Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ
「生まれついてのものは一生変わらない。一度付いた肩書は簡単には消えないし、人は肩書で人を見るわ。肩書を背負って生まれたなら、それに従って生きるしかないのよ」
不意にリゼがそう呟いた。彼女は無表情のまま、視線をアルベルトに向けることもせず話し続ける。
「だから罪人は罪人だし、異教徒は一生異教徒。悔い改めようと何しようと、ずっと蔑まれるなり嫌われるなり悪魔の手先扱いされるなりするのよ。そうなってしまったら、今更別のものにはなれないわ。例えば、私が今から神を信じます。神に服従しますって言ったとしても、教会が信じてくれるとは思えないわね。肩書を背負うってそういうことだし、肩書でしかものを見ないから教会は神に従わない者を一律に悪だと決めつけるわ」
リゼは一息にそう言ってから、最も、と続けた。
「最も、どんなにやっかいなことが付随しようとも、ティリーのように好きで、誇りを持って肩書を背負う人もいるのでしょうけどね。でなければ誰に何と言われようとアルヴィアで悪魔研究をしたり、普段は隠していても、名乗る時は堂々と魔術師と名乗ったりなんてしない」
命の危険にさらされても、悪魔の手先と罵られても、その肩書に誇りがあるから? それが、ティリー達魔術師が魔術師であることをやめない理由なのだろうか。
そして肩書でものを見る以上、教会は魔術師を悪と決め付けて、魔術師は悪魔祓い師というだけで憎む様になってしまうのだろうか。
「でも、大切なのはその人の本質だろう? その人自身を見なければ。――肩書じゃなく」
「それが出来れば苦労しないでしょうね」
そこで、リゼは初めてアルベルトに視線を向けた。それは、嘘を許さないというような、あの射抜くような眼だった。
「そう。例えば、あなたは『“救世主”じゃない私』がちゃんと視えているの?」
『そっちへいったぞ!』
『おう! 任せとけ!』
襲い来る魔物を愛用の剣で倒していく。
『後ろの奴らを頼む!』
『仕方ないな』
取りこぼした魔物を仲間が次々と葬っていく。子供の頃からの親友キーネス・ターナー。オレ――ゼノ・ラシュディが退治屋を始めた頃からの仲間。オレ達の連携の前に勝てる敵はいなくって。
『さあ! 邪魔な敵は一掃するよ!』
そう宣言する声が聞こえた。轟音。衝撃。それが過ぎ去った後には、黒こげになった魔物の死体が転がっていた。いつものように仕事をした、いつなのか分からない出来事。
『あーあ。おいしいところ持ってかれちまった。オレがもっと活躍してやろうと思ってたのに。ズルいぜ』
『こういうのは早い者勝ちだよ。残念でした。報酬は均等に分けるんだからいいだろ?』
『この間の依頼の時はお前だけ取り分を多くしていなかったか』
『あれはそっちがほとんど働いてなかったからだろ。正当な報酬だよ』
『ああなったのは作戦上仕方のない事だろう。それで俺達よりも二割増し多く取るとは、さすががめついな』
『何とでも言いな。あんたたちが何と言おうとあの作戦を立てたのはあたしだからね――』
そんなことを言い合っては笑っていた。退治屋として仕事をしながら、馬鹿みたいな話をして。オレとキーネスと――の三人で。
三人で退治屋をやっていた。
そのことを思い出した瞬間、白昼夢から引き戻された。
ゼノの目の前にいたのは植物の魔物。白い花を下げ、太い蔓を伸ばしている。蔓の先端には棘のついた実。当たったらかなり痛いだろう。ゼノは大剣を構え、後ろにいるシリルを庇いながら、近付いてくる魔物を睨みつけた。
神殿内に入ってどれくらい経っただろう。外に出られなくなってしまったゼノ達は、魔物を倒しながら神殿の奥へ進み、やたらだだ広っい空間へ出たところで、進行方向に大きな穴が開いているのを見つけた。穴は大きい上、その先も瓦礫で埋まっていて先へ進めない。仕方なく別の道がないか探すと、下へ降りる階段のようなものがあったので降りてみた。長い長い階段を下り、ようやくたどり着いたその策には、少し前に通ったばかりの人喰いの森と全く同じ森が広がっていた。
驚いたなんてものではなかった。
森なんてみんな同じように見えるので人喰いの森ではないかもしれないが、それはともかくとして、ここは仮にも神殿の中である。所々草木が生えたりしていたし、森ぐらい出来るかもしれないなとも思ったが、上を見上げてみると、そこにあったのは天井ではなくお日様の輝く雲一つない青空。ここ室内じゃなかったっけ・・・・・・と、一瞬自分の認識力を疑ったくらいだ。シリルと二人して確認し合い、神殿内にいることはやっぱり間違いないということになったが、それにしても何故神殿の中に森があるのだろう。疑問に思いながらもとにかく進み、時折魔物を撃退しながら奥を目指した。
そうして今も、魔物と戦っている。
植物の魔物は、やっかいだが対処できないこともなかった。森の中で適当な枝を見つけて即席の松明を作り火責めを実行したのと、ヤバくなったら即逃げに徹したのがよかったらしい。
襲いかかってきた魔物を倒して、シリルの元に戻る。お守りの効果もあってシリルは今の所怪我もしてない。みんなと合流できたらアルベルトに臥してお礼を言わないとな。いやそもそもあいつどこでこんなお守り手に入れたんだろう、などと思っていると、不安げに周囲を見回していたシリルが口を開いた。
「さっきから誰かいます」
「・・・・・・へ?」
突然の発現にゼノは首を傾げた。誰かいるだって? 神殿に入ってから人なんて見かけてないし、今も自分達以外に人がいる気配はしない。先に来たキーネス達のうちの誰かか? それにしても、こちらに声をかけてくるだろう。
「誰かって誰なんだ? オレは人の気配なんて感じねえけど」
「分かりません。でも、いた気がするんです。ちらっとですけど、戦っているゼノ殿を見ていました」
「いた気がするって――」
「一瞬でよく見えなくて。そこの木立の陰にいたんですけど、今はいません。いたと思った時にはいなくなってて。それから姿は見ていないんですけど、でも気配を感じるんです」
シリルは必死に訴えてくるが、さすがのゼノも信じられない。というより、本心を言うと信じたくない。気配はないのに人がいて、見えた次の瞬間にはいなくなってて、さらには物陰からじっとこっちを見ていたなんて、まるで幽霊みたいではないか。ここは人喰いの森だ。森に喰われて死んだ人の幽霊がいてもおかしくない、かもしれない。そんなことを考えて、ゼノは身を震わせた。
「あれだ。見間違いかもしれねえぜ? 樹がたまたま人影に見えたのかもしれねえし。人だったらオレ達に声ぐらいかけるだろ」
「でも・・・・・・」
「ま、まあでも人だったのかもしれねえな。オレも気を付けてみるよ。さあ! 行こうぜ!」
ゼノは無理に明るい声を作ると、シリルの手を引いて歩き出した。彼女は少し不満そうな顔をしていたが、それ以上何も言わない。
(こんな明るいんだし、幽霊なんて出るわけねえよな。そうだよな)
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ 作家名:紫苑