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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 あははははとゼノは笑う。怪我をしているというのに酷く能天気な、いつもの親友。まるで仲間が一人、自分達を庇って悪魔に取り憑かれてしまったことなど知らないような。
 そう。こいつは覚えていない。怪我をした時に種が傷口に入り、ダチュラの毒を受けてしまったこいつは、神殿であったことを全て忘れてしまった。いつものように魔物退治をしていて、へまをして大怪我を負ってしまったと、その時に頭を打って記憶が吹っ飛んでしまったと、そう思っている。
 そして・・・・・・
『ゼノ、オリヴィアのことなんだが・・・・・・』
『オリヴィアって誰だ? 一緒に魔物倒した退治屋か?』
 ゼノはオリヴィアのことを知らないと言った。
 ダチュラの毒は新しい記憶から古い記憶へ、さかのぼるように記憶を消していく。俺達がオリヴィアに会ったのは三年前。その三年間分の記憶を、ダチュラの毒は消し去っていた。キーネスのことは子供の頃からの付き合いだから覚えているが、ここ三年分の記憶がないゼノは、もう一人の仲間のことをすっかり忘れてしまっている。いや、そもそも、ゼノにとってもう一人の仲間はまだ出会っていないのだ。
 だが、これは好都合じゃないか。ゼノがオリヴィアのことを覚えていたら、絶対に助けようとするに決まっている。でも無理だ。魔物なら何とかなるが、悪魔は倒せない。悪魔祓い師でなければ悪魔は祓えないが、ミガーに悪魔祓い師はいない。オリヴィアを助けるには、悪魔が望む器を用意しなければならない。もっと優秀な魔術師を。
 それを知ったらきっと、ゼノは反対するだろう。誰かを巻き込むことなど、こいつは絶対に承知しない。
 でも、やらなければならない。俺はもう逃げられない。あの悪魔は、俺達をすぐさま神殿の外へ出す代わりに、俺に監視を付けた。俺の言動を奴に伝えるという青い花を。俺が誰かに助けを求めたり、あの女のことを話したりすれば分かるように。
 だから、俺一人でオリヴィアを救い出す。いつか、必ず。



「ここはアスクレピア神殿ですわ」
 暗い通路を歩きながら、ティリーが不意にそう言った。アルベルトは告げられた名前を頭の中で反芻する。アスクレピア。確か神殿前の集落の女性が、その名を口にしていた気がする。
「大昔に建てられた神殿ですわ。正確には分かっていませんけど、聖戦が勃発した時期にはすでにあったとか、なかったとか。すでに調べ尽くされていて、今は放置されているのですけど、一つ、この神殿に関して噂があるのです。『この神殿の奥には何かが封印されている』と。その封印されているものを呼び覚まさないために、この神殿がある禁忌の森には立ち入ってはいけないと」
 あくまで噂ですけどね、と言いつつも、ティリーは話を続ける。
「禁忌の森の奥地、この神殿の周りが人喰いの森と呼ばれるようになったのはここ数年のことらしいですわ。新しく魔物が棲みついたのかもしれませんけど、ひょっとしたら――」
「神殿に封印されていたものが目覚めたってこと?」
「かもしれないですわね」
「そう。で、その封印されていたものっていうのは?」
「さあ。知りませんわ」
 しれっとそう返答するティリー。瞳に掛かった髪を払い、腰に手を当てる。
「奥に行って確かめればいいんじゃありません? それか、ここを詳しく知っている人に訊くかですわ」
 ここを詳しく知っている人といっても。そうアルベルトは思ったが、そこでやらなければいけないことを思い出した。危うく忘れたままにするところだった。
「そうだ。オリヴィアの所に戻らないと。ここのことについて詳しく話を聞こう。なにか分かるかもしれない」
 アルベルトはそう言ったものの、幻に飲み込まれた影響で現在位置がどこなのかまた分からなくなってしまっていた。これでは戻るに戻れない。
 オリヴィアって誰ですの、とティリーは首を傾げた。そうだ、彼女は知らないのだ。それに思い至ってティリーに経緯を説明すると、彼女は驚きで目を見開いた。
「生霊!? なんですのその面白そうなものは!? それは! 是非! 話を聞かなければなりませんわ!」
 拳を握り、勇んだ様子でティリーは宣言した。灰色の眼がそれはもうきらきらと輝いている。研究について語る時のあの探究心やら情熱やらに満ちた眼だ。突然のテンションの上がりようにアルベルトは驚き、リゼは渋面を作って一歩引く。だがそんな二人の反応もティリーの目には入っていないらしい。
「ああでもわたくしは幽霊は見えないんでしたわ。アルベルト、通訳をお願いしますわね!」
「あ、ああ。でも」
「で、そのオリヴィアという方はどちらにいらっしゃいますの!?」
 半ば詰問するようにアルベルトに詰め寄るティリー。そういわれても、ここからオリヴィアのいるところまでいくことは難しいのだが、言っても聞かなさそうな雰囲気だ。
「分からないわよ。ここがどこかも分からないんだから」
 呆れたようにリゼが言ったが、
「そこを何とかするんですわよ。歩いていればそのうち見覚えのある場所に着くんじゃありません?」
 速く会いたくてうずうずしているといった様子でティリーは答える。なんというか、ここに来た当初の目的を忘れているんじゃないだろうか。オリヴィアに会いに行くのも神殿のことを詳しく聞きに行くためだが、このままではティリーは自分の好奇心を満たすことを最優先にしそうだ。とりあえずティリーを落ち着けなければと、アルベルトが頭を悩ませた、その時だった。不意にリゼが呟いた。
「――来る」
 そうして、再び、ぐにゃりと空間が歪んだ。
 一瞬で、周囲の景色が塗り替わる。吹き抜ける風は今度は熱くない。突風は薄暗い通路を掻き消し、日の光がさす新しい景色を目の前に描き出した。
 現れたのは、のどかな雰囲気漂う集落だった。
 木で作られた、小さいながらも趣のある家々。敷石はないがきちんと固められ、整備された道。村人達は農具を担いで畑に向かい、ある小屋の前では女性達が和やかに談笑しながら作業している。家々の間からは収穫間近の野菜畑が広がっているのが見え、風に作物が揺れる音がここまで届いた。
「神殿の前にあった集落・・・・・・じゃないわね」
 周囲を見回したリゼが呟く。確かに、似ているけど違う。神殿前の集落は家も道も即席で作ったもののようで、ちゃんと整備されていなかった。畑には白い花が――今思えばあれはダチュラだ――咲いていたし、村人達は皆旅装束と思しき服を着ていた。彼らは記憶を無くした退治屋なのだから当然だ。一方で今、目の前にいる人達は彼らとは全く違う服を纏い、神殿前の集落では見かけなかった老人や子供の姿もある。
「・・・・・・変わった衣装ですわね」
 村人達を見ていたティリーが不意にそう呟いた。
「なんというか、古臭いですわ。まるで儀式用みたい。あれほどごちゃごちゃしていませんけど」
 首を傾げながらそう評する。ミガー人の衣装は良く知らないが、アルベルトが知る限り、確かにメリエ・セラスやルルイリエで見た一般民の服装とは異なっていた。
 古臭い、といえば・・・・・・
「さっきの悪魔祓い師と守護騎士達も衣装が今の物と違う」