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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 子供の様に泣きじゃくるゼノと、涙をこぼしながら呟くシリル。二人の様子を見たオリヴィアは、
「あーもう、そんな豪快に泣くんじゃないよゼノ・・・・・・。シリル、ありがとう。あんたのおかげで助かったよ。あんたがいなきゃ、あの場所を動けなかった」
 それからオリヴィアは顔を上げて、ちょうど傍まで近付いたところだったリゼを見た。
「リゼ、あたしの身体を取り戻してくれてありがとうね。やっぱり自分の身体が一番だよ」
「そう、良かったわね」
「アルベルトも。あんたがあたしに気付いてくれなかったら全滅してたかもしれない。それとティリー、だっけ? あんたもあいつを倒してくれてありがとう」
「お互い様だよ。俺達も君がいなければ全滅してただろう」
「わたくしの方こそお礼を言わなければなりませんわ。ダチュラの苗床にならずに済んだのは、貴女がエゼールを渡してくれたおかげでもあるんですもの」
 アルベルトとティリーがそれぞれそう言うと、オリヴィアは穏やかに微笑んた。そうしてから、彼女は視線を移して、一人だけ押し黙ったままの人物に声をかけた。
「で、キーネス。どうしたんだい? そんなアホ面で」
 そう言うオリヴィアの口元には、意地の悪い笑みが浮かんでいる。もしキーネスが答えなくても、追及の手を緩めるつもりはなさそうだった。
 それが分かっていたのだろう。顔を上げたキーネスは、ほんの一瞬だけ泣き笑いのような表情を見せた後、すぐに元の仏頂面に戻って答えた。
「なんでもない」
 その声は、少しだけ掠れていた。
「ただ、安心しただけだ・・・・・・」



「あー神殿の外なんて久しぶり。風が気持ちいいねぇ」
 全員そろって神殿の外へ出たところで、オリヴィアが軽く伸びをして嬉しそうにそう言った。話を聞くところによると、元の身体に戻ったのは半年ぶりだということらしい。それでよくそんなに明るくいられるものだと、アルベルトは感心してしまったぐらいだった。
「能天気な。まったく、心配するだけ時間の無駄だったな」
 オリヴィアの言葉にそう返したのは、彼女を背負ったキーネスだ。仲間の毒舌にオリヴィアは怒るかと思いきや、また意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ふーん、心配してたんだ。あたしが捕まってる間、心配で夜も寝られなかった、とか?」
「そこまで心配していない。大体、そんなことのために貴重な睡眠時間を無駄にできるか」
「なっ、この馬鹿! アホ! 唐変木! すっとこどっこい! こっちはねぇ、あんたがバカやってるのを見ていることしかできなくて、心労で死にそうだったんだよ!」
「図太いお前がそれくらいで死ぬわけがないだろう」
「あたしのような繊細な人間をつかまえてなんだい、その言い草は」
「ほう。俺の知らない間に繊細の意味は変わったらしいな」
「なんだって。もういっぺん言ってみな!」
「うるさい、耳元で騒ぐな。捨ててくぞ」
「ふん。そういえば、あたしが死んだと思って血相変えてたの、どこの誰だっけ?」
「ゼノだろう。それとクロウもだ」
「あたしの記憶によると、もう一人、涙声で必死にあたしの名前を呼んでいた人がいたはずだけど? アルベルトとリゼとティリー以外で」
「誰の話だ? 記憶にないな」
「そんなこと言って。あたしが生きててすっごく嬉しいくせに」
「阿呆か。俺はお前のような騒がしい女は嫌いだ」
「な!? あたしだってあんたみたいな冷血漢は嫌いだよ!」
「元気だなぁ、アイツら」
 口論を始めた二人を見て、ゼノは呆れながら、けれどどことなく嬉しさを滲ませて言った。喧嘩とはいえ、その姿を見るのは半年ぶりだからだろうか。
「仲がよろしいんですね」
 シリルがそう言うと、ゼノは首を傾げて、
「そうかぁ? あいつら今もさっそく喧嘩してるし、いつも大体あんな感じだぜ? あいつも、ようやくオリヴィアが戻ってきたんだから、もっと優しくしてやりゃあいいのに」
 仲間が元気なのは嬉しいが、やはり口論はよくないと思ったのだろう。ゼノは呆れたようにそう言ったが、キーネスとオリヴィアは言葉の応酬をやめる気はなさそうだ。最終的に堪忍袋の緒が切れたのか、オリヴィアはゼノの方を見て、手招きをした。
「あーもういいっ。ゼノ、ちょっとこっち来な!」
「え、オレ?」
「こんな冷血漢よりあんたに背負われるほうがマシだね。そういうわけでキーネス、下ろしな!」
「望む所だ」
 と言いながらも、キーネスに今すぐ下ろそうという様子はない。オリヴィアと揃って、ゼノに速く来いと無言の圧力をかけている。これはどうしたものかとゼノはおろおろしていたが、やがていい加減にしてくれとばかり頭を抱えた。
「あーもうおまえら! 休めそうなとこまであと少しなんだから喧嘩するなよ!」
「あたしは喧嘩するつもりなんて毛頭なかったよ。この冷血漢が悪いんだよ」
「ぎゃーぎゃー騒いでるのはお前だろう。少しは静かにしろ」
「あんたが一言多いからだろ。こっちは半年生霊状態だったんだからちょっとは労わりなよ!」
「労わられたいなら大人しくしてろ。悪化するぞ」
 そう言うキーネスの声音は、先程までの軽口の応酬とは違う、どこか気遣わしげなものだった。突然変わったキーネスの口調に、オリヴィアはしばし沈黙すると、糸が切れたようにぐったりとキーネスに寄り掛かる。そのままキーネスはオリヴィアを背負い直すと、対応に悩んでいるゼノを置いてまた歩き出した。
「・・・・・・熱が出てるぞ。自力で歩けない程なんだから、調子に乗って大声で喋るな」
「うるさい。あんたが一言多いせいだろ」
「そうだな。悪かった」
「なんだよ素直に謝るなんて。いつもは嫌みばっかり言うくせに。今回のことだってそうだよ。自分も他人も犠牲にしてあたしたちを助けようとするなんて馬鹿だよ馬鹿」
「・・・・・・ああ、俺は馬鹿だった。すまなかった」
「あたしに謝るな。あんたが巻き込んだ人みんなに謝れ」
「そうだな。その通りだ」
 その言葉に納得したのか、オリヴィアは言われた通り大人しくなった。それを見て、ようやく仲直りしたと安堵するゼノ。シリルはその三人の様子を少し羨ましそうに見ている。彼らが大人しく歩き出したところで、やり取りの一部始終を見ていたティリーがポツリとつぶやいた。
「賑やかですわね」
 それを受けて、リゼが呆れたように言った。
「呑気なものね。死にかけたのに。こっちも迷惑をこうむったわ」
「まあな。でも、助けられてよかったじゃないか」
 フリディスに取り憑かれた状態のオリヴィアを治せるのはリゼぐらいしかいないだろう。巻き込まれて迷惑をこうむったのは確かだが、人を助けることができたのは良かったとアルベルトは思った。しかし、リゼは渋面を作ると、
「あいつがオリヴィアを助けようとしたせいで何人もの退治屋がここに連れてこられた。記憶を失って、挙句の果てにはダチュラの苗床。何人ぐらい犠牲が出たのかは分からないけど、褒められたことじゃない」
 もちろん、とリゼは続けた。
「オリヴィアを犠牲にすれば良かったとは思わない。でも、何もかも救う方法なんてないんでしょうね。きっと」
 そう語るリゼは無表情で、けれど虚空を見つめる瞳にだけは憂いが浮かんでいるように見えた。