Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ
まぁ、この頃は『無償の愛』もどこへやら、お布施と称して金をとる教会も少なくないので注意が必要だが。
「それは無理です。シリルさんは教会にさらわれたんですから」
「はぁ!?」
いわれてみれば、向かう先にあるのは蔦の張った塀、つまり教会がある。しかしいくら教会が腐敗し始めていようと、民間人の少女をさらうなんて事はあり得ない筈だ。そこまで考えた所でゼノの脳裏に一つの考えが浮かび上がる。
「――お前、なんでこんな小さな町にいる?」
その言葉にリスは歩みを止めず答えた。
「巡礼の旅の途中なんです」
「貴族が護衛も付けずにか? それも無駄に位の高い」
ぴたり、とリスが足を止めた。それはゼノの推察が正しいことを意味している。彼女はくるりと振り返ると、まっすぐにこちらを見つめた。
「どうしてそうお思いになるんです?」
「そりゃその派手な格好のこともあるんだけど、すぐ分かったのは喋り方だな。おまえ、変わった喋り方するから」
口調が、ではない。発音だ。綺麗で丁寧で、一語一語はっきり喋る。まるでお手本みたいな喋り方をするのは育ちのいい証だと聞いたことがあったのだ。根拠はそれと雰囲気くらいで、『無駄に位が高い』というのはあてずっぽうだったのだが、どうやら当たりだったらしい。
にしても、その位の高い貴族様が教会に捕まるということは、
「家出してきたところを保護されたってとこか?」
真っ先に思い浮かんだそれを口にする。憶測にすぎないが、そういうことじゃないかという気がしてきた。こんな子供が退治屋に深刻な依頼することなんてそうあるはずないのだ。まあ、だとしたらこのままだと家出の手伝いをすることになってしまうが――
しかし、ことはそう牧歌的なものではないらしい。
「違います」
ゼノの憶測をばっさりと斬り捨てて、リスは再び歩き出す。その背には有無を言わさぬ雰囲気があった。
「家出だったらまだマシです。シリルさんは・・・シリルさんは・・・」
リスが立ち止まる。塀に寄り添うように立っていた木の陰には見事な穴が開いていた。
「シリルさんは黙って家出して私を心配させる人じゃありません。嘘をつくのが苦手で、周りを悲しませることを嫌う優しい人ですから。だから――」
その様子は、とても『家出を手伝ってくれというような大したことのない依頼』という雰囲気ではなかった。とても重要で、大切で、深刻な問題なのだと、彼女の後姿が物語っていた。
「教会はシリルさんを無理やり攫って軟禁したんです。理由は分かりませんが、ロクなことじゃないのは分かります。まっとうな理由だったらこそこそ誘拐したりしません。堂々と要件を言えばいいんです」
静かに怒りをたぎらせながら語るリス。確かに、教会はアルヴィアでは絶対的な権力を持つ機関だ。貴族が相手だろうと、たいていのことは押し通してしまえるくらいの力はあるだろう。それなのにそうしないということは、よほど後ろ暗い理由があってもおかしくない。
しかしこの分だと、教会に侵入してそのシリルって子を連れ出さなければならないのではないのだろうか。それって間違いなく『教会に目をつけられるような派手なこと』である。危険な橋は渡りたくない、けど――。
「・・・・・・わーったよ。じゃあそのシリルって奴を救出しに行くか」
直接的な被害を受けたわけではないけれど、ミガー人であるゼノに教会に対して良いイメージはない。それに女の子が攫われいるというのなら、そっちに味方したくなるというものである。
「ゼノさん・・・・・・」
リスエールはほっとしたようにそう呟く。彼女は今まで見せなかった優しい微笑みを見せて――すぐにあのしたたかな笑顔に変えた。
「では、まずここから入ってまっすぐ進んでくださいね。そうすると正面に建物が見えてきます。四階の右から5つ目がシリルさんが閉じ込められている部屋です。見張りがいると思うので見つからないように注意してくださいね。救出した後はここに書かれている通りの場所に移動してください。もう一通はシリルさんに」
言うなりリスは懐から白い封書を二通取り出してゼノの手に握らせた。真っ白な封書と微笑むリスの顔を交互に見ていると、彼女は、
「じゃ、後はよろしくお願いします」
と手を振って去っていこうとするので、ゼノは壮大にずっこけそうになった。
「おい! おまえどこに行くんだよ!?」
「私こう見えても忙しい身なんです。そろそろ行かないと次の予定に遅れます」
「次の予定!? オレはてっきりおまえも救出作戦について来ると思ったんだけど!?」
「いくら他に手がないからと言ってどこの馬の骨とも知らぬ輩にシリルさんを預けるのは心配ですしついていきたいのは山々ですが、この後の予定は絶対にはずせないものなんです。という訳でよろしくお願いします。それともう少し静かにした方がよいのではないですか? 救出作戦を始める前に捕まってしまっては何の意味もありません」
「・・・おまえ、ものを頼む割には酷い言い草だな」
「そうですか? 普通だと思いますが」
不思議そうに首を傾げるリスに、ゼノは深々とため息をつく。全く素性が知れないのはお互い様なのに“どこの馬の骨とも知らぬ輩”は酷いのではないだろうか。ゼノとしても『お貴族様である』という以外なにも知らない相手を助けなければならないのに。
しかしながら、ぐだぐだ言っても仕方ないしリスが無言で速くしろと言って来るので、素直に木陰の塀の穴へと向かう。ギリギリ通れるか通れないかの穴の様子を伺ってから、穴の中へと歩を進めた。
こんな辺境の街に悪魔祓い師や腕の立つ騎士がいるわけでもないし、連れ出すことに問題はない。自分の腕にそれぐらいの自信はある。だが、本当に保護されているだけだとすれば連れ出した途端こちらこそが誘拐犯だ。
それが分かっていてもほってはおけない自分にため息をつきたくなった。
教会の庭はさすがというか綺麗に整えられていた。自然のまま自由に伸びさせているようで、しっかりと清潔感を保っている。しかし、ゼノは目の端にふと違和感を覚えた。
(――布の切れ端?)
目茶苦茶に繋ぎ合わされた紐をたどっていくと上に続いていることが分かる。そして見えたのは紐から手を滑らせた少年だった。ふわりと帽子が宙を舞う。全力で走っても間に合うかどうか・・・思った瞬間には走り出していた。
微妙な距離、手を伸ばす――体を滑り込ませて見えたのはまじりっけなしの金髪だった。
「――っ。大丈夫かよ、」
そう腕の中を見て言いかけて目を見張る。何で少年だと思ったんだろう、と。
「あ、あぁ。すみません」
固まっていると、その人物は慌ててゼノの上からおり、落ちた帽子を叩き始めた。そのさまをゼノはマジマジと見る。
ストレートの切りそろえられた金髪に、小綺麗ではあるが茶色のベストにズボンと服装はどこかで郵便配達でもしていそうな少年だ。だが、その顔をよくよく見ると、
「・・・女の子? まさか、あんたがシリルか?」
「はい。私がシリルです――って、ち、違います! 僕は男です! 名前はローランド・・・」
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ 作家名:紫苑