小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

怨時空

INDEX|9ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 

「今までの苦労をふいにしろって言うのか。俺達とは縁もゆかりもない犯罪者と同じ牢獄に入れって言うのか。俺は厭だ。俺はそんな奴等と一緒になるなんて絶対に厭だ」
「だってしょうがないだろう。俺達は犯罪を犯してしまったんだ」
「捨てよう。死体を捨てるんだ。幸い彼女をホテルで見た人間はいない。俺達が彼女を殺害したなんて誰も想像だにしないだろう。ここから少し距離はあるが、自殺の名所となっている崖がある。その崖の上から海に放り込むんだ」
 そう言って、中条を睨んだ。中条は目の玉をぎょろぎょろとさせ、うろたえた。桜庭が声を押し殺して言った。
「ここが正念場だ。ここで決断を誤れば、俺達の人生は台無しだ。冷静になれ、冷静になるんだ。誰も見ていないって」
中条はめそめそと泣き出した。深くため息をつき、桜庭が諭すように言った。
「中条、お袋さんのコネでようやく就職が決まったんだろう。お母さんも、喜んで泣いていたって言ってたじゃないか。女手一つで大学まで出してくれた、お母さんのことも少しは考えろ」
そして、桜庭は低いドスの効いた声で言った。
「たとえ崖から落しても、遺体があがれば、その首の痣で、自殺でないことはばれてしまう。万が一、捕まっても、いや、こんなことはありえないけど、お前が殺したなんて、絶対に、口が裂けても、言わない」
 中条はうな垂れ、涙ぐんだ。桜庭は、この一言によって、負うべき全責任が中条にあること認識させた。自分のしたことを思いだし、中条は泣き崩れた。そして助けを求めた。
「桜庭君。俺は殺すつもりなどなかった。気がついたら首を絞めていた。まさか、まさか、死ぬなんて。あれは事故だった」
泣き崩れる中条の様子を見て、桜庭はようやく胸を撫で下ろした。

 少女の死体はレンタカーのトランクに隠した。そして、その夜、2時間がかりで崖に
たどり着いた。トランクから少女の死体を引きずり出し、二人で崖の上まで運んだ。何度も躓き、死体を放りだした。中条は泣いていた。桜庭は泣きたい気持ちを抑えた。
 崖上に立ち、底を覗き込んだ。真っ暗で何も見えない。少女の運動靴とバッグを岩の上に置いた。死体が上がらなければ自殺と判断されるだろう。桜庭が言った。
「さあ、やっちまおう。これで全てが終わる」
「桜庭、これで本当に全てが終わるのだろうか。俺にはそうは思えない」
「もう何も言うな。今朝あったことは、今日かぎり忘れるんだ。それに、いいか、俺たちの部屋に少女がいたことを知っているのは、俺たちだけだ」
「分かった、分かったよ」
 こう言って、桜庭は少女の脚を掴んだ。待っていると、中条がのろのろと立ち上がり、両手で少女の頭を持ち上げた。二人は崖の上から、声を合わせ死体を放り投げた。鈍い音が何度も響いた。肉がひき裂かれ、骨が砕ける音なのだ。二人はその場にしゃがみこんだ。
 しかし、遺体は一週間後に海岸に打ち上げられた。新聞の片隅に載った捜査本部設置の記事を東京で見て、二人は震え上がった。しかし、捜査の手はとうとう二人には及ばなかったのである。



第四章 決意

 泉美が不法侵入で警察に逮捕されたことは、桜庭にとって離婚を有利に運ぶのには好都合に思えた。まして凶器を持っていたとすれば、うまくいけば殺人未遂になるのではないかなどと、桜庭は素人判断を口にしたりした。
 しかし二人の甘い期待は裏切られた。泉美が手に持っていたのは凶器ではなく、携帯電話だったのだ。桜庭の携帯に電話し、壁に耳をあて、その呼び出し音を聞こうとしていたらしい。遠目でみれば握っていた金属光沢の携帯はナイフに見えないことはない。
 桜庭は香子の親戚を名乗って警察に電話したのだが、その事実を知った時、桜庭はがっくりとうな垂れた。もし、凶器さえ持っていれば、離婚に向けて一歩近付く、そう思っていたのだ。その晩、桜庭は家に帰ると、泉美を怒鳴りつけた。
「貴様、いったい何を考えているんだ。恥ずかしいとは思わないのか。人の家に不法侵入して警察に逮捕されるなんて、何て馬鹿なことをしでかしたんだ」
泉美も負けてはいない。声を押し殺してはいるが、怒りの度合いが数段上だ。
「あの女と別れたなんて嘘だわ。私には分かっているのよ。昨日だって、あの家の中にいたんでしょう。えっ、どうなの、あの中にいたんでしょう」
確かに、泉美が連行された後に、あの家に入ったのだが、その前は銀座にいたのだ。
「馬鹿言え、俺は銀座で接待していたんだ。あの山口先輩を接待していた」
「嘘よ。それなら、何で警察に引き取りに来てくれなかったのよ。とうとう連絡がとれなかったって警察の人が言っていたわ」
「しかたないだろう。山口先輩が3軒目に行きたがった。接待相手を置いて帰ることなんて出来ない。接待が終わったのは午前3時だ。しかたないから、会社で寝たんだ」
泉美が押し黙った。大きく肩で息をしている。桜庭もこれ以上何を言っても無駄であることは分かっていた。泉美は心のバランスを崩していた。桜庭に対する執着は尋常ではない。あの晩、泉美の誘いに乗ったのは間違いだった。眠った子をおこしたようなものだ。泉美がぽつりと呟いた。
「絶対に離婚なんてしてあげない」
桜庭は深い溜息で応えた。泉美が桜庭を睨みすえ、唸るように言った。
「あんなお屋敷に住んで、美人で、あんたが飛びついた理由が分かり過ぎるから、絶対に離婚なんてしてやらない。もっと醜くなって、あんたの奥さんでい続けてやる」
桜庭がかっとなって立ちあがった。殴ってやろうかと思い泉美を見下ろした。肉が歪んで、顔が変形していた。一見したところ、泣きそうなのか、怒っているのか、判然としなかった。しかし、笑っていると知って、桜庭はぞっとしたのだ。悪意に満ちた目は明らかに笑っていたのである。

 それからというもの、香子の家に無言電話が日に何回とかかるようになり、注文していないピザや寿司が届き、また男の声で子供の事故を知らせる電話まであったと言う。明らかに泉美の仕業であり、その行為はまさに常軌を逸していた。
 或る晩、桜庭は会社を一歩出たとたんぴんときた。見張られている。泉美か、或いは泉美の雇った私立探偵か。そのまま、香子の家に行く予定をすぐさま変更した。下請けの製作会社に電話して担当を呼び出し銀座のバーに直行した。
 その店のトイレで香子に電話を入れた。香子はうんざりしたような声で言った。
「貴方の奥さんは異常よ。今日だってお寿司が10人前届いたわよ。何とかして、もう耐えられない。警察に調べてもらったけど、携帯はプリペイドカード式を使っているらしくって、証拠がつかめないらしいの」
「分かった、しかし、『香子が言っていたけど、とんでもない嫌がらせをしていって?』とは聞けないよ。いったい何と言って、あいつを問い詰めたらいいんだ」
「簡単よ、既に別れたけど、元恋人から相談されたって言えばいいじゃないの。私とは別れたんでしょう、一ヶ月も前に。だったら、その人から電話で相談されたって言えば問題はないはずよ」
「そんな嘘を言っても始まらない。恐らく、俺とお前がまだ続いていることを知っていて、意地になって嫌がらせをしているんだ。お前が疲れ果て、俺を諦めるよう仕向けている」
作品名:怨時空 作家名:安藤 淳