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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 やや皮肉めいた言い方にシリルはむっとゼノを睨みつけ
「貴族であろうと何であろうと辛い時に互いを思いやり助け合うのは当然のことです」
 とムキになって言い返す。一見冷静なように見えるが、意外と怒りっぽい一面があることを、ゼノはこの一週間の旅で知った。つい反応が面白くてからかってしまう。
「大体お金の使い方も知らないあんたに任せられるわけねーだろ」
「なっ・・・それくらいわかります!」
 意地の悪い笑みにシリルは暑さに上気していた頬をさらに赤くさせた。
「とにかく今は俺が行く。とりあえず影に・・・あのベンチにでも座っとけ」
 広場の隅に涼めそうな場所を見つけてシリルにそれを示す。
「今日は慣れてるオレでもしんどい暑さだからな」
 おそらく否定の言葉を発そうとしたシリルを遮るように言ったゼノは、彼女がしぶしぶベンチへ向かうのを確認してから店の方へ歩き始めた。



 飲食店のある大通りの方へ向かうため、路地裏に入ったゼノは嘆息した。あのお姫様・・・いや御貴族様は少々自分を省みない所があるのだ。先程も無理にでも自分が行こうとしただろう。慣れない暑さのせいで酷い顔色をしていたというのに。
 それにしても、一体何の理由があって逃げ回っているのだろう? 一週間お守りを続けているものの、そのあたりの事情はまったく分からないままだ。聞いても黙って目をそらされるだけだし、推察しようにも情報がなさ過ぎる。普段使わない脳みそを使って思考を巡らせてみたが、何かが分かるはずもなかった。
「・・・っとここはどこだ?」
 どうやら考え事をしていたせいで曲がる所を間違えたらしい。引き返そうとしてふと路地の奥を見ると、目に留まるものがあった。看板だ。それもどことなく見覚えがある。遠くて文字はよく見えないが、色合いというか雰囲気というか。一言で言えばボロいのだが。
 近づいてよく見てみる。薄暗い上、消えかけていて見えにくかったが、そこに書かれているものを見て、思わず口元がほころんだ。そうか。聞いても分からないことなら調べればいいのだ。簡単なことじゃないか。
 ゼノは看板と同じくらいボロい扉をゆっくりと押した。黒くすすけたカウンターに、同じくすすけた茶髪がのっている。どうやら寝ていたらしい。扉の悲鳴に気付いたのか、その人物はのろのろと顔を上げた。
「今日はもう店じまいだ。依頼なら今度に・・・」
 そこで言葉を切って、茶髪の男は二、三度まばたきした。顔から不機嫌さが消え、代わりに驚きが浮かぶ。絶句といっていいほどの驚き方と、それに付随する奇妙な間が訪れた。それから―――男は思いっきり顔をしかめた。
「何だお前か、ゼノ」
「『何だ』とはなんだよキーネス。久しぶりなんだからもっと喜んでも罰は当たらないぜ」
「阿呆か、どこにお前と再会して喜ぶ奴がいる?」
「・・・お前相変わらずだなあ」
 半年ぶりにもかかわらず、いつもと同じ態度の親友に、ゼノはため息をついたのだった。



 キーネス・ターナー。ゼノの幼少の頃からの親友――もとい悪友である。
 同郷かつ家が隣だったというごく単純な理由から仲良くなり、その後何やかやあって二人とも退治屋になり、しばらくコンビで仕事をしていたこともある。キーネス曰く腐れ縁というやつだが、ゼノとしては一番気の合う親友なのだった。――ここ半年、全く会うことはなかったのだが。
「それで、用件は何だ」
 喜ぶかどうかは脇に置いておくとしても、久しぶりに会う親友に対しあまりにそっけない態度にゼノは少しばかりむっとしたが、彼にしては珍しく当初の目的を失念していなかった。半年も音沙汰なしだったことを問い詰めたい気は山々だが、これも大事なことなので忘れないうちに言っておかなかければ。
「早速で悪いんだけど調べてほしいことがあるんだ」
 ゼノは懐から紙を一枚取り出してカウンターに置いた。そこには、二行に渡ってくねくねとした記号が並んでいる。
「こいつのことを調べてほしいんだ。それぐらい楽勝だろ?」
 キーネスは情報収集のプロで、ギルドでも名の知れた情報屋なのだ。普段は退治屋にとって役立つ魔物の動向とか商人たちの動き(街から街への安全な移動には護衛が必須だ)とかを調べて、情報料と引き換えに教えてくれるのだが、それと同時に国家機密を一つ二つつかんでいる、という噂もあるぐらいなのだから、一人の素性を調べるぐらいお手の物だろう。
 しかしそのキーネスはしばらくの間紙とにらめっこしたあと、目を放すとあっさり言った。
「断る」
「はあ!? 何で?」
「何を調べたら良いのか分からんからだ。お前の字は汚すぎて読めん」
「・・・・・・」
「半年前からまったく進歩してないな。いや、半年どころか十年前から大して変わってないか。いっそ見事だな」
「あーあー悪かったよ! 読み上げるからちゃんと書き取っとけ!」
 ゼノはキーネスの手からメモをひったくると、内容を読み上げた。癪なことに、キーネスは書くのが速い割に綺麗な字を書く。
「んで、何日ぐらいかかりそうだ?」
「五千」
「は?」
「情報料だ。後でまとめて払え」
「お前は親友からも金取るのかよ」
「当たり前だ。今日はもう店じまいだといっただろう。そこを融通してやったんだから情報料ぐらい払え。五千くらいなんて事ないだろう」
 キーネスは立ち上がった。
「三日後の夕方にまた来い。おそらくその頃に分かる」
 それだけ言うと、キーネスは紙を手にして、入り口とは反対側の扉からさっさと出て行こうとした。
「待てよ!」
 前方を歩いていたキーネスの足がピタリと止まる。その動作は、まるでゼノに呼び止められることを予想していたかのように静かなものだった。
「何だ。俺は忙しいんだが」
「あのなぁ、半年ぶりに会った親友の話ぐらい聞いてくれてもいいだろ」
 腐れ縁の間違いだろう、といういつもの軽口は聞き流し、ゼノは珍しく真面目な表情を作る。シリアスは苦手なのだが重要なことだから致し方ない。
「もう一度・・・退治屋に戻る気はねーのか」
 静かにそう言うと、キーネスはわずかに表情を変えた。しかし返事はない。それどころか、何か後ろ暗い事でもあるかのように、すっと視線をそらした。
 おいおい。親友の質問に対してその態度はないだろう。なにせこれは大事なことなのだ。少なくともゼノにとっては。
「昔みてぇによ、オレと組んで毎日バカやって・・・そんな暮らしには戻れねぇのかよ」
「戻れない」
 かぶせるようにキーネスが言い放つ。思いのほか強い口調にゼノは目を見開いた。だが、
(戻れない・・・?)
 眉根を寄せたゼノの表情を読み取り、キーネスは苦虫を噛み潰したような顔で言葉を続けた。
「・・・戻るつもりはない。何度も言っているだろう。俺の本業は情報屋だと。退治屋はその方が都合がよかったからやっていただけだ。都合が悪くなったらやめた。それだけだ」
「情報屋の方が本業だってのは分かってるよ。けど、だったら何で半年前何も言わずに出てっちまったんだよ!!」
 ゼノは爆発したように怒鳴った。それでもキーネスは動じることなく感情のない瞳でじっとゼノを見つめている。その態度がさらにゼノを苛立たせた。