そらのわすれもの2
3
しかし、今日、知秋が仕掛けた緩いバケツの罠に引っ掛かったのは、竜也では無かった。
「うぁ!」
激しいバケツのガラガラと飛散する音と共に現れたのは、見たことも無い長身のそこそこ体格のいい黒髪の男子生徒だった。
「すっ、すみません!!!」
バケツに足元を掬われ転倒した男子生徒の元に、知秋は慌てて走って行った。見た事無い男子生徒はバケツ5つ分の水を被り、全身濡れてしまっている。
知秋は男子生徒に近寄るとしゃがみ込み、ポケットからハンカチを取り出そうとした。しかし、女子力不足。残念なことに知秋のポケットの中にはハンカチが入っていなかった。出すハンカチがない。知秋は、ポケットに手を入れたまま、狼狽える。
「あーあ…転校生苛めをするなんて、天野さんは本当に性格が悪いなぁ。」
その声を聞くと知秋は憎々しげに見上げ、目の前に立っている学生名簿を持った眼鏡の男を睨んだ。
「竜也!」
今、転校生の後ろに立ち、教室の中の知秋をしてやったりと言った表情で見ているのが、彼女の父親で、このクラスの教師、天野竜也だ。
「有り得ない!生徒を盾にするなんて…。」
「いや…教師に罠を張るお前の方が有り得ないから…。」
怒りに震える知秋を適当あしらうと、竜也は自分のポケットからハンカチを出し、転校生に渡して言った。ハンカチは綺麗にアイロンがかけられている。
「こんなクラスで申し訳ないが、ここが君の新しいクラスだ。ちなみに、ここで吠えているのが、うちのクラスの問題児天野知秋だ。」
転校生は、竜也からハンカチを受け取ると頭から目元を拭き、顔を上げた。水で濡れた比較的長めな前髪の間から、彼は知秋を見つめる。