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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 降り注ぐ木漏れ日を浴びながら、ゼノはそう考える。ひょっとしたら幽霊じゃなくて悪魔だったのかもしれない。特殊体質のシリルのことだから、何かの拍子に悪魔が見えることもあるだろう。悪魔が人型を取るのかどうかは知らないが、もしシリルが見たのが悪魔だとしたら、油断している場合ではない。
 突如として強い風が吹き抜ける。突風は松明の火を大きく揺らし、たくさんの木の葉を運んでくる。乾燥した木の葉が身体に当たって、かさかさと音を立てた。流れていく風は、樹々にぶつかり繁みを揺らし、さらに木の葉を舞い上げて乾いた音を立てている。背後でその音が徐々に大きくなっていく。
 ん? 大きくなって――?
 疑問に思って振り向いた瞬間、ゼノは強い衝撃と共に後ろに吹っ飛ばされるのを感じた。
 空中で一回転して、小さな茂みの中に着地する。尻から落ちたおかげで頭は無事だったが、衝撃と腹部に走る鈍痛に咳き込んだ。
 痛みに耐えて何とか顔を上げると、乾いた音を立てながら枝を伸ばす妖樹が目に入った。枝は太く、なるほどあれで殴られたなら痛いはずだ。先ほどまでとは違う樹の魔物に、ゼノはふらつきながらも大剣を構えて対峙した。
「シリル! どこだ!?」
 立ち上がったところで護衛対象の少女の姿が見えないことに気づき、ゼノは焦った。吹き飛ばされる直前にはすぐそこにいたし、位置からして枝に当たってはいないだろうとは思う。だが、少なくともここから見える位置にシリルはいない。どこかに隠れているならいいが、もしそうでなかったら・・・・・・
 薙ぐように襲ってきた樹の魔物の一撃を避けて、ゼノは大剣を振るう。枝は思いのほかすっぱりと斬れ、どさりと音をたてて地面に転がった。だが、枝一本では大した損害にならないらしい。樹の魔物はまた枝を伸ばしてくる。剣よりも斧の方が効率よさそうだな・・・・・・そう思いつつ、ゼノは周囲を見回して、目的のものがどこへいったのか探し回った。
 それは幸いなことにすぐ近くに転がっていた。それのある場所めがけて走りながら、ゼノは懐を探って必要なものを取り出す。小瓶に入った剣の手入れに使う磨き油。たぶん使えるだろう。油っていうぐらいだし。
 振り下ろされた枝の一撃を避けて、ゼノは小瓶の栓を抜いた。間髪入れず襲ってきた追撃を避けるついでに、手の中の小瓶を投げつける。攻撃を避けた勢いのまま地面に滑り込むように移動して落ちていた松明を拾い上げると、ゼノが樹の魔物めがけてまだ火の消えぬそれを放り投げた。
 松明の火は、狙い通り磨き油が掛かった茂る葉の中へと入りこんだ。油に引火し、葉の一部が勢い良く燃え上がる。そこから周りの葉に、枝に、次々と炎が燃え移って、樹の魔物は苦しそうに身もだえした。
「やったぜ!」
 あの程度では完全に倒すことは出来ないだろうが、少なくとも時間稼ぎにはなる。ゼノは身を翻すと、魔物を無視してシリルの姿を探した。一体どこへいったんだ? 悪い予想が頭をかすめて焦り始めていた時、ゼノの眼がこちらに走ってくるシリルの姿を捉えた。
 ほっとして、ゼノはシリルの方を向いた。おそらく魔物に襲われた時にどこかへ隠れていたのだろう。それも結構遠くに。
 それにしても、シリルはどこか焦っているように見える。なんというか、シリルらしくない豪快な走り方だ。ゼノは腹が痛いぐらいで無事なのにどうしたのだろう。何かあったのだろうか。
 シリルはゼノの前で急停止すると、いきなり手を掴んで掌に何かを押し付けてきた。ゼノが目を白黒させながら掌の物を確認すると、渡されたのは褐色の小さな豆のような物だということが判明する。どこから取って来たのやら、これがなんだというのだろうと思っていると、シリルは非常に険しい表情をして、ゼノにこう言った。
「食べて」
「え?何だよこれ?」
「いいから!」
 詰め寄るシリルには彼女らしからぬ気迫があった。思わずたじろいでしまったくらいだ。ゼノはしばし掌の豆とシリルを交互に見ていたが、食べろという無言の圧力に抗いきれなくてとうとう食べることにした。――何故か、信用してもいいと、そう思ったのだ。
 豆を口に放り込んでもぐもぐと咀嚼する。
「にがっ!?」
 苦い。それも渋味のある苦さだ。思わず吐き出しそうになるが、ぐっとこらえて飲み込む。毒じゃねーよなと思いながら、最後の一欠けらまで飲み下すと、意外にも苦みはすぅっと消えてしまった。
 変化は数秒後に訪れた。
 記憶を思い出した時と同じ、雷に撃たれたような衝撃が走った。頭の中にしつこく残っていた霧が晴れて、渦巻くばかりだった記憶が形を成していく。
 それは、こんな形をしていた。



 あの日、オレ達は小さな町にいた。
 ちょうど一仕事終え、新しい仕事を探していたときだった。女が一人、オレ達に声をかけてきた。
『人喰いの森に棲む魔物を退治してくれないか』
 それがその女の依頼だった。
 オレ達はすぐさま快諾した。女が提示した高価な報酬、そして何より、『腕のいい退治屋にしか任せられない』という言葉に矜持を刺激されたからだった。
 依頼主の女に教えられた通り、オレ達は禁忌の森を越えて人喰いの森へと向かった。人喰いの森の奥には、どこかちぐはぐなことを言う人達が住む集落があった。その集落の奥には、集落の守り神が棲むという神殿があった。依頼主によると、魔物が棲むのはその神殿の中だという。
『ここってたぶん、アスクレピア神殿じゃないかな』
 神殿の中に入った時、仲間の一人がそう言った。
『ミガー建国よりもっと前に作られた物凄く古いものらしいけど、財宝なし魔術的な代物もなし。歴史的に価値あるものも調べ尽くされちゃって、もうほとんど忘れられてるってさ。ミガー西部にあるって聞いてたけど、ここだったとはね』
『元は何だったんだ?』
 そう聞いたのはキーネスだったか。
『確か祭儀場。長らく忘れられた今となっちゃあただの魔物の巣だけどね』
 そう、神殿の中には白い花をつけた植物の魔物がたくさんいた。なかなか手ごわかったけど、オレ達三人の連携の前では敵じゃない。蔓だとか木の根だとか、トゲトゲの実だとか黒い弾丸みたいなのを飛ばすだとか、そんな奴らを倒して、オレ達は神殿の奥まで辿り着いた。
 そこにあったのは、樹々の生い茂る暗い森だった。
 薄紅色の花が咲く半円状の広場。
 思わず見上げてしまうほど大きな樹。
 その根元には赤黒い花弁を持つ巨大な妖花。
 空は不気味な赤紫色に染まり、時折吹き抜ける風が樹々を揺らして、不穏な音色を奏でていく。ここは神殿の中のはずだ。そう疑いたくなるほど室内とは思えない光景だったけど、同時にとても不自然で、かつ禍々しかった。
 これは魔物の力だろうか。そうだとして、肝心の魔物はどこだろう。辺りを見回しても、異様に静かな広場には花と大樹以外何もない。
『あれがそうなのかもな』
 そう言ってキーネスが指差したのはあの巨大な妖花だ。確かに、今のところ動きはないが不気味である。自然と身構えたオレ達の後ろに、突然、植物の魔物が襲い掛かってきた。
 そいつは、白い花をつけたオレより少し低いくらいの背丈の植物だった。
『ダチュラだ! 気を付けな! あれは種に毒があるよ!』
『毒!?』