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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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「いや誤魔化さなくていいって。オレはリスエールって奴に依頼されてあんたを助けに来たんだよ。ほら、これがその証拠」
 先程リスに渡された白い封書を差し出すと、シリルは首を傾げながらそれを受け取った。急いで封を破り中の手紙を見た彼女は、はっとしたような表情をしてから顔をあげた。
「分かりました。あなたがわたしを助けてくれるんですね。では、よろしくお願いします」
「オレが言うのも何だけど、そんなあっさり信用していいのか・・・?」
 いかに証拠の手紙があるからって、見ず知らずの人物をほいほい信用するのは不用心すぎるだろう。カーテンか何かを繋いだだけの軟弱な紐で四階の窓から脱出する度胸があるとはいえ、非力な女の子な訳だし――
「そういやその恰好はなんなんだ? 変装か?」
 思わずそう呟くと、シリルは少し得意げに答えた。
「人は見た目に騙されるものです。一般市民でさらに男ならさすがに一瞬で見破られることもないでしょう。――あの、ちゃんと男に見えますよね?」
 開いた口がふさがらないとはこのことを言うのだろうか。格好だけは完全に少年だし髪形もまた然りだが、顔つきと声が完全に女の子なので全然隠せていない。どこからどう見ても男の子の服を来た女の子である。まあお嬢様らしいので、この程度の変装が精いっぱいなのだろうが――
「誰だ?・・・あれは!? おい! 不審な人物を発見した!!」
 ふいに頭上から声が降ってきた。見上げると、四階の窓から騎士と思しき人物がこちらを見ている。どうやらぐずぐずしている間に見つかってしまったらしい。
「やべぇな。姿を見られちまった。おい! さっさと逃げるぞ!」
「は、はい!」
 シリルの手を引いて、足早に裏庭を離れる。草木をかき分け、例の抜け穴を探していると、どれだけ大きな声を出しているのやら、騎士達のやり取りが聞こえてきた。
「裏庭に不審人物二名! 男と少年が一名ずつだ!」
 ん? 男と少年?
「大変だ!! シリル様がいらっしゃらない!!」
「なんだと!? まさかあの不審者二人が逃がしたのか!?」
「奴らが誘拐したのかもしれん! 必ず捕えろ!」
(えええええ!?)
 騎士達の発言に思わずずっこけそうになった。そりゃ遠目に見れば間違えるかもしれないが、まさか気付かないとは・・・・・・
「・・・本当に分からないなんて・・・変装ってすごい」
 シリルはと言えば、至極感動したかのようにそう呟いた。キラキラと目を輝かせるその姿は好奇心に満ち溢れている。どうやら囚われのお姫様はとんだ冒険家だったらしい。
「呑気に言ってる場合じゃないだろ! 走るぞ!!」
 シリルを脇に抱え、ゼノは大急ぎで走り出した。案の定、教会の騎士達が何事か叫び、追いかけてこようとする。やべーよ捕まったら大変なことになる!と必死に走り、抜け穴のある繁みに飛び込んだ瞬間、驚いたことに教会の方で何かが爆発するような音がした。ついでに焦げ臭いにおいも漂ってくる。
「大変だ! 倉庫で火事が起こってる!」
「ま、まずいぞ! 酒樽に火が!」
 騎士の慌てる声に交じって爆発音が数回。酒樽と言っていたから儀式用の葡萄酒だろうか。派手に燃えているらしく、騎士達は火を消せだのいや避難が先だだの言って右往左往している。なんだかわからないがこれはチャンスとばかり、ゼノは穴をくぐり全力で教会を後にした。
 かくして、ゼノの受難の日々は始まったのだった。



 いつから自分は子供の守役になったんだろうか、とゼノは思わずにはいられなかった。
 つい数日前までは魔物退治に明け暮れて“退治屋らしい”生活を送っていたというのに、どこをどう間違ったのかいつの間にやら護衛と言う名のお守役だ。それもこちらから見た場合であって、教会側からすれば謎の誘拐犯といった所だろう。そのうち手配書が回り始めるかもしれない。
 一方、今回の騒動の原因はといえば、謎の誘拐犯にさらわれたとは思えない明るさで楽しそうにおしゃべりしているのであった。リリックの街を出る道すがらでさえ、店頭に並ぶ商品を指差して、「あれは何ですか?」と目を輝かせて聞いてきて、仕方なしに説明してやると喜ぶものだから、断りづらくてしょうがない。もっともあまりに質問が多いので途中から無視したし、そもそも説明も投げやりでかなり適当なことを言ってはいたのだが。
 悩み事はそれだけではない。格好こそ少年のものにしろ(本人は変装だと言い張っているが)シリルはどこからどう見ても女の子だし物腰も間違いなく女の子のものである。それも、かなりしとやかで上品な。実家の都合でゼノは子守には慣れているが、シリルは今まで扱ったことのない部類の少女であった。普段弟妹たちとやるどつき合いのような接し方が出来ない上に、依頼主であるリスからのお達しで丁重な扱いに努めなければならない。決して気の利く性格とは言えないゼノにとって、相当気を使わなければならない仕事であった。
「いやそれにしてもよ・・・いつまでこんなことを続けてりゃいいんだ・・・?」
 中央広場の噴水に腰掛けながらゼノはうめいた。
 リリックの街を出たゼノとシリルは船を使ってミガー王国へとやってきた。ゼノにとっては所用で訪れていた隣国から祖国に戻ったということになるが、何も家に帰りたかったからそうしたのではなく、これもリスのお達しだからである。
 彼女に渡された封書の中身はこうであった。
『一、救出作戦後、すぐにミガー王国へ渡航すること』
『二、救出対象に無体を働ないのはもちろんのこと、出来る限り丁重に扱うこと』
『三、救出対象から目を離さないこと』
『四、途中で放り出したりしないこと』
『五、救出対象に無理をさせないこと』
 と、こんな感じの注意書きが延々と並んだ末、
『八十五、救出対象が何を言っても絶対に家に帰さないこと』
 その記述を最後に八十五にも及ぶ注意事項は締めくくられていた。リスの思惑は皆目分からないか、このシリルという少女は並々ならぬ事情を抱えているようであった。
 家には戻れない。行くあてもない。どんな理由があるのかは知らないが教会に追われている。明らかに得体の知れない少女を見捨てる冷酷さもなく、かといって彼女をかくまってやれるほどの力も財力もない。中途半端な状況のまま、ゼノは半ば流されるように護衛(お守り)を続けていた。
 そんな日々が続いて早一週間。現在はミガー王国の街ザウンにやってきている。お日様カンカン照り。空気は絶賛乾燥中。火女神イリフレアの恩恵を受けたこの国(の一部地域)が暑いのはいつものことだし、地元だけあってちょっとやそっとの暑さでは動じないゼノだが、今日はなんだか一段と暑い気がする。このうだるような暑さは恩恵ではなくむしろ呪いだろう。何か人類に恨みでもあんのかコラ。
「ゼノ殿はゆっくり休んでいてください。わたしが買ってきます」
 シリルは気遣うように立ち上がり行った。そういえば、ここまで彼女は一度も弱音を吐いたことがない。責任感が強いのか、自分のせいでこんな目にあわせていると気負っている部分もあるのだろう。ゼノは軽い口調でシリルの申し出を断った。
「いいよいいよ。御貴族様をパシらせるわけにはいかねーだろ。そこ座ってろよ」