、私たちにはお手上げだわ」
「そっか。でもありがと。僕はてっきり、この実を食べたから古代文明の人々が全滅したのかとバカな想像しちゃってたよ」
 笑いながら言って順番に二人の顔を見た。だが――なぜか、その顔は全く笑っていなかった。
「ちょっと! 冗談だってば。長谷部さんも真面目な顔しちゃって、もう」
 しばらくして、汗をハンカチで拭いながら彼は重い口を開いた。
「翔太くん。実は、この大学の歴史研究サークルのエースに、君が言った言葉をそのままぶつけてみたんだよ」
 長谷部の顔は少し血の気が引いている。