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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 重力魔術で根を撃ち落としながら、呆れたようにティリーが言う。確かに、数が多くてうっとおしいだけで、リゼ達を仕留められるほどではない。フリディスが使う水の魔術はやっかいだが、防げない程ではなかった。あれも元々、器であるオリヴィアの能力なのだろう。フリディスはあくまで借りているだけで、使いこなすには至っていないのだ。オリヴィア本人の能力の限界、ということもある。
 なかなか倒れないリゼとティリーを見て、フリディスは苛立っているようだった。周囲の植物を使役し、次から次へとリゼ達にけしかけてくる。蔓や木の根を倒すのは簡単だが、これではフリディスの元にたどり着けない。ここからでは悪魔祓いの術は届かないし、どうにかして奴の気をそらすことができたらいいのだが。
 ちら、とアルベルト達の方へ視線を送ると、先程までしていた言い合いは終わったらしい。蔓や根を撃退しながら、フリディスの様子を伺っている。キーネスが元気に跳ね回っているところを見るに、フリディスの仕掛けた術かなにかは無事取り除かれたらしい。だが、距離と立ち塞がる根の数を見るに、彼らと合流するのは難しそうだ。
「・・・・・・ティリー。頼みがあるんだけど」
「頼み? もちろん聞きますけどお礼に何か下さいます?」
「この広場にある樹でも花でも、とにかく出来る限り燃やして。場所は問わない」
 リゼの頼みごとにティリーは眼を瞬かせると、
「いいですけど、フリディスの周りとかじゃなくてもいいんですの?」
「いい。あの女、自分の森が大好きなんでしょう? 大好きな森が燃えたら、普通慌てるわよね。さっき赤い花が燃えた時みたいに。術を使っている間、援護はするわ」
「ああなるほど。単純な作戦ですわね。それで、お礼は――」
「さっさとして」
 しつこくお礼を要求しようとするティリーの言葉をさえぎると、リゼは魔術を唱えてティリーの周りに氷壁を発生させた。ティリーは少し、いやかなり残念そうな顔をしていたが、すぐに表情を切り替えて炎の術を唱え始める。その間、リゼは剣を振るい、真空刃を巡らせて、迫り来る樹の根を斬り落とした。
 ほどなくして、ティリーの魔術が完成した。大量の火球が術者の周りに浮かぶ。リゼがティリーを守るために配置した氷壁を消すと、火球は勢いよく四方へ飛んで様々な場所で炸裂した。
 飛び散った火球のうち、フリディスの元に向かった一つは水の魔術によってあっさりと消し去られた。だがそれ以外は広間の周りの樹々にぶつかり、それらを飲み込んで燃え上がらせる。火勢は強く、ティリーがさらに繰り出した追撃によって、深紅の劫火へと変わった。
 燃え上がる炎で、広場が赤く照らされる。それを見たフリディスはあの赤い花が燃えた時と同じ、悲痛な声を上げた。同時に魔術によって水流が生み出され、燃える樹々へと向かう。火を消そうというのだろう。そして狙い通り、フリディスの注意は、リゼ達から完全に逸れていた。
 その隙をついて、リゼは走り出した。途中にある樹の根も蔓も、全て魔術でうち落とし、あるいは剣で斬り捨てる。背後から近づく根は、ティリーの魔術によって焼き尽くされた。立ち塞がる太い蔓を斬り払い、フリディスのいる大樹の根元へと向かう。リゼがそこにたどり着いたとき、フリディスはリゼを睨みつけ、怒りにゆがんだ顔で叫んだ。
「どうして! どうしてこんなことをするの! あたしは取り戻したいだけなのに! 返して! あたしの大切なものを返して!」
 その叫び声に共鳴するように、薄紅色の花々がざわざわ揺れ、舞い上がった木の葉が手のように伸びてくる。リゼを捉えようと、あるいは押し潰そうとするかのように。
 全てを取り戻す。その悲願を邪魔するものを、滅ぼすために。
「――なら、あなたも借りたものを返すことね」
 言って、リゼは唱えた。
 悪魔祓いの術を。
 文言は悪魔に対するのと同じ。効くかどうかは分からない。けれど、やってみる価値はある。
 相手が“神”であれど、人に取り憑き害を為すなら、それは悪魔と同じだ。
『虚構に棲まうもの。災いもたらすもの。深き淵より生まれし生命を喰らうもの。理侵す汝に我が意志において命ずる』
 リゼの足元に魔法陣が生まれた。円と八芒星。紡がれる文字。踊る幾何学模様。文字と術の象徴たる文様に彩られた光の帯が術者を守るように展開した。木の葉の手は帯に阻まれ、リゼにまで届かない。弾かれてなお動きを止めない葉は、アルベルトの術によって消滅させられた。その間に、悪魔祓いの術は創り上げられていく。
「その術――その力は!?」
 術を行使するリゼを見て、フリディスが顔色を変えた。息を飲み、驚き、ありえないという表情で。
『彼の者は汝が在るべき座に非ず。彼の魂は汝が喰うべき餌に非ず』
「その力――そなたが何故ここにいる!? そなたは消滅したはず! それなのに何故蘇った!? そなたは――」
 フリディスは狼狽し、困惑し、叫ぶ。驚愕と焦燥に彩られた目でリゼを見つめる。しかしそれもすぐに、憎悪と怒りが入り混じった表情に変わった。緑色の瞳は、今までにない苛烈なまでの非難の色を宿していた。
「そなたが我にその力を使うというのか。そなたが、我を浄化しようというのか。我らの滅びの道へ追いやったそなたが! 所詮口先だけの綺麗事を振りかざしたそなたが! 我を裁くというのか!」
『惑うことなく、侵すことなく、汝が在るべき虚空の彼方――』
 光の帯がフリディスを捉えるように取り巻いていく。彼女はあがき、逃れようとするも、リゼの力の方が強い。“神”を名乗るも、その力は“神”と呼ぶには程遠く、悪魔祓いの術に苦しむ姿はただの悪魔となんら相違なかった。
 やがて術に抗っても無駄だと悟ったのか。フリディスは動きを止めた。リゼを睨み、息も絶え絶えに、しかし憎しみを込めて叫ぶ。
「救世主よ。そなたは再び我らを滅ぼすだろう! この地を守る神々も、我らを奉ずる人間達も! 次はその手で!」
 フリディスの咆哮は光の帯を揺らすも、打ち破ることはなかった。悪魔のように人に取り憑く、憎悪をつのらせた“神”。それに対しリゼは容赦なく術を完成させた。
『我が意志の命ずるままに、疾く去り行きて消え失せよ!』
 強い魔力と共に術の最後の文言が響き渡った瞬間、苦しげな叫び声が広場中に響き渡った。
 光の帯で拘束されたフリディスは詠唱の完了と共に器の外へはじき出された。オリヴィアの身体から悪魔の黒い靄とは違う、灰色の霞のようなものが立ち上る。
 祓うことには成功したが、それだけでは終わらない。また誰かに取り憑く前に、一気に浄化してしまわなくては。リゼは光を奔らせて漂う灰色の霞を捉え、悪魔と同じように浄化しようとした。が、
 突如として音のない衝撃が駆け抜けた。霞のような姿となったフリディスが最後の力で光の帯を破ったのだ。フリディスは霞から木の葉に姿を変えて渦巻くと、背後の大樹へと吸い込まれるように入り込んで行った。
 大樹が身をよじるように震えた瞬間、甲高い女の叫び声が響き渡った。不快なほど高く、どこか壊れたような絶叫。それと共鳴するように、周囲の樹々も草花もざわざわと揺れた。