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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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禁断の実 ~ whisper to a berries ~

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「えええええ? ……ちぇ、来なきゃ良かった」
 聞こえない様にぼそっと呟いた。
「なんか言った?」
「なんでもないです。美味しくいただかせて頂きます」
 会話を聞いていたローラはクリームのついた手を口に当てながら、火照った顔をそのままにくすくすと笑い出した。
 その夜やっと帰宅したマサトは、樹理の話がよっぽどショックだったのか、それとも食べ過ぎたのかは定かではないが、これ以来甘い物が大嫌いになったようだ。


 僕の実験は最終段階に入っていた。毎日のように甘い言葉と、柔らかな音楽を聞かせたイブは推測通り『真っ赤な実』をつけ始めた。反対に、ベランダの隅に放置して水だけをやっていたイブの木の実はずっと青いままだった。
「やっぱり……間違いない。この実は、声を掛けながら大事に育てた時だけトリップ成分を出すんだ」
 ここまで推理した僕は、どうしてももうひとつ実験をしてみたくなった。
「うーん。これを他の人に食べさせたらどうなっちゃうんだろ」
 心の中に『好奇心』という名の悪魔が顔を出した。僕の推理が本当に正しければ……。問題は何も起こらないはずだ。
 次の日バイトが休みだったので、久し振りに大学に行ってみた。熟したイブの実は大事にビニール袋に入れてある。
「あら、翔太くんじゃない。やっと復学したの?」
 おあつらえむきに、科学実験サークルの小出真理子が話しかけてきた。彼女も休学前は同じゼミに属していた。僕の名前をなぜ覚えていたかというと、以前に彼女が主催する〈ペットボトルロケット〉の推力データをとる作業を一度手伝った事があるからだと思う。
「久しぶり。いや、まだ復学はしていないよ。でも丁度よかった。ぜひ実験してみたい案件があるんだけど、興味ある?」
 緑の芝生の片隅に、赤いベンチがぽつんと置いてある。他のベンチは総じて白いのだがそれだけは何故か赤に塗られていた。そしてそれは【正午ちょうどに、この椅子に異性同士で座ると将来結ばれる】という伝説のベンチでもある。ちょうど誰も座っていないので、特に気にせず僕は真理子と一緒に腰かけた。
「はい、これであたしたちの運命は決まったわね。子供は何人欲しい? あ、な、た」
 黒ぶち眼鏡に前髪ぱっつんの真理子は、小柄でぶっちゃけ可愛い。こう言われて僕が嬉しく無い訳がない。なんてったって、もし制服を着せたらメイド喫茶で指名ナンバーワンが取れるようなレベルの子だからだ。だが、僕には今もっと大事なことがあった。
「うん、そうね。9人は欲しいよね。ところでさ、この実を見てくれ」
 ポケットからイブの実を取り出し、真理子に見せた。
「……木の実よね。まるで大きなさくらんぼみたい。で?」
 なぜか急に不機嫌になった彼女は、頬を膨らまして上目づかいに僕を見ている。
「でだな、じつはこの実を食べたせいで僕は休学になったんだ。検出はされないけど、これには強力な麻薬作用があるみたいなんだよ。なんと! 数日寝ないでハイになっちゃうってシロモノだぞ」
「ふーん。じゃあ、入院した原因ってのは、それ食べ続けてあなたラリッちゃってたの?」
「お、おう。みんなに迷惑かけたし、すごく反省してる。でな……」
 自宅での実験結果と、自分なりの推論を十五分ほどかけて彼女に説明する。この時遠くの木の影から、ローラが顔だけ出して頬っぺたを膨らませながらこちらを見ていることに、この時僕は気づきもしなかった。
「……というわけなんだよ。成分分析を頼めないかな? 妙な事に、俺の血液には麻薬成分は一切検出されていないんだ。そんなバカな話ってないだろ」
 木陰からの日差しが顔に照りつけ、午後で一番暑い時間がもうそこまで来ているのを感じる。伝説のベンチに座って大げさなリアクションで話にふける二人の姿は、周りからはまるで本当のカップルのように見えただろう。
「わかったわ。じゃあちょっと貸してみて」
 袋をそっと渡す。彼女の指が直接イブの実をつまみだし、いろいろな方向から眺めだしたかと思うと……。
 かぷっ!
「え?」
 何と彼女は、僕が止める暇もなくいきなりそれを半分かじってしまったのだ! 
「うわああああ! 吐け、今すぐ吐き出せ!」
 慌てる僕に向かって大丈夫という風に手のひらを向けると、落ち着いた様子でそのまま眼を閉じてじっとしている。
「うーん。あなたはすぐに陶酔感に襲われたのよね? おかしいわね――何も感じない。ただ、甘いだけ」
「んなバカな。色も形、香りまでも俺が食べた時と全く同じなんだぞ?」
「じゃあ、もう少し待ってて。そうそう、暇だったら結婚式の日取りなんかも決めといてね」
「無理」
 少しの変化も見逃さないように、僕はぼーっと真理子の形の良い唇を見つめていた。
……そのまま五分ほど観察したが、彼女には〈まるで〉変化が起こらなかった。
「大丈夫?」
「ええ。とりあえず私には何も起こらないってことね。じゃあ残りの半分は分析にまわすわ」
「しっかし、ためらいもなくよく口に入れるよな。どんだけチャレンジャーなんだよ」
 ある意味、尊敬の意を込めて言ってみた。
「お忘れですか? うちのサークルは科学『実験』サークルなのですよ」
 立ち上って胸を張りながら身体を反らす。
「それは分かるけど……。もうちょっと何かこう気をつけるとか」
「あら、心配してくれてるの? すごく嬉しいわ。じゃあ、結果が出たら電話するわね」
 真理子は軽く前髪を直すと、噴水の脇を抜け小走りで去って行った。少しゴスロリ風の服を着た彼女の後姿を見つめながら、そのまま僕はひとり考え込んだ。
「なるほど。これで『イブの実のルール』が大体分かってきたぞ」
 立ち上がり大きく伸びをすると、近くの噴水の水を手ですくって顔を撫でた。冷たい水が気持ち良く、頭をはっきりさせてくれる。
 あとは……真理子からの連絡を待つだけだ。
 
 その頃、大沢博之もひとつの仮説を立てていた。調べていくうちに、いくつかの文献にこの実に関する記述を発見したのだ。
 その文献によると、このイブの実はかなり古い時代から存在していたようだ。人が食べ物を育て、そしてそれを収穫して食べる。これは古代、いや現代でもごく普通のことだ。しかし、彼らにとってこの実は決して食糧にはならなかっただろうと思われる。なにより小さすぎるし、とても古代人の腹を満たしていたとは思えない。
 インカ文明の残された文献によれば、どうやらこの実は儀式の時に使われたらしい。つまり、とても貴重で神聖なものだったのだ。
 太陽を崇拝する一族などは、時に『いけにえ』を神にささげた。
「神殿の聖なる台座で生きたまま心臓を取り出される者は、果たして恐怖を感じなかったのか」と現代の研究者たちも疑問を抱いていた。見ようによっては、いけにえの表情はまるで〈笑っているようにしか見えない〉ものもあったからだ。だが、もしこのイブの実を食べる事により恐怖を感じなくなるとすれば、壁画に書かれている『いけにえ』の表情も納得できよう。
 小さな村の言い伝えでは、この実を栽培し摂取しすぎたために誰も働くことをしなくなり、村そのものが滅びたという。それを裏付けるように、その骨となった死体のそばからは『ひまわりの種のような化石』がいくつも発見されている。