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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 少し前まで毎日見てさらには身につけていたのだからよく知っている。形は似ていた。でも細部が違う。今はあんな意匠の衣服も鎧も使っていないはずだ。そしてアルベルトの記憶が正しければ、あれはずっと昔に使われていたもののはず――
 ならこの幻は、一体なんだ? 何を見せようとしているのだ?
 そう思った瞬間、不意に周囲の空気が変わった。穏やかに日常を営んでいた村人達が、突然動きを止めて、アルベルト達に注目したのだ。
「私達の守り神を讃えます」
「森に恵みをもたらす方だ」
「我らを守って下さる」
「精霊の力に溢れたこの森は我々の大切な故郷だ」
「わたし達は祈り、神はわたし達に恵みを与える」
「そうやって生きてきた。だから、これからもそうして生きていく」
 村人達は口々にそう言って、アルベルト達の周りに集まってくる。敵意はない。悪意もない。ただ、“守り神”のことを滔々と語るだけ。
 その目はアルベルト達に向けられているようで、その実、なにも映していなかった。
「な、なんですの。気持ち悪いですわね」
 何かに操られる人形のように同じ言葉を繰り返す村人達。その様子にティリーは少し怯えて隣にいたリゼの後ろに回る。盾にされたリゼは軽くため息をつくと、自分達を取り囲む村人達を見て、
「守り神、ね。そんなものが本当にいるのかしら」
 そう言った。聞こえていたはずだが、村人達はなにも言わない。それを見たリゼは彼らを無視して颯爽と歩き出した。
「リゼ! どこに」
「幻の中とはいえ、進めばどこかへ出るでしょう。オリヴィアの所には戻れそうもないし、あの神殿の中にいるのが悪魔なのか魔物なのか、大昔から封印されていた?何か?なのか、それとも?守り神?とかいうものなのか。行って確かめればいいわ」
 そう言って、リゼは集落の奥――あの神殿がある場所めがけてさっさと歩いていく。村人達は誰一人として引き止める様子もなく、ただ繰り返し同じことを語っているだけ。慌てて歩いていくリゼの後を追うと、進む先にあの神殿の入り口が見えてきたところだった。
 もはや合唱のようになった村人達の声を背にしながら、アルベルト達は神殿へと向かう。本物の神殿とは異なり、幻の神殿は苔にも蔦にも覆われていない。風化している様子もない。造られたばかり、というわけではないが、きちんと手入れされ、整備され、圧倒的な存在感と共にそこに建っていた。
 ただ、そこから漂ってくるのは、濃い悪魔の気配だ。
 神殿の入り口近くまで辿りついたところで、前を行くリゼは唐突に立ち止まった。入り口の前に立ち塞がる者がいたからだ。それとも、アルベルト達を待っていたのだろうか。
 そこに立っていたのはキーネスだった。
「またあなたなの。諦めが悪いわね」
 立ちふさがるキーネスの姿を見て、リゼは嘆息する。今はまだ剣を抜いていない。ただ神殿の入り口の前に立って、無言でアルベルト達を見つめている。キーネスは酷く疲れたような表情で口を開いた。
「ここまで来たな」
「誰かさんの邪魔がなければもっと速く来れてたと思うわ。それで、何の用? かかってくるなら受けて立つわ」
 リゼが皮肉気にそう言うも、キーネスは何も言わない。何を考えているのか、今のところ交戦する様子は見られない。
「俺はお前達の記憶を消さなければならない。でも、それは難しいようだな」
 キーネスはそう言って、ちらりと神殿の入り口を見た。内部は闇に満たされていて、中の様子は分からない。
「この奥に悪魔がいる。記憶を消すことは叶わなかったが、仲間を助けるために、魔術師を新しい器として差し出さなくてはならない。大人しく来てもらおう」
 それを聞いたティリーが一歩引いて「そんなのごめんですわ」と呟く。リゼは憮然とした表情でキーネスを見ている。そんな中、アルベルトは一歩前へ出ると、無表情のキーネスに呼び掛けた。
「キーネス。君の言う悪魔に取り憑かれた仲間というのは、オリヴィア・セロンのことか?」
 その名前を聞いて、キーネスは顔色を変えた。「何故知っている?」と、言葉よりも表情の方が雄弁に語っている。
「俺はオリヴィアに会った。この神殿の地下で。生霊の状態でそこにいた」
「生霊・・・・・・?」
「オリヴィアが君のことを話してくれた。君を心配していたようだった」
 キーネスのことを語る彼女は悲しそうであり悔しそうでもあった。同時に、酷く怒ってもいた。オリヴィアは仲間が自分のために動いていると分かっているのだろう。だからあんなに悲しそうだったのだ。そしてきっと、心からキーネスのことを案じていたのだ。
 キーネスは何も言わなかった。何も言わずに、身を翻し神殿の中へ入っていく。咄嗟にアルベルト達もその後を追った。
 神殿の中に入ると、暗く冷え冷えとした空気が足元に絡み付いてきた。奥から漂ってくるのは粘つくような悪魔の気配。だが本物と違って、神殿の内部に蔓も蔦も浸食してはいない。薄暗い石の通路を駆け抜け、闇に消えたキーネスを追う。
 そして、三人は開けた明るい場所に出た。
 そこは神殿内とは思えない、緑の生い茂る場所だった。
 薄紅色の花が咲く半円状の広場。
 正面には、思わず見上げてしまうほど大きな樹。
 その根元には、赤黒い花弁を持つ巨大な妖花。
 キーネスの姿はない。その代わりにいたのは、隆起した根の上に腰かけている深い緑色の髪をした一人の女。目の前に青く輝く魔法陣を展開させ、そこから湧き出でる水を樹の根元の小さな池へ、さらには広間を囲む樹々へと送り込んでいる。女は熱心にその作業を続けていたが、しばらくして魔法陣から目を離すことなく、広間への訪問者に声をかけた。
「ようやく来たのね。いらない人も混ざっているけど。でも歓迎するわ。ここまで来たのだから」
 女は魔法陣から目を離し、アルベルト達へ視線を向けた。その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。その容貌をアルベルトは知っていた。
 樹上で笑う女は、地下で会ったオリヴィアと同じ姿をしていた。いや、あれこそオリヴィアの本体なのだろう。だが、今あの身体を動かし喋っているのは別のモノ。キーネスの話によれば、彼女に取り憑いた悪魔だ。
(悪魔・・・・・・? いいや、これは・・・・・・)
 アルベルトは樹上の女に、かすかな違和感を覚えた。悪魔だと、キーネスもオリヴィアも言っていた。確かに、悪魔の邪悪な気配を感じる。でも、これは・・・・・・
「せっかく連れてきてくれたのに、みんな記憶を取り戻してしまうなんて。エゼールはまるで雑草ね。抜いても抜いても、また生えてくる」
 不満げにそう言って、女は立ち上がる。根の上で風に髪をなびかせながら、今度はティリーへと視線を向けた。
「つらいことがあったのなら、全部忘れてしまった方が良いんじゃない? 忘れて、ここで穏やかに暮らせばいいのよ。ねえ、ティリー・ローゼン?」
「余計なお世話ですわ。こんな陰気な場所でぼけっと暮らすなんてぞっとします」
 きっぱりと拒絶するティリー。けれど女は笑みを浮かべたまま、優しい声で語りかける。
「ならあたしと一緒にこのアスクレピアのために働いてくれない? あたしとあんた、きっと分かり合えると思うの」
「馬鹿げてますわね。大体何を根拠にそんなことを」