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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 狼狽するゼノを押しのけて、キーネスの肩に巣食う花を見る。ダチュラとは違う、青く小さい花だ。しかしその根は肉に食い込み、心臓まで伸びようとしている。
「アルベルト、キーネスは・・・・・・」
「大丈夫だ。何とかする」
 これが魔術か何かで成長を促されているなら、それを打ち破ればいい。術を破る方法はある。力が足りるかどうかは分からないが、やるしかない。
 アルベルトは成長を続ける青い花に手を当てると、意識を集中させた。
「神の名の下に、ここに蔓延る魔の力を打ち破り給え。消し去り給え。一切を無に帰し清め給え!」
 祈りの言葉と共に、かざした掌に光が集う。その光は青い花へと移り、戒めるように取り巻いた。その瞬間、花の根が動きを止める。光に拘束された花が身じろぎするように震えた途端、何かが弾けるような音がして花の成長を促していた術が壊れた。
 術の崩壊と共に、花はみるみるうちに枯れ果てて崩れるように消え去った。深く、抉れたような傷が残ったが、これは後でリゼに癒しの術を掛けてもらうしかないだろう。苦痛から解放され、驚きの表情を見せるキーネスに、アルベルトは「もう大丈夫だ」と声をかけた。
 奴は俺を見ていると、キーネスは言っていた。あの青い花は、おそらくキーネスの監視のために植えていたのだろう。どういう仕組みなのかアルベルトには分からない。ダチュラが人を苗床としその記憶を消すように、ミガーにしかない特殊な作用を持つ植物なのかもしれない。
「よかったぁ〜! ホントによかった! おまえが死ぬんじゃねえかって冷や冷やしたぜ全く!」
 泣き笑いのような顔をして、ゼノはキーネスの背中を(傷に響かない程度に)バンバン叩く。キーネスは戸惑うような表情でそれを見ていたが、やがて沈んだ顔をして呟いた。
「ゼノ。俺はお前に何も言わずに・・・・・・」
「いいんだよそんなこと! いや良くはねえけど、でもおまえが助かったことの方が重要だぜ!」
 屈託のない笑みを浮かべてゼノは言う。キーネスはそれを見て呆れたような安堵したような表情を浮かべた。
「いいや、全然よくないね。この馬鹿のせいで関係ない人まで巻き込むことになったんだから」
 その時、そう語る厳しい声がゼノとキーネスの間に割り込んだ。二人はそろって声の主の方を見、驚いたように目を見開いている。
「あんたってホント、思い詰めやすくて真面目だね。誰もそんなことしろなんて頼んでないのに」
 唖然とするキーネスに向けてそう言ったのは、腕を組んで仁王立ちするシリルだった。いや、正確にはシリルではない。アルベルトの眼は、彼女の中にいて彼女の言葉を借りて話す、別の人物を捉えていた。
 けれど、キーネスはそんなこと、知る由もない。
「クロウ・・・・・・?」
「残念だけど違う。この身体は間違いなくシリルのだけどね。馬鹿の横っ面はたくために、やもなく借りたんだよ」
 いつもと全く違う声音で話す少女を見つめて、キーネスは目を見開いた。信じられないという風にシリルをまじまじと見つめて、呆然と呟く。
「まさか、お前、オリヴィア・・・・・・? そんな、何故クロウの身体に――」
「話は後でじっくりしてあげるよ。それより」
 シリル――もとい、オリヴィアは組んでいた腕をほどくと、キーネスの元につかつかと歩み寄った。さらに膝をつくキーネスに合わせて、少しだけ身をかがめる。オリヴィアは体勢を整えると、華奢な右手で拳を作り、
「くらえっ!」
「っ!?」
 キーネスに容赦のない打撃をくらわせた。頬に予想外の一撃を喰らってよろけるキーネス。目を白黒させながらも、目の前の小柄な影を見た。
「いきなり何をする!」
「だから、この身体を借りたのは馬鹿の横っ面をはたくためってさっき言っただろ」
「誰がそんなこと聞いて――」
「言わなきゃわからないかい?」
 声も姿もシリルのもの。だがその言葉は間違いなくオリヴィアのものだ。有無を言わせぬ迫力に、キーネスは黙り込んだ。
「あんた、あたしとゼノを救うためって言ったよね。馬鹿げてるよ。あたしもゼノも、助けられるのを待ってるお姫様じゃないんだよ。戦える限り、死なない限り、全力で戦うよ。それが退治屋だろ」
 その叱責に俯くキーネス。ゼノはオリヴィアに任せる気なのか、何も言わずに見守っている。立ち上がったオリヴィアは無言のままのキーネスを見下ろして、
「・・・・・・わかってるよ。あたしだってあんたの立場だったら同じことをするだろうさ。でもね」
 きっぱりと、言い放った。
「あんたはあたしたちを助けたいかもしれないが、あたしもあんたを救いたいんだよ。きっとゼノもね。だから一人で突っ走るなんてやめなよ。キーネス・ターナー。これ以上馬鹿やったら許さない」
 一息にそう言って、オリヴィアは背を向けた。
「あーあ、興奮したら涙出てきたじゃないか、全く」
 その声は少しだけ揺れていた。
「・・・・・・すまない。オリヴィア、ゼノ。俺が馬鹿だった」
 静かに、キーネスが謝罪の言葉を述べる。それから、彼はアルベルトを見て、
「スターレン。お前達にも迷惑をかけた。すまない」
 ふらつきながらも立ち上がり、頭を下げる。そのキーネスに対して、アルベルトは謝罪は後でいい、と言った。
「それよりもフリディスを倒さなければ」
「そのことだけど、アルベルト」
 そう言ったのはオリヴィアだ。彼女は振り返ると、先程までとは違う戦う者の眼で、アルベルトに問いかけた。
「ゼノに聞いたんだけど、リゼって悪魔祓いの術が使えるんだって? なら、あたしの身体からあいつを追い出せる?」
 おそらくは、と注釈をつけて、アルベルトはオリヴィアの言葉を肯定する。というか、リゼなら無理やりにでもなんとかしそうだ。
 オリヴィアは何か考えこんでいたが、しばらくして何か決めたのか、顔を上げてアルベルトを見た。
「アルベルト。悪いけど、この身体じゃ戦うのは無理そうなんだ。試してはみたけど魔術が使えない。だから、手伝って欲しい」
「もちろんだ」
「ありがとう」
 オリヴィアは少し微笑んで、それからまた真剣な表情に戻った。
「フリディスは今あたしの身体に取り憑いているけど、あれは自由に動くために必要なだけみたいで、本体は別にあるんだ。そっちを叩かないといけない」
「本体?」
「この馬鹿はあの赤い花が本体だと思ったみたいだけど、本当はそっちじゃない。あたしは取り憑かれる瞬間にあいつを通じて感じたから分かる。リゼがあたしの身体からあいつを追い出してくれるなら、その瞬間にあいつの本体を叩く必要があるんだ――」



 無数の樹の根と蔓が次々と襲い掛かってくる。
 リゼは氷雪の魔術を唱えると、目の前の蔓を一瞬で凍らせた。氷漬けにされて蔓はみな動けなくなる。そこへ風の真空刃を創り出して蔓を粉々に砕き吹き飛ばした。砕けた氷の欠片と蔓がばらばらと地面に落ちる。背後から近づく樹の根は、ティリーの炎の魔術によって燃え尽きて地に落ちた。
「この樹の根に蔓、数だけは多いですわねー」