烈戦記
『息子が手柄を立て続ければ、お主との差は広がる一方じゃぞ?そうなれば豪統殿もさぞ肩身狭い事じゃろうなー...』
『...ッ』
『よ、洋循様。そのあたりで...ッ!?』
豪統様が我慢できずに止めに入ろうとするが、洋循様に無言で鋭い眼光を突き付けられて再び沈黙する。
そして豪統様が沈黙したのを確認すると、洋循は最後の仕上げに入る。
俯く豪帯様の耳元に顔を近づけ、そして...。
『...』
『...ッ』
何かを呟かれた。
`...お主が出世せねば、豪統殿はずっと洋班にいびられ続けるぞ?`
それがあの男が僕に言った最後の言葉だった。
...ごめんなさい。
僕の戦への参加は決まった。
それが結果だった。
僕は返答を出してすぐにこの自室に逃げるように帰ってきていた。
返答を出した時の父さんと凱雲の顔は見ていない。
だが、きっと呆れと怒りと悲しみ、蔑みを合わせたような表情をしていたに違いない。
もう、当分二人の顔は怖くて見れない。
...ごめんなさい。
無いと思われた父さん達との初陣への期待や洋班と対等に戦える事への願望は確かにあった。
そしてその洋班に遅れを取らない自信もあった。
だが、それ以上に父さんがあいつらにいびられるのが我慢できなかった。
父さんがこれからずっとあいつらに、しかも自分の知らない所でいびられるその姿を想像するのが辛かった。
僕が守らなきゃ。
それが僕の答えだった。
コンコンッ
『...ッ!』
急に部屋の戸が叩かれる。
心臓が跳ね上がった。
咄嗟に布団の中に隠れる。
...父さんだ。
きっと父さんが何か言いに来たんだ。
...怒られる。
僕は布団の中で震えた。
ガチャ
『...入るぞ』
嫌な予感は当たってしまった。
その声は紛れもなく父さんの声だった。
頭の中が真っ白になる。
どうしよもなかったんだ。
こうするしかなかった。
怒られる。
でも僕がやらなきゃ。
そんな言葉が頭を駆け巡る。
『...』
『...ッ』
静かな部屋。
どちらとも言葉を発しないまま方や部屋の戸の入り口で、方や布団の中で震え、動かない。
二人が二人ともその距離感を図り兼ねている違和感のある空間がより一層体感時間を長く感じさせた。
ギシッ
『...ッ!』
だが、その静寂は僕のいる寝床の木が軋む音によって消え去った。
どうやら父さんが僕が布団にくるまって震えている横で空いている寝床の場所に腰をかけたようだ。
『...』
『...』
だが、その腰をかけた場所は僕からは一番遠い寝床の端の端だ。
それに気付いた時何故か震えは収まり、自然と冷静さを取り戻す。
何故か。
それはきっと父さんのその時の対応がどうにも弱々しく、決して憤怒を宿した者の行動ではなかったからだろうと覚めた頭で理解する。
そしてそうとわかると今度はまた別の感情が芽生えてきた。
『...帯』
父さんの声。
それはいかにも申し訳なさそうな。
...なんで。
なんで父さんはいつも...。
『...すまない』
身体の奥底から湧き上がってくる。
...やめてよ。
何で父さんが謝るんだよ。
『またお前に辛い思いをさせた...』
違う。
僕はそんな風に弱々しい姿の父さんが見たくなくて...。
それは鉛のように鈍く、そして不味く。
『ははっ、こんなんじゃ父親失格だな...』
やめて。
やめてよ...。
重苦しく。
『本当に...』
やめて...。
そして。
『すまない』
やめろッ!!
パリンッ!
目を覚ました時父さん達がわざわざ僕の為に持ってきてくれた水の入った陶器の器。
朝に喧嘩別れしてからずっとこの部屋の机に放置されたままだったもの。
それが...。
『...ッ』
陶器独特の破砕音を出して父さんの足元に散らばった。
『はぁ...はぁ...』
そしてそこには陶器に残っていたであろう水が木の床を黒々と湿らせていた。
『...た、帯?』
『うるさいッ!!』
『...ッ!?』
さっきまで胸の辺りで渦巻いていた重苦しいものが肉体の隔たりを破り、一気に溢れ出すような感覚。
『何で!!』
頭でわかっていても止める術が思い浮かばない。
『何で...ッ!!』
堰を切ったように。
『何でいつもそうなんだよ!!』
全てが溢れ出す。
『何でいつもすぐ謝るんだよ!!』
あいつらに父さんはいつだってそうだ。
『父さんは悪く無いじゃんか!!悪いのは全部あいつらじゃんか!!』
さも当たり前のように頭を下げる僕の大好きな父さん。
『それなのに毎回毎回すみませんすみませんって!!何で父さんが謝らなきゃいけないんだ!!』
それが見ていて辛かった。
『そんなんだから!!』
父さんがそんなんだからあいつらは図に乗って。
『そんなんだから...ッ!』
父さんがそんなんだから子供の僕は肩身狭くて。
『そんなんだから...ッ』
父さんがそんなんだから。
『...父さんが』
『父さんが...辛い思いしなきゃいけないんだ...ッ!!』
顔の下に隈を作って笑顔が消えた。
そんな父さんを見るのが何より辛かった。
『うぁぁぁぁッ!!』
言葉というには余りにも脈絡もなく、そして纏まりのない言葉の羅列を吐き終わると今度はただただ涙と言葉にしきれなかった分の感情がそのまま声になって溢れてきた。
『ッ!?』
そしてそのまま父さんの胸元に飛び込む。
何故か。
そんな理由は思い浮かばなかった。
『うぐぅぅッうあぁぁぁ』
ただ泣きたかったから泣いた。
『...』
父さんは何も言わない。
このまま何も言わずに父さんの温もりを受けながら眠りにつけたらどれだけ幸せなのだろうか。
そして今までの事が全部嘘で目を覚ませば青空の下で僕と父さんと凱雲の三人で街を回って...。
ぽんっ
だが、突然頭に大きな手が優しく、だが跳ねるように乗せられた事によってその先の思考、もとい幸せな妄想は終わった。
『ふぅ...』
そしてその手の主は気の抜けるような息を吐くと。
『いやな...』
一つ言葉を溜めて。
『すまんなぁ、帯よ』
また謝った。
だが、怒りは湧かない。
何故か。
それは多分この数日間で聞いてきたどの謝罪の言葉とも違う、優しさがあったからだ。
そして僕はそれに動揺していた。
僕は顔を上げてその手と声の主の顔を覗く。
そしてその顔は。
『...ぁ、また謝ってしまったな。はははっ』
目の下に隈を作りながらも眉毛を八の字にしながら困り笑顔を作っていた。
それに僕はさらに酷く混乱した。
何故父さんは自分の息子にあそこまで言われ、そして泣かれたのにここまで飄々としているのか。
僕の中での父さんでは理解できなかった。
『...私はな』
そして僕が今だに答えを出し切れていないのにも関わらず父さんが口を開く。
『昔から普通だったんだ』
どうやら父さんの昔話のようだ。