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(続)湯西川にて 26~30

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(続)湯西川にて (29)しばしの中座

 「相すいません。
 みなさまの再出発のお祝いに、僭越ながらわたくしが
 おひとつ得意とする舞いなどをご披露して、宴席に、華を
 添えたいと思います。
 しばし、準備のためにお時間などを頂きまして、これより
 身支度などを整えたいと存じます。
 さきさん。御手数ですが、少しばかりお手伝いをお願いできますか」


 「なんと。われらのために、舞いを踊ってくれるとな。
 それはまた、なによりの申し出、まことにもってありがたい話である!
 さき。急いで身支度などを、手伝ってやるがよい」


 「またまた殿方様はいつもながらに、早急すぎて、お気の早い事を。
 おなごと言うものは、昔より、常に支度にはたいそう
 手間取るのが相場にございます。
 身支度を整え、こころの準備をいたし、お化粧などを施すために、
 小一時間ほど中座をしたいと思います。
 艶やかになって再び戻ってまいりますので、それまでのしばしの間、
 皆様方でおくつろぎのほど、よろしくにお願いを申します」


 「それでは早速に、身支度などにかかります」と 清子が、丁寧に
頭をひとつ下げてから、さきに目くばせを送りさっさと
立ちあがってしまいます。
男たちの期待を含んだ熱い視線に見送られて廊下へ出た清子は、もう一度、
白い顔に笑みを浮かべてから、きわめて妖艶に振り返ります。


 「折角の、仲直りの場となった本日の皆様の門出の宴。
 女二人が消えて居なくなったとたんに、
 またまた元のもくあみ状態などに戻り、
 悪口の交換やら、ケンカ腰などにはいたりませぬよう、くれぐれも
 お願いなどを重ねて申しあげます。
 では、ゆるりと身支度をしてまいりますので、まずは、
 ひと時、ごきげんよろしゅう」


 「わかった、わかった。よく分かっておる。
 男同士で、仲良く酒などを酌み交わしておるから、
 お前さまは、自慢の女っぷりに一層の磨きをかけて戻ってきてくれ。
 何か必要なものが有れば、すべてを、さきに言いつけるがよい。
 さき。一切の手助けごとを頼んだぞ」

 
 「ハイ」と答える声と共に清子とさきが、さっそうと
奥の座敷を離れていきます。
「身仕度は、どちらでなさいましょうか」と振り返るさきに、
清子が首をゆっくりと横に振り、
「・・・まずは無言にて、このままに」と、唇に指を一本立てて見せます。


 「万が一ということもございます。
 こちらのお屋敷の中で、男たちが足を踏み入れてこない、
 絶対に安全な場所と言えば、
 さきさん、あなたが使っておられるお部屋だけでしょう。
 そちらへ、まずは籠りましょう」


 奥座敷の気配をもう一度見届けてから、清子がさちの部屋へ入ります。
小奇麗に片付いている室内には、片隅にベッドと机が置かれ、
本棚には海洋学の専門書と簿記や収支決算などのためのガイドブックといった書籍ばかりが目立ちます。


 (ぬいぐるみやら、ピンク色の小物やら、お嬢さま育ちだというのに、
 このお部屋からは、年頃の娘さんの色香がまったく見当たりません・・・・
 なるほど。やはり見かけ以上に、芯はしっかりとされた娘さんのようです)


 「まずは座りましょう」

 清子が先に、さきのベッドへ腰をおろしてしまいます。
事態がまだ飲み込めず当惑顔をしたまま立ちすくんでいるさきへ、
どうぞこちらへ、私のお隣へと、清子が笑顔で招き寄せます。


 「身支度をするなどと言うのは、時間稼ぎだけの、
 ただの口からの出まかせです。
 男たちもあの様子では、1時間くらいは放っておいても
 なんの問題も無いでしょう。
 時間をつくった本来の目的は、さきさん。
 あなたの本心を、まずは、しっかりと聞いておきたいからに他なりません。
 あなた自身の覚悟のほどを、しっかりとお伺いしたいと思います。
 岡本さんからは、すでに一通りの事情についてはお伺いいたしました。
 ですがこの後において肝心となるのは、やはりあなたご自身の決意の
 ほどだと思います。
 知っていらっしゃる通り、岡本さんは極道に生きるのひとりです。
 ましてや、将来が期待をされている幹部候補の一人です。
 組織の中枢ともしっかりと結びつきが出来ているゆえ、
 足を洗うことはできず、間違っても、堅気の生活には戻れないだろうと
 思います。
 私の目から見ても、あなたはしっかりとされた女性だと思います。
 しかしながらお嬢様育ちのあなたには、予想もつかない世界というものが、
 仁義やしのぎに日々命をかける、任侠や極道に生きる男たちの世界です。
 あなたの覚悟は、大丈夫ですか?
 これからあなたと岡本さんが生きていく世界は、
 中途半端な世界ではないことに、素人のあなたでも
 すでに気がついていると思います。
 それでもあなたは自信を持って、岡本さんに着いていくことができますか?
 私はあなたの、その本心だけが、お聞きしたいのです」


 さきが突然の展開に、目を白黒とさせています。


 「人が人を好きになることに、理屈などはいりません。
 現に、この私もそうでした。
 それどころか、あとさきなどのことは一切考えず、私は20歳の時に
 子供を身ごもり、相手のひとには内緒のままで、
 3年前に、女の子を産んでしまいました。
 その事実さえ、いまだに相手の方には内緒のままです」


 「まさか。それはもしかしたら・・・・
 俊彦さんのお子さんですか?」

 「さすがにあなたは、察しがいい。
 その通りです。でもこれは誰にも内緒の話です。
 すべて内密にて、あなたと私の二人だけの秘密ということで
 お願いをいたします。
 15歳の時に、華やかな衣装と妖艶なお化粧などに心を惹かれて、
 本能に誘われるようにして、右も左もわからないうちに、
 私は花柳界へ飛び込みました。
 もう、あれから、10年が経とうとしていますが、
 男はいまだに俊彦の一人だけです。
 それもまた、私が好きで選んで生きてきた、私の人生です。
 あなたが、なにがあろうとも極道の岡本さんと添い遂げたいと
 言うのであれば私は全力で、あなたのことを支えます。
 どうですか。本心だけを私に、聞かせてください。
 今でもあなたは本気ですか」


 「本気です。後戻りをするつもりは一切ありません」


 「解りました。
 あなたから、そのひとことだけをお聞きしたかったのです。
 あとは任せてくださいな。
 必ず、あの男たちを、心底ぎゃふんと言わせてみせましょう」