烈戦記
でも、それでもこの感情は抑える事ができなかった。
自分では今まで気付かない振りをしていたみたいだが、どうやら僕はどうしようもないくらいに寂しがりやだったようだ。
今になってとてつもなく寂しいという感情が心の中に渦まきはじめる。
『...邪魔だよね』
そして何より一番辛かった事は、今までずっと父さん達の役に立ちたくてここでの生活を夢見てきて、それが叶ったと思った矢先のこの帰省である。
役に立たない。
そればかりか役に立ちたいと思いここにとどまる事すら今の父さんや凱雲を困らせる事になる。
それだけはいけない。
それではここへ来た意味がない。
僕は自分に言い聞かせた。
『...ん?』
そうこうしているうちに北門付近に着く。
しかし、そこである異変に気が付く。
『...なんで?』
さっきまで北門へ続く大通りではなく、北側の城壁沿いの道を歩いていたせいで気がつかなかったが、北門付近につくと普段の喧騒は無く、人通りすら綺麗に無くなっていた。
しかし、理由を考えれば何という事は無かった。
先日の事件の事や、その後どんな状況になっているのかは目を覚まして父さんと喧嘩する前に少し聞いていた。
きっとその事で交通整理が行われたのだろう。
そしてその場に僕は呼ばれなかった。
だから知らなかった、ただそれだけの話だ。
『...グズッ』
不意に目頭が熱くなり、目の前が霞む。
さっきまで部屋で泣いていたばかりなのにまだ涙が湧いてでてくる。
僕はその涙を服の袖で荒々しく瓊ぐった。
『遠征ご苦労様でございます』
『...ッ』
不意に北門の外側から父さんの声が聞こえた。
それが丁度僕が北門から外へ顔を出そうとした直前だったせいで思わず城壁に隠れてしまった。
何故か心臓が激しく波打つ。
『うむ、苦しゅうない。頭を上げてくだされ』
しかし、父さんの声の後に続く見知らぬ声にふっと冷静さを取り戻す。
...誰?
僕はほんの少しだけ門から顔を出す形で外側を覗いてみる。
これが普段の人通りの中であれば不審者と間違われて衛兵に捕まってしまうだろう。
いや、寧ろ人通りが無いこんな状況の中でこんな事をしている方が怪しく、そして目立ってしまっているのだろう。
まぁ、そんな心配が必要無い程にこの関の兵士と街人達には顔を知られているのだが。
『それにしても大変な事になりましたな、豪統殿。はっはっは』
『いやはや面目ない』
北門の外には父さんと凱雲、そしてその先には...すごい人数の兵士達が待機していた。
そしてその兵士の一団の先頭でいかにも位の高そうな衣服を纏いながら父さんと談笑する男。
体格は戦闘はおろか、自ら剣を振るう姿を想像できない程に...その...胴回りがしっかりしている人だった。
『本来ならこんな辺境にまで州牧様にお越し頂くのは気が引けるところではありますが...何分、我々では手に負えない事態になってしまっていて...』
...州牧。
それは洋班が度々自分の父がそれだと口に出していた言葉だ。
となるとあの肉男こそがあの洋班の父なのか?
急に心の中で黒い感情が湧き上がってくる。
『いやいや、とんでもないっ。私はあくまで自分の息子から呼ばれたから来ただけであって豪統殿が気にぬさる事ではござらんよ。はっはっは』
ん?
『それに、今回の事件は紛れも無く私の息子が引き起こしたそうではありませんか。でしたら親である私が尻拭いをするのは当たり前でございますよ。はっはっは』
『はははっ...恐れいります』
あ、あれ?
この人洋班と違っていい人?
さっきまで渦まいていた黒い感情が栓を抜かれたように一気に消えていく。
『...しかしですな』
...ん?
『いくら私の息子`であっても`流石に戦経験も無しに蛮族相手に一人で
`向かわせる`のは、ちと酷ではござらぬか?』
え?
『それに息子が率いていた兵は皆徐城より出した`新兵`であり2000はあれど、流石にこれではかの英傑豪傑が率いていた`としても`難しいと私は思うのだが...』
洋班の父であろう人が、さも大物の様な困り笑顔でそう締めくくる。
...なんだこの人。
この言い方だと全部父さんが悪いみたいじゃんか。
『...それは些か語弊がございます』
『む?語弊とな?』
父さんが口を開く。
『その...洋班様からどのように聞いておられるかは存じあげませんが、あくまで我々の見解では大切な州牧様のご子息を一人で危険な蕃族の地に向かわせる事は決して...』
『では何か?』
急に先程までの人が良さそうな声色とはうって変わってドスの効いた声に変わった。
『豪統殿は私の息子が`嘘を`私に話したとでも?』
『い、いえ!そんな事は決して...』
『それに』
父さんに洋循が畳み掛ける。
『`仮に`息子が勝手に事を起こしたっして、それを止めるのも貴方の仕事ではござらんか?私は現地に`貴方程の`人間が居ると知っていたからこそ大事な息子を任せたというのに...。しかも、よりによって貴方は息子が蛮族退治に向かおうとして、それを引き留めたそうじゃありませんか?』
『そ、それは相手が蕃族であって、その蕃族の有用性と無害さを前々から...』
『私は蛮族の討伐を命じたのだ!』
『...ッ!』
『この地の責任者である私が蛮族を退治しろと言ったのだ!これはお願いでも提案でもない!命令だ!まったく...これでは蛮族退治も失敗して当然だったという事ですな。息子の初陣に泥を塗りおって...』
『...』
なんなんだあいつ!
なんなんだあいつ!
なんなんだあいつ!!
さも呆れたような顔で、しかも周りにいる人間全員にわざと聞こえるような大きな声で父さんに怒鳴りつけるこの男。
洋班の、いや、洋班以上に汚い。
僕の中で再び黒い感情が芽生える。
『...む?』
ふとした瞬間に洋循と目が合う。
『誰だ!そこにおる者は!』
『...ッ』
飛び出るかと思うくらいに心臓跳ねた。
洋循の声に周りもこちらに振り返る。
『た、帯!?』
『...ッ』
父さんの何故という表情の横で凱雲は、いかにめ苦虫を噛むような表情をしていた。
僕は逃げた。
何故かわからぬままとにかく逃げた。
『あの者を捕らえよ!』
洋循の口元が嫌らしく歪んでいるのも見ぬままに。
『洋循様!捕まえました!』
『離せ!離せよ!』
目の前では自分の息子が兵士に羽交い締めにされながらもがき叫んでいた。
それはさながら駄々をこねる童子を大人が力強くで引っ張り出してきたようだった。
『...帯』
私はそれを見て項垂れていた。
『洋循様!この者をどうしますか?』
『うむ、離してやれ』
『え、よいのですか?』
『よい。その童子は豪統殿の息子殿であるようだからな』
『は、はぁ...』
そう洋循が言うと兵士は渋々といった感じで帯を降ろす。
『...童子じゃないし』
その途中でボソッと帯が呟くのが聞こえた。
『で、その息子殿はあんなこそこそと何をしていらしたのかな?豪統殿』
洋循様がこちらに目を向けてくる。
しかしその目は愉悦に浸るようなねっとりとした笑みを零していた。