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烈戦記

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再び私の背中に緊張がはしる。

『いえ、私には思い当たる節はございますが決して疚しい事では...』
『私と豪統殿との会話の中で自分の息子に何か盗み聞きをさせる程の事でもありましたかな?はっはっは』
『い、いぇ!盗み聞きなんてそんな...』
『どうだか...』

再び口調があの蔑みに満ちた口調に変わる。

『さしずめ`自分の罪`を逃れる為の言質を私から引き出しといて、それを後後そこの息子を証人に見立てて街にでも流すつもりだったのだろう?』
『ち、違います!そのような事決して!』
『まったく。卑しい人間の考える事程醜いものはございませんな。』

『違う!!』

違う。
その渾身の込められた言葉はより一層辺りに響き渡り、そして場を一瞬にして静かにさせた。
しかし、それを叫んだのは私ではなかった。

『父さんは...父さんはそんな卑怯な真似はしない!』

そう。
その言葉は私ではなく、帯によって叫ばれていた。

『僕は...僕はただ村に帰る為にここを通っただけで父さんは関係ない...』

今度はさっきとは打って変わって急に萎らしく言葉を紡ぎ出していく。

『村とな?』
『はい。村でございます』

そしてそんな帯に変わり凱雲が前に出た。

『豪帯様は見ての通りまだ`成人`すら達していない身でございます。ですからこれからの戦には参加できぬ故、内地の村へ避難していただく事になっておりました。多分この場に居合わせたのも偶然でございましょう。誤解を招いてしまった事、誠に申し訳ございません』

そう一息に言うと凱雲は深々と頭を下げた。
帯の歳については嘘が混じるものの、見事に現在の状況の説明とそれに伴う洋循様への配慮をさり気なく済ませた凱雲の完璧な対応に呆気にとられながらもそれに合わせて頭を下げる。
本来なら凱雲の言葉を私が言うべきなのだろうが...。

『ふむ...』

流石の洋循様も納得せざるを得ないのかさっきまでの愉悦の表情がすっかり不満気な表情へ変わっていた。

『では、私は豪帯様の護衛の任がありますのでこれで。豪帯様、行きましょうか』
『え?あ、う、うん...』

そう言うと凱雲は帯の手を引いてそそくさと洋循様の隣を擦り抜けようとする。

...何とか帯を巻きこまずに済んだ。
そう安堵した。



『...待たれよ』
『...』

だが、洋循様はそれを許してはくれなかった。
帯の手を引いていた凱雲は洋循様の若干後ろで背中合わせのような状況で静止した。
距離はそんなに離れていない。

『...何でございましょうか』

凱雲が若干警戒混じりに反応する。

『いやなに、子供の育て方にも色々あるなと思いましてな』
『...?』

子供の...育て方?

『私は自分の息子には早い段階から色々な経験をさせてやりたくて、たとえそれが少々危険であってもやらせる、獅子の子落としを参考にした様な教育方針でしてな』

なんだ?
何が言いたい?
私はおろか、凱雲もその洋循様の言葉の意図が読めずに困惑していた。

『それに比べて豪統殿は随分と子を大切に育てる方針のようで』
『は、はぁ...』
『いや、別にそれが悪いと言う意味で申しているわけではないぞ?ただ...』

そこで何故か視線を後方の...帯の方へ落とした。
嫌な予感が過る。

『それがこの先の経験の差になるのだなと』

そう、わざとらしく吐き捨てた。
しかし、ただそれだけだった。
そうだとも。
本来ならただそれだけだったはずだった。

『...僕だって一緒に戦いたいよ』

帯がたった一言ぽつりと呟いた。



そしてその一言に洋循様は口元をいやらしく歪ませた。

『ッ!?』

そこでやっと私と凱雲は気付いた。
このやり取りがただの嫌味では無い事に。

『豪帯様、行きましょう...』
『え、う、うん...』

凱雲が半ば無理矢理に帯の手を引こうとする。
それにつられて空気を察した帯がその場を離れようとする。

『まぁ待て待て...ッ!』
『ッ!?』

しかし帯の空いた腕を洋循様が馬に乗ったまま器用に捕まえる。
それにより二人はその場から動けなくなる。

『お主、確か豪帯と言ったな?』

洋循様が帯に声をかける。
それはもう目をギラギラと光らせながら。

『洋循様、我々は急ぎますゆえにこれにて...』
『洋循様!私からも今後の事について急ぎ確認したい事がございますのでこちらへ!』

それでも尚無理矢理に帯を洋循様から離そうと凱雲と私で試みる。

『貴様ら!!』

がしかし、洋循様の一喝が辺りに響く。

『たかが一武官の分際で出過ぎた真似をするな!私は今貴様らではなくこやつに話しておるのだ!』
『...ッ!』

私達の試みは失敗に終わった。

『...凱雲よ』
『...』
『その手を離せ』
『...』

凱雲が黙り込む。
帯の腕は今だに握られたままだ。

『...貴様、私に逆らうのか?』
『...』

一触即発の空気。
どちらも退かぬという意思がこちらまで伝わってくるようなピリピリとした空気。

『...凱雲』

そんな空気を終わらせたのは。

『帯の腕を離せ...』

私だった。





...してやられた。
まさかさっきの流れからこんな事になろうとは。

私は豪統様の命を苦渋な思いで遂行した。

『...え、え?』

突然頼りの綱を無くした豪帯様はその不安を押し殺す事ができずに視線を泳がせる。

...申し訳ございません。
今の私ではどうすることもできません。

私はすがるような眼差しを向けてくる豪帯様から目をそらした。

『して豪帯よ』
『...ッ!?』

洋循様に声をかけられた豪帯様がその小さな身体をビクリと震わせた。
それを目の当たりにして胸が張り裂けそうになる。

『お主、戦に出たいのか?』
『...』
『正直に申せ』

この狡猾な男の狙いは最初からこれだったのだ。
ここに来てから終始豪統様を周りに聞こえるように貶めていたのは紛れもなく洋班の失態を有耶無耶にする為だ。
そしてここまで形振り構わずに対面を気にする男なのだ。
きっと名声や名誉、評判というのがこの男にとっては何よりも大切なのだろう。
そして今目の前にいるのは自分の息子と歳の近い人間。
もし同じ戦場でその同期の人間よりも自分の息子が手柄を立てれれば周りへの掴みにもなる。
しかも、皮肉な事にその相手は他ならぬ豪統様の子だ。
豪統様自身が戦乱の中で挙げた手柄の数が少なくない分、尚更洋循様にとってみれば美味い話しなのだろう。
豪帯様が口を開く。

『...僕は』

そこで一旦言葉を飲み込む。
そして伏せた顔を少し上げて豪統様に視線を向ける。

『...ッ』

当然、豪統様は必死な表情で訴える。
乗せられるなと。

『...』

がしかし、豪帯様はそれを見たうえで申し訳なさそうに再び俯かれる。
...ダメか。

『僕は...別に...』

しかし、豪帯様は踏み止まる。
豪統様と私の顔に少しばかりの安堵が戻る。

『洋班にやられっぱなしでいいのか?』
『ッ!!』

だが、洋循様はここに来て更に豪帯様を揺さぶりにくる。
作品名:烈戦記 作家名:語部館