烈戦記
『何をするにも中途半端でな。若い時には武芸を学ぶにも軍学を学ぶにも、政学から思想学、歴史学に至るまでどうにも目が出なくてな。そしてそれは歳を重ねても変わらずに同期の人間が出世なり落ちぶれるなりしてる中でただただ流されながら生きて働いて、そしていつの間にやら官士になっていて...』
それを話す父さんは困ったような、だが深刻そうには決して見えないというような何とも微妙な表情だった。
『そして、そんな人生の中で凱雲に出会った』
だが、そこで表情が変わる。
『あいつは凄いんだぞ?何をやらせても上手くやるし、頭はいいし、おまけに武芸と腕力にかけては敵う奴なんて何処にもいやしない!まったく対した奴だよ昔から』
その目はキラキラとしていて、さながら子供が自分の友達に新しいおもちゃや自分の夢を語る時のような目だった。
『...本当に...対した奴だよ。あいつは』
だが、一通り喋ると今度はさっきとは打って変わって表情が曇る。
その様子から父さんのその言葉の次があるとするならそれはきっと`私とは比べものにならないくらいに`とか言いそうな、そんな表情だ。
『あいつと出会ってからは全てが変わった。本当なら一地方官士の下役人で終わるはずだった私は偶然部下になった凱雲の働きでみるみる出世していって、いつしか片田舎ではあるが県令にまでなっていて。そして転機となったあの日、私と凱雲は鮮武様に拾われて...』
あの日...。
夕焼けの下、白馬に跨って僕らを助けてくださった鮮武様。
その光景が脳裏を過る。
『そして私達二人は鮮武様の軍で数々の戦を周り、そして...名を上げていった』
今では戦国時代と呼ばれる時代。
平和になった今だからこそそう呼ばれるようになった時代だが、それもまだつい五年前の話しだ。
そしてその戦国時代が終わるそれまでの十三年間、僕はあの村で過ごしてきた。
だから父さんと凱雲がどんな事をして、どんな事をしてきたのかを僕は知らない。
『だが、どこまで名を上げても、どれだけ出世しても私は私のままだった』
そして再び父さんの声色は暗くなった。
『いつまでたっても私は凱雲の腰巾着だった。名目上では上司という立場だったが、そうでないのは周知の事実だった。凱雲は正に私には過ぎたる者だった。これではいけないと更なる武芸や軍学を学んだ事もあった。...だが、結局は気休め程度にしか身につかなかった』
父さんはどこか遠い目をしてそう言った。
『...そんな私が』
そう言うと父さんは再び大きな手を僕の頭に乗せてきた。
『この世界で何か大切なものを守ろうとするには`これくらい`しかなかったんだよ』
そう言って頭を撫でてくる。
『...わかんないよ』
だが、その微かな優しさを感じるも結局父さんがあいつらに頭を下げる事には変わらない。
理由に至っては何一つ理解できていない。
『...わかんないよッ』
顔を埋める。
意味がわからない。
悪いものは悪い。
良いものは良い。
間違いは間違いで正しい事は正しいに決まってる。
父さんはいつだって優しくて人の事を考えて動いてみんなから慕われて。
だからこそ尚更あいつらに頭を下げていい理由が理解できなかった。
『あぁ...わからないだろうな』
だが、それでも父さんは優しく撫でてくる。
『お前は知らなくていい』
とても優しく、そして暖かく。
『どうか、お前はお前のままでいてくれ』
僕は再び泣いた。
何も考えずにただ泣いた。
もうなんでもよかった。
何が正しいとか理由とかそんな事はどうでもよかった。
ただ、今だけは父さんがくれる無償の優しさが、安心できる父さんの胸の中が心地良くて何も考えたくなかった。
だから泣いた。
ただただ泣いた。