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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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「下らない。神だろうとなんだろうと、悪魔を従えて人を襲わせているような輩に容赦はしないわ」
 魔術を紡ぎながらリゼはそう言い捨てる。フリディスは疎ましげに眉を寄せながら、己に刃を向ける人間を見る。
「うぬぼれないことね。リゼ・ランフォード。救世主とも魔女とも呼ばれている者。あんたは何者なの? “唯一絶対の主”の力を継ぐ者? それとも我々の力を継ぐ者? あんたはどっちに属する人間なの」
「マラーク教の神につくつもりはないわ。でも、おまえの味方はしない」
 そう言った瞬間、リゼはフリディスに向けて創り出した氷槍を奔らせた。幾本もの槍が空中を駆け抜け、標的めがけて降り注ぐ。氷の欠片が白い霧となってフリディスの周りに漂った。
「リゼ! あれはオリヴィアの」
「分かってる。どうせあの程度じゃ効きやしないわ。浄化の術を試せる程度に、動きを封じたいんだけど」
 水の流れる音と共に、白い霧の中からフリディスが現れる。水流は彼女を守るように取り囲み、渦を巻いた。
「三人もいて面倒ね。キーネス、さっさと来なさい」
 水流を纏いながら、フリディスは呼びかけた。それに答えるように、隆起した樹の根の影からキーネスが現れる。
「キーネス。あんたの失態よ。その人達の記憶を消しなさい。悪魔祓い師は殺していいわ。あんな穢れた輩、あたしのアスクレピアにいらない」
 憎しみのこもった目でアルベルトを見下ろしながら、フリディスはそう命令する。命を受け、キーネスは無言で剣を抜いたが、すぐに向かって来ることはしなかった。機を窺っているのではない。まるで、何か迷っているかのようだった。
 そこへ、唐突にその場の誰のものでもない声が降ってきた。
「待ちやがれ!」
 そう言って広場の入り口から走り出してきたのは、人喰いの森とは反対の方向へ行ったはずのゼノだった。それだけではない。ゼノの後から遅れて登場したのは、あろうことかシリルだった。“憑依体質(ヴァス)”である彼女を人喰いの森に近付けないためにゼノもシリルも別行動をとったはずなのに、なぜここにいるのだろう。
「シリル!? どうしてここにいるんですの!? というより、ゼノは一体何をしているんですのよ」
「ごめんなさい! これには色々事情があって・・・・・・」
 そう言ってシリルは頭を下げる。とはいうものの、悪魔避けを渡してあるとはいえ、悪魔に取り憑かれやすい彼女をどうしてここに連れてきたのだと、さしものアルベルトもゼノを咎めたくなった。今の所、無事のようだから良かったが・・・・・・
 そこで、アルベルトはあることに気付いた。
 シリルの中に、彼女じゃない別の何かがいる――。
 一方、飛び出したゼノは広場を横切ると、キーネスの前に立ち塞がった。現れた親友の姿を見て、キーネスは驚愕の表情を浮かべる。
「ゼノ!? お前何故ここに来た!?」
「うっせー! 来るに決まってんだろ! てめーを見捨てるほどオレは冷血じゃねーんだよ! お前が半年間なにしてたか、全部分かってんだからな!」
「思い・・・・・・出したのか・・・・・・」
「いくら毒のせいだからって、忘れていた自分が恥ずかしいくらいだぜ」
 悔しげにそう語るゼノ。事情は分からないが、彼もダチュラの毒を受けていたらしい。一方、フリディスは突然の乱入者を目に止めると、嬉しそうに笑いかけた。
「おかえりなさい。ゼノ・ラシュディ。あんたのお友達が涙を呑んで突き放したのに、自分から戻ってくるなんて」
「うっせーよ、てめえ! さっさとオリヴィアの身体から離れやがれ! それと、キーネスを解放しろ!」
 ゼノの怒号も、フリディスは意に介した様子はない。むしろ笑みを浮かべたまま、静かにゼノを見下ろしている。その反応にゼノは苛立ちをつのらせたようだったが、如何せん、敵は彼の手の届かない場所にいた。
「嘘でオレ達を嵌めやがった上に人質なんて取りやがって。キーネス! お前もこんな奴の言いなりになんてなるんじゃねえ! そんなことしなくたって、オリヴィアを助ける方法はあるだろ!」
 キーネスは何も言わない。ただ俯いて、じっとその場に佇んでいる。
「おまえのやったことは退治屋に対する裏切りなんだぜ! 分かってんのか!?」
 ゼノにそう非難されて、キーネスはついに顔を上げた。苦しげな表情で、彼は叫ぶ。
「自分が何をしているかなんて分ってる! だが俺は決めたんだ。例えそれが裏切りであっても、お前と、オリヴィアを救うためにこうすると! だから!」
 キーネスは右手に握っていた剣を捨てた。剣は鈍い音を立てて、花の咲く地面に転がる。何のつもりだとゼノが驚いた、その時だった。
 キーネスは何かを取り出すと、大樹の根元の赤黒い妖花めがけて投げつけた。
 投擲されたそれは、妖花の中心に落ちると割れて中身が飛び散った。その途端、着弾した場所から赤い炎が燃え上がる。炎は瞬く間に広まって花弁を燃やし、あっという間に炭化させていく。キーネスが投げつけたのは導火線に火をつけた硝子瓶。中身はおそらく油だったのだろう。花が燃えるさまを見て、フリディスが悲痛な叫び声を上げた。
「ランフォード! 頼みがある! 俺のことは好きにしていい。勝手なのは承知している。だが、どうしても治して欲しい人間がいる!」
 キーネスはそうリゼに呼ばわった。彼は必死だった。必死に懇願していた。
「頼む! オリヴィアを救ってくれ!」
 その言葉を聞いたフリディスは、顔を上げてキーネスを見た。その瞳には怒りではなく、苦しみではなく、深い深い憐みが浮かんでいた。
「――やっぱり、あたしの頼みを聞いてくれないのね」
 それは先程の悲痛な叫び声とは違う、とても静かな声だった。苦しむ様子もなく、平然と立っているフリディスを見て、キーネスが目を見開く。
「それと、あの花を燃やしても無駄なことよ。確かにあの花はあたしの依り代の一つだけど、あれを燃やしただけではあたしを無力化することは出来ない」
 フリディスは静かに、けれどどこか悲しげに言った。
「さよなら、キーネス・ターナー。あんたはあたしのアスクレピアにはいらないわ。人を欺く裏切り者」
 フリディスがそう言った瞬間、キーネスは苦痛に顔をゆがめてその場に崩れ落ちた。左肩を抑え、苦しげに呻く。ゼノは苦しむ親友の姿を見て、顔色を変えて彼の元へ駆け寄った。その後ろにシリルが付いていく。
「お、おい! 何をされたんだ!? しっかりしろ!」
 キーネスの顔を覗き込んで、ゼノは狼狽する。その様子を視ていたアルベルトはキーネスの左肩に巣食っているものに気付いた。今まではただの植物だったから視えなかった。今はフリディスの力が注がれて、急激に成長しているからはっきりと視える。
 花だ。キーネスの肩に巣食って、心臓めがけて根を伸ばそうとしている。
 それを目に止めたアルベルトは、すぐさま走り出してキーネスの元へ向かった。途中、魔術の水流が襲い掛かってきたが、突如出現した重力の壁に防がれる。ティリーが援護してくれたのだ。彼女のおかげで、邪魔されることなく何とかキーネスの元にたどり着く。
「すまない。どいてくれ」