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(続)湯西川にて 26~30

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(続)湯西川にて (30)女が芸者に変わる時



 その後の30分余りを清子とさきは、部屋にこもったまま、
他愛もない会話を交わしながら、ただただのんびりと時間を過ごします。


 「焦らせるのは、おなごの特権です。
 覚えておきたい、駆け引きのひとつです。
 男たちはおしなべてせっかちです。
 やたらと結論を急いでは、愛なども欲しがりますが、それでいながら、
 感謝することなどを身につけておりません。
 奥座敷から大音響などが聞こえてこないところを見ると、彼らも腹を決めて
 お酒を呑み始めているようです。
 必要以上に焦らせても、勝機を逸する場合もございます。
 このあたりの空気を読むというか、駆け引きには微妙なものがありまして、
 焦らしすぎるのも、のちのちの火種などになってしまいます。
 それでは、そろそろ頃愛とまいりましょうか。
 すこしだけ手伝ってくださいな、これより身支度をいたします。
 ここままでは、24歳のどこにでもいる普通の女ですが、これよりさきは、
 常にお客様と、一夜限りの真剣勝負をする、湯西川の芸者、
 清香に変わります」


 清子が浴衣の襟を抜いて、輝くほどの白いうなじをむき出しにします。
芸者と言えば、白塗りのお化粧がその一番の特徴です。


 「今日は旅先ですので、軽い白塗りのお化粧程度ですませましょう。
 皆さまは、芸者は顔一面を白一色のみで、真っ白に塗っていると
 勘違いなどをされておりますが実は、下地にうっすらと
 紅などを用いています。
 隠し技のひとつとして、主に目の周囲と、頬の辺りに
 ほんおりと紅を使います。
 さきさん。なぜだか理由がお分かりですか?」


 「うなじの部分に塗り残しの部分を作り、地肌を見せるという方法などは
 知っておりますが、目と頬の部分に、紅を入れるという
 理由については解りません」

 「女性の顔が、上気した様に見える一瞬が有ります。
 この、ちょっと上気した時の顔色の様子が、女の人をより綺麗に
 見せるそうです。
 お猿さんの顔も「発情期」に入ると、いつもより赤くなります。
 でも芸者の場合、見た目に「発情」しすぎてはいけませんので、
 あくまでも、ほんのりと上気したくらいの感じに紅を抑えます。
 世間さまでも、よく言われているでしょう・・・・
 『あ、あの子、好きな人でもできたんと違う? 最近、ちょっと、
 きれいになったもの・・・・。』なんて、ねぇ。うふふ、
 さきさんにも、心あたりが有ると思います。
 芸者のお化粧も、実は、このあたりの雰囲気などを狙っています」


 お化粧中の清子を残して、さきが駐車場のクラウンへと走ります。
言われた通りにトランクを開けると、大きなバッグと共に、
絹張りの傘も取り出します。
(演目用に使う傘だと思うけど、通常の日傘などよりも一回り以上も大
きいわ)荷物を抱えて部屋へ戻ると、清子はすでに白塗りの
お化粧を終えています。


 するりと浴衣を脱ぎ落とした清子が、バッグの中から
絹張りの傘と同じ光沢を持つ着物、純白の衣装を取り出します。
帯が現れ、長襦袢、肌着、足袋、伊達じめ、腰紐、帯板、帯枕などが
次々と、さちのベッドの上に取り出されます。


 一通り準備が整ったところで、清子が長襦袢を脱ぎ始めました。
続いてその下の肌襦袢も脱ぎ、やがて、生まれた時のままの
姿になってしまいます。


 「本来ですと、お風呂に入り、身を清めてから身支度などをはじめます。
 お座敷においては、失礼が有ってはなりません。
 常に身を清め、その日の仕事に臨むと言うのが、花柳界の
 長年のしきたりです。
 最近では着物の下に、ブラジャーやパンティなどの下着を付けている
 芸者さんなどもおるようですが、私は修行を始めた15歳の時から、
 こうして着物を着用してまいりました」


 さきの目の前で、まばゆいほどの湯西川芸者が完成をしていきます。
肌襦袢を羽織り、下には裾よけと呼ばれる下着を巻き付けます。
女性特有の体型の凹凸を隠すために、主にウエストと胸の部分を中心に
補正を入れます。
お尻の部分などにも、やはり補正が必要となります。
補正着なども市販で売っていますが、多く場合タオルなどで代用をします。


 補正を済ませたのちに、長襦袢に袖を通します。
長襦袢には半衿が付いています。
半衿は、着物を着るためには重要なものであり、肌に近いので首周りや
胸元などが汚れます。
汚れたら半衿だけを取って洗うことができるので、ほとんどの場合において
半衿なしで着物を着るということはありません。


 清子が、光沢のある白い着物を手にします。
ふわりと羽織ると裾の位置を決め、腰紐で締めてから上半身の形を
素早く整えて、「おはしょり」などを作ります。
仕上げに清子が、漆黒の深みが冴える名古屋帯を取り上げます。


 「帯を締めれば出来上がりです。
 殿方たちも、すっかりとしびれを切らしていることでしょう。
 ここから先のお座敷は、女と男の、やり直しのきかない
 真剣勝負の舞台です。
 舞いにこめた私の情念と言い分が伝われば、さきさんと私の勝ち。
 しくじれば、『所詮は浅はかな女』と、男たちには笑い物にされた挙句の
 負けいくさと相成ります。
 ゆえに清香は、一度のチャンスにすべてをかけて
 磨き上げてきた長年の舞いを、今夜も、力の限りに演じてまいります。
 本日の演目は、恋に捨てられた女の情念の深さと哀れさを、
 雪の静けさと共垣間見せる、私の18番(おはこ)、地唄舞の『雪』です。
 さて、今夜も・・・・
 男どもを、食うことが出来るのか、それとも食われてしまうのか・・・・
 湯西川の芸者が、女の底意地と執念を込めて、
 男たちに、おなごの素晴らしさというものを、
 堪能させたいと思います」

 
(31)へ、つづく