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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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「・・・理由ぐらい、言ってくれたって良かっただろ! ずっと一緒に組んできたじゃねえか! それともそんなにオレの事が信用できなかったのかよ!!」
「違う!」
 けれど装っていた冷静さもあっけなく剥がれ落ちる。しぼり出すように吐き出したキーネスの一言があまりにも苦しそうだったので、ゼノは思わず言葉を詰まらせた。
「・・・悪ィ」
 気まずそうに視線をそらす。しばらく二人とも押し黙ったまま、その場に立ち尽くした。やがてその沈黙を破ったのはキーネスだった。
「・・・お前のことは信頼している。それは今も昔も変わらない」
 ゼノははっとしたようにキーネスの顔を見た。
「けれど今は多くを語れない。・・・勝手な事ばかりですまん」
 不器用な男の不器用な謝罪にどうして良いか分からなくなった。そして今までの空気の重さを吹っ切るように、強くキーネスの肩を叩く。
「そっかそっか! 悪かった! なんか勝手にキレちまってよ。困るよな。お前にも何かワケがあるんだよな!」
 ぽんぽんと何度もリズミカルに叩く。心の内の疑念を一つ一つ追い出すように。
「いつかちゃんと教えてくれよな! てか気が向いたらマジで戻って来い! ・・・気長に待ってっからさ」
 キーネスの瞳が戸惑うように揺れる。そして何かを話そうと口を開きかけた瞬間。
 ドオォォォン
 突如激しい轟音が二人の耳をつんざいた。
「な・・・なんだ一体!!」
 急いで外に出ると、大勢の人間がこちらへ押し寄せてきた。そのうち一人をキーネスが捕まえて話を聞こうとする。
「何があった!?」
「ま・・魔物が・・・広場に何体も魔物が現れて・・・」
 衝撃的な言葉に、二人はぎょっと目をむいた。――魔物!?
「急に空から降ってきやがったんだ! 今、女の子が一人で何とかくい止めてて・・・」
「女の子? 退治屋か?」
「いや、こぎれいな身なりの金髪の子だ。いくらなんでも退治屋じゃない。持ってるのも護身用の小さな剣だったし・・・」
 嫌な予感がはしる。まさか。そんなまさか。正気の沙汰じゃないと思いつつも、ゼノははじかれたように広場へ走り出した。
「お・・・おい待て! 早まるなゼノ!」
 キーネスの呼び止める声もまるで耳に入らなかった。走っている間にも後悔の念が胸の内でじわじわと溢れ出す。
 何をやってるんだ自分は。アイツやキーネスの事を勝手に疑って探ろうとして。あのまま何も余計なことをせずに早くアイツの元へ帰っていればこんなことにはならずにすんだのに。
(オレは・・・大バカ野郎だ・・・!!)
 ゼノは強く歯噛みした。
 頼むから無事でいてくれ。
(シリル・・・!!)



 先程まで陽炎に揺れていた広場は、文字通り降ってわいた魔物で溢れかえっていた。
 その数、数十匹。一人で相手をするには少しばかり多い。
 しかし、頭のほうはあまりよろしくないらしい魔物の気をそらせて街の人を誘導し、ようやく広場に残るのはシリル一人となったのだった。後はシリルがこの場から脱出するのみである。
 とはいえ、事はそう上手く運ぶものでもなく、魔物たちの目は爛々と光り、逃がしはしない、という意志が読み取れた。今までのように簡単には逃がしてはくれないだろう。
 そう考えた時点で、シリルは内心激しく後悔していた。
 そもそもやむなく男装しているとはいえ、貴族の娘という立場だったシリルである。剣術を習うどころか禁止されていた身、何とか頼み込んで兄に教えてもらったのは、剣術の基礎知識だけだった。
――ああ、あの時もっと兄上に頼み込んでいれば・・・
 教師には向いていない兄による短い時間での訓練では、さしたる成果は上げられなかったかもしれない。でも人生なにがあるかわからないから、役に立ちそうなものは無理にでも習得しておくべきだった。
 思う間に刃を交えていたシリルはぎこちない動作で狼にも似たその魔物の爪をはじき返し、流れるように背後から迫った爪を防ぐ。なお、ゼノがこの場にいたら基礎知識だけの割に上手いなおい、と感心したことだろう。しかし、自分にほど近い大きさの魔物の攻撃に今度ばかりは耐え切れず、吹き飛ばされて地面へと叩きつけられた。
――殺される!!
 反射的に頭をかばったがこの程度の事で防ぎきれるはずがない。勝ち誇ったような魔物の咆哮を耳にし、シリルは死を覚悟した。が――
「うりゃあっ!」
 気合の入った声と共に振るわれた大剣が、魔物の首を切り飛ばした。断末魔の叫び声をあげる暇もない。魔物はいまやただの肉塊と化し、地面に転がった。お世辞にも綺麗とはいえない切断面から濁った血が溢れ出て地面を汚していく。血がシリルの近くにも飛び散ったが、そんなことは気にならなかった。
 魔物の数はまだまだ多い。その只中にいるにもかかわらず、シリルは安堵が広がっていくのを感じていた。大丈夫。彼なら任せられる。
 ゼノ・ラシュディがそこにいた。



「何なんだよこの魔物の数は・・・」
 まるで魔物のびっくり市だ。砂漠狼(デザートウルフ)に始まり、犬並のサイズのサソリ、腕ぐらいの太さがある蛇、毒々しい色合いのトカゲとこの近辺に生息する生き物がほとんどそろっている。しかも、ありえない大きさで。
「それにしても・・・おい、シリル!」
「は、はいっ」
「後でゆっくり説教してやるから覚悟しとけよ?」
「・・・はい」
 これだけの数の魔物を素人が一人で相手するなど狂気の沙汰だ。シリルには後でたっぷり反省してもらうことにしよう。
 その前に、魔物をどうにかするのが先だが。
「そこを動くなよ!」
 大剣を構えたゼノは飛び掛ってきた狼を叩き切り、そのままサソリを両断した。蛇の鋭い牙をかわし、トカゲと一緒に切り伏せる。足元の砂を蹴り上げて、右から迫ってきた狼の顔面に叩きつけてやると、細かくとがった砂を目に食らって狼が一瞬怯んだ。その隙をついてそいつの眉間に剣を沈める。
 剣を引き抜くと紫色の体液が脳漿と一緒に飛び散った。うげ、と思いつつも、汚れなんぞにいちいち構っていられない。
「おりゃあ!」
 気合を込めて剣を薙ぐと飛びかかってきた魔物が三体、一気に斬り裂かれて地面に落ちる。だが、止めを刺すには至らない。起き上ってきた一匹を剣の腹でぶっ叩いて打ち返すと、別の魔物を巻き込んで吹き飛んでいった。さらに、横から来たもう一匹の鋭い爪をギリギリのところで避けて、無防備な首を斬り落とす。
派手に、豪快に、一匹残さず仕留めていく。
そうして最後の一匹が四肢をひくつかせながら地面に転がったのは、太陽も半ば沈みかけた頃だった。
「・・・あちー」
 額に浮かぶ汗を拭う。夕方とはいえ砂漠の街。暑さが尋常ではない。普段はなんてことないのだが、今日ばかりは暑くてやってられなかった。
 それでも、生き残りに気付けなかったのは明らかに失策だった。
「危ない!」
 シリルの悲鳴のような声が響く。サソリの尾が振り上げられたのを見て、ゼノは身をかわそうとした。しかし――
 ブスリ、という音がして辺りに液体が飛び散る。それを見て、ゼノの目が苦痛ではなく驚きで見開かれた。
「あ・・・ゼノ殿、大丈夫ですか・・・?」